第11話 シチューを食べたなら
老齢の女性はフレンシ・カオーテといい、もう二人の子供達は孫だという。
背の小さい兄がモース、背が高く少しふくよかな体形をした弟がマッシ。
三人はこの丘の上の一軒家で暮らしており、畑作業をして生活している。
ワッシュは慣れぬ人間の労働に少し首を傾げていたが、すぐに慣れた。
縞は以前農作業をいくつかの国で手伝った事もあり、慣れた手つきで作業をしている。
タノスは明らかに慣れておらず、たまにやり方を間違えてモースに指摘を受けていた。
「もうちょっとクワを斜めに入れるんだ。」
「こうか?」
「いや、もう少し・・・」
「兄ちゃん、タノスさん初めてやるみたいだしそんな気合入れなくてもいいんじゃ」
「ちゃんと耕しておかないとまた作物の根が途中で腐るんだ、マッシ。」
「う、それはそうだけど。」
カーナはと言うと・・・
「僕、農作業をする国民達の元への視察に同行したことがあるんです。
ずっと前からやってみたかったんです!大変な作業だけど・・・楽しいですね。」
「輝いてんな~、カーナ。
ま、辛気臭い顔ばっかしてたし良かったかもな。」
「ああ。あの調子なら少しは気分が楽になるだろう。」
ワッシュはそう呟きながら、畑周りの杭を新しいものに替えていた。
(人間が生きるためにしていること・・・
思えば当然だが、あの時は何をやっているのか理解できなかった。
そうだ・・・あの時は・・・)
「ばあちゃん・・・なんであんな事言ったんだよ。」
モースが小声でフレンシに聞く。
「そりゃあ・・・畑仕事手伝ってもらうために決まってるでしょう。」
「えっ・・・」
「封じられてる魔力を解くなんて無理なんだから・・・」
「・・・うん。」
モースはほんの少しうつむきながら、祖母の側から離れ別の場所を耕し始めた。
その背中を、フレンシが見つめていた。
気付くと日が暮れ、夕日が刺し込んでいた。
フレンシが家から出て来て、ワッシュ達を呼ぶ。
「みんな、ありがとうね。夕飯の支度が出来たからここいらで終わらせてこっちへいらっしゃいな。」
「はーい!・・・あれ、なんだかいい匂いがしますよ!ワッシュさん!」
「・・・本当だ。だが何の匂いだ?これは・・・」
「これ多分シチューだな。」
「そうだな。」
「シチュー?」
「ああ。牛の乳を搾ったものを使った、野菜や肉が入ったスープだ。
っていうか、ワッシュはそもそも何かを食べたりする必要ないんだっけか?」
「ああ。食べても食べなくても問題はない。」
(だが・・・なんだろうか?
興味が湧いている、ような気がする。シチューとやらに・・・)
ワッシュ達が話す後ろで、少し息の切れたタノスが居た。
「なんで俺以外の全員がピンピンしてるんだ・・・」
「いただきます。」
フレンシがそう言い、モースとマッシに続いてワッシュ達も同じ言葉を述べ、食事を始めた。
『ワッシュ、いいのか?』
『ああ。私だけ食べないとなると、疑念を抱かせることになるかも知れん。
人のフリをした方が楽に事が進む。』
「こんなにおいしいシチューをご馳走になるなんて・・・ありがとうございます、フレンシさん!」
「いいのよ、条件交換とはいえたくさん畑仕事を手伝ってくれたからねぇ。
カーナくんはとっても美味しそうに食べるからあたしもうれしいわ。」
「いやほんと、これうめぇな!
二人も畑仕事教えてくれてありがとな、モース、マッシ。」
「いいや・・・縞さんは元々手慣れてた、こっちこそ助かったよ。」冷静なモース。
「タノスさんは、大丈夫?さっき転んでたけど、怪我とか、してない?」不慣れだったタノスを心配するマッシ。
「・・・大丈夫だ。」
そう言ったものの、周りよりもだいぶ疲れた様子を見せていた。
周りがシチューを食べながら談笑するなか、食べるのを躊躇っていたワッシュだったが・・・
スプーンで、シチューを一口分、口に運ぶ。
(・・・
なんだ・・・これは!?)
スプーンをもう一度シチューに入れ、再び口に運ぶ。
「・・・美味しい。」
思わず出た言葉だった。
隣に居る縞が数秒程ビックリした様子でワッシュを見やり言う。
「・・・お、おぉ!良かったな!シチュー美味いだろ!」
「ああ。」
(シチューとは・・・こんなに美味しいものなのか。
以前は、人間の食べ物を口に入れてもここまでの衝撃は無かったはずだ、おそらく。)
(だが・・・悪くない。)
フレンシが、シチューを食べるワッシュを見て、うっすらと微笑んだ。
縞、タノス、カーナ、モース、マッシが就寝している間、ワッシュは家の外にある切り株の上に座っていた。
ワッシュは睡眠を必要としない。睡眠をすることは可能だが、しなくても問題がない。
そのため、見張りも兼ねて夜はこうして起きている。
切り株に座りながら、夜空に浮かぶ星々を眺めていた。
ほのかに漂ってくる夜風に当たっていると、後ろから気配がした。
「おや・・・あなたは寝ないのかしら?」
「フレンシか。
私は大丈夫だ、気にするな。」
「そう・・・それならいいのだけれども。」
そういいながら、フレンシはワッシュの隣にある切り株に腰かけた。
「ワッシュさん、
あなた普通の人間ではないでしょう?」
「・・・何故そう思う?」
「ふふふ・・・何故かしらね、女の勘ってところかしら。
大丈夫、というよりは寝る必要が無いんじゃないの?」
「・・・」
「それで、きっとわたしよりずっと長生きしてる。
そして・・・かなり多く人を殺してる。」
ワッシュが少し驚いた様子でフレンシの方を見た。
「・・・どういう訓練を受ければ、そんなことがわかるんだ?」
「あら、やっぱり当たってたの?わたしの眼もまだまだ衰えてないってことかしら・・・」
フレンシは少し嬉しそうに微笑んだ。
ワッシュは一呼吸置き、ため息を一度ついてから話し出す。
「フレンシ、お前の私は・・・人間ではない。
世界全てを創り出した神によって創られた、使徒と呼ばれる存在だ。
・・・そう言ったら、お前はどうする?」
「あらまぁ・・・ずっとどころじゃないわね、それじゃ本当に長生きでしょう。」
すんなりと返事をしたフレンシに、ワッシュは驚く。
「たわごとに聞こえるかと思ったが、お前は信じるのか。」
「信じるわ。
確かにあなたが何者なのかよくわかっていなかったけど・・・
真実を心の内から言う者ってのはね、眼が違うの。」
「眼?」
「ええ。濁ってない、澄んだ眼をしてるの。・・・あくまでたとえよ?実際はきっと感覚。」
「澄んだ眼・・・か。」
ワッシュは言われた言葉を自然と繰り返していた。
「・・・お前の言う通り、確かに私は数えきれないほどの人間を殺してきた。快楽に身を任せて、な。
だが今は・・・友を守りながら、不条理に死んでいく誰かを救うために旅をしている。」
そう言い、ワッシュは懐から一つの袋を出した。
「これが、私の友だ。
正確には、私の友の心臓・・・目覚めるまで時間がかかる。」
「あぁ・・・妙な気配がしていたのだけれど、正体はこういうことだったのね・・・合点がいったわ。」
そこまで見抜いていたのか?と再び驚くワッシュ。
「まだ会って間もないのに、たっくさん秘密を貰っちゃったわね・・・」
「かまわない・・・お前は信用できる。だから話した。」
「意外ね、シチューが美味しすぎたかしら?」
「なんとなく・・・だ。シチューは確かにとても美味しかったが。」
「面白いわね、もっとちゃんとした理由をつけてくるのかと思ったわ。」
フレンシが少し笑い、静かに語りだした。
「じゃあ、ついでと言っちゃあなんだけれど、わたしの昔話を聞いてもらおうかしら。」
わたしたちゴブリン族はね、元々この丘から見える王都のある大きな街に住んでいたの。
5年前、ヒューマン族とゴブリン族の間で戦争が起こって・・・
勝ったヒューマン族が王都と街を手に入れて、今あの街に住んでいるのはほとんどヒューマンなのよ。
彼らに反発したり、戦争の時にヒューマン族を殺したりしたゴブリン達はみーんな山へ追いやられたの。
わたしと孫のモース、マッシがなんで山に追いやられたかって?
それはね、わたしの息子夫婦・・・モースとマッシの両親が戦争で兵に出て、戦果をあげていたから。
息子夫婦は戦争のときに命を落としてしまったけれど、生き残ったわたしたちは山へ追いやられたの。
戦争が終わった後、魔法が得意なゴブリン族が変な気を起こさないよう、世界一帯の魔力を封じ込める道具を誰かが持ち込んで使いだした・・・
「それでね・・・山でこうやって暮らしてると、たま~にあなたたちみたいに異世界から迷い込んでくる旅人さんが居るのよ。
残念だけど、すぐ街への道を教えるしかないような弱い者達しか出会わなかったわ。」
「どういうことだ?」
「あの王都のトップは異世界からの住人を生かしてはおかない。ひっそりと捕らえられて、殺されているのよ。」
「けれど、あなたたちは違う。」
フレンシが、鋭い眼でワッシュを見た。
「わたしはね、あたなたちのような旅人さんを待っていたの。
・・・一緒に王都を攻めて、魔力を解放しに行くのはどうかしら?」
「・・・なるほど。そういうことか。
お前、最初からそのつもりで私達を迎え入れたな?」
「フフ・・・利害は一致するはずだわ。
あなたたちは魔力を使いたい。
わたしは元の生活を取り戻したい・・・どう?」
「作戦はあるのか?相当な兵があの王都にはあるんだろう?」
「ええ。それは大丈夫よ、ずっと皆待ってくれているもの。
ずっと、ずぅーっと・・・」
フレンシがニコリと笑った。
「わたしを筆頭に、約100名の兵が森の中に潜んでる。
声をかければいつでも出撃できるわ。」
「100か・・・
敵の数はどのぐらいなんだ。」
「そうね・・・
行くなら一番手薄な時間を狙うから・・・
街に100、城内に200ぐらいかしら。」
「・・・」
ワッシュはほんの少し考える様子を見せ、答える。
「わかった。提案を受けよう。」
「ふふ・・・嬉しいわ、こんな老婆の突拍子もない提案をまっすぐ聞いて、受け入れてくれるだなんて。」
「老婆だと?老いているだけでお前は手練れだろう。」
「あら、そんなそぶり見せてないはずだけれどねぇ・・・」
そういいながら、フレンシは一つの紙を取り出す。
「これが王都の大体の見取り図よ。」
ワッシュに地図を渡しながら言う。
「いい?流れはこう。
あなたたちは二手に分かれる。
片方は街に普通に入って、王都の兵に見つかって案内を受ける。
もう片方は、この見取り図に書いてある裏口へ潜入して、騒ぎを起こす。
そして・・・その後にわたしと100の兵が正面から押し寄せる。」
「案内・・・ひっそりとあえて捕らえられにいくということか。」
「ええ。これにはかなりリスクが生じるけれど・・・あなたならきっと大丈夫でしょう?」
「どこまでも見透かされているようで少し気味が悪いな。・・・だがお前の言う通りだ。」
「ふふ・・・けれどね、わたしと100の兵が本物の囮よ。
実際に魔力の封印具がある場所へ行き、破壊するのは案内を受ける役。
わたしが現れたとなれば、本命がこっちだと勘違いするわ。間違いなく。
そうして油断して、兵をわたしの方へ割いたところを狙う。」
「肝心の大役を任せるというのか、まだ会って間もない私に。」
「会って間もないけれど、もう貴方の事をそこそこ知ってしまったわ。」
自慢気に言うフレンシに、ワッシュは言葉を失った。
「どうかしら?」
「・・・私は戦術を知っているわけではない。これで私は構わない。」
「ありがとうね。
それから・・・出発は、朝の5時よ。」
「明日のか?」
「ええ。
モースとマッシを起こさないように、慎重に出て頂戴。」
「二人を置いていくのか。」
「ええ。
あの子達にまで酷な思いをさせるわけにはいかない。」
「・・・わかった。」
ワッシュは地図を見ながら、静かにすべてを了承した。
朝、4時半。
「・・・起きろ、縞。」
「んん~・・・ん?」
ワッシュが縞の肩を揺すっていた。
「あれ・・・?ワッシュ・・・まだ外ちょっと暗いじゃねぇか・・・」
「悪いが予定変更だ・・・今から魔力を解放しに行く。」
「そうか魔力を・・・え?」
ワッシュはタノスを起こしにかかった。
「ちょっとまて、どういう・・・」
「そして音も立てずに動いてくれ。
フレンシからの伝言だ、モースとマッシを起こさずここを出て王都へ向かう。」
「・・・おぉ?」
ワッシュ達は裏口から静かに家を出る。
「それにしても・・・随分急だな。」
タノスが理由を訊いてくる。
「フレンシが私達を迎えたのは初めからこういう目的だったらしい。
だが都合がいい。」
「それは間違いないな。」
「いいか・・・
私とカーナが表向きの囮役だ。
縞とタノスはさっき教えた場所へ行き、裏口から王都内に侵入してくれ。」
「おう、わかった。」
「・・・了解。」
「よ、よろしくお願いします。」
ワッシュが、丘の上から王都を見渡す。
「行くぞ。」
作戦が、始まる。
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