1章 ゴブリンの家

第10話 崖の上の小さな家

レセウラは、予定通りメンバーから抜ける事になった。


「短い間だったが、世話になった。」


「家に戻るんだっけか・・・道中一緒に行った方が安全じゃないか?」


心配する縞に、レセウラは首を振る。


「いいや、ここから4つ先なんだ。ちょうど近くまで来れたから心配には及ばない。」


「そんなとこにあるのかよ!急げば一日で着いちまうかもな。」


「そういうことだ。また機会があったら会おう・・・お前らの旅の健闘を祈るよ。」


そう言い、去っていくレセウラが見えなくなるまで見届けた。






「カーナ。お前はどうする?


もうお前は自由だ。・・・私達と一緒に居る必要もない。」


ワッシュにそう言われ、うつむくカーナ。


だが、口を開くのにそれほどの時間を要することはなかった。


「ワッシュさん、縞さん、タノスさん。


・・・僕を、皆さんの旅に同行させてもらえませんか?」


「それは何故だ?」




「僕には帰る場所はもうありません。


・・・あの国に戻ったなら、きっと国民の皆は良い顔にはならないはずです。


それだけのことを、してきましたから。」


縞が口をはさむ。


「カーナ、でもそれはお前のやったことじゃないだろ。


今ワッシュの中に居る奴が・・・」


「確かにそうかもしれません。


でも、国民の皆の眼に映ったのは僕の姿です。


辛い思いをする者が居ないなんて、僕には思えないんです・・・」


縞は返す言葉を失くす。


ワッシュは、それを聞いて自分の胸の奥が少し痛むように感じた。


そして、カーナの眼を見て口を開く。




「・・・お前は強いな。」


「え?」


「私は臆病者だったらしい。・・・自分のしたことにそうしてすぐ向き合える程、強くはなかった。」


ワッシュは静かにため息をついた。


「カーナ。帰る場所が無いなら、信頼できる者達が居る。


私と戦ったイサギが居る、大きな組織だ。」


ワッシュは自分の言った言葉にハッとさせられる。


「信頼・・・か。


本当に、随分と変わった・・・な。」


独り言のようにつぶやいた。


「奴らは人間の・・・特にカーナ、お前のような者の味方だ。


私も安心して預けられると思うが―――」




「いえ、僕はそこには行きません。」


「・・・!」


カーナは拳を握りしめながら続ける。


「僕が今、一番信用できるのは、ワッシュさん達です。


僕の崖っぷちの人生を、一瞬にして変えてくれた。・・・いくら感謝しても足りません。


こんな非力な僕じゃ、役に立てる事は少ないかも知れないけれど・・・。


・・・それでも。」


カーナの声はどんどん大きく、必死になっていった。


「・・・でもやっぱり、思い上がり過ぎでしょうか。」




一呼吸を置き、ワッシュが口を開く。


「思い上がり、か・・・」




「・・・旅は何が起こるかわからない。命を落とすかも知れない。・・・後悔するかも知れない。




それでも来ると言うなら、私は構わない。」


ワッシュのその言葉に、カーナは顔を上げる。


「・・・と、私は思うのだが。縞、タノス。二人はどうだ?」


「おいおい、そんなかっこいいこと言われて俺だけ断りますだなんてねぇよ!!


・・・異議なしだ!」


「・・・・・・俺はどちらでも構わない。」


縞とタノスの賛成を確認する。


「だ、そうだ・・・カーナ。」


ワッシュがカーナへ向き直る。


「ほ・・・本当、ですか?」


「おうよ!」


胸を張って笑顔を見せる縞。




「・・・ありがとう・・・ございます・・・ワッシュさん、縞さん、タノスさん・・・・・・」


カーナは溢れそうになる涙をこらえながら、必死に三人へ感謝の言葉を述べ続けた。




そして、泣き崩れたカーナを慰める縞。


ワッシュもタノスも、その様子をただただ見守っていた。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


4人は、縞の示す方向へ異世界を突き進んでいた。


「縞。向かう先にそれがあるんだな。」


「ああ。」


"それ"とは、ワッシュの求めているもの・・・時間を操れる力がある場所。


「そこには・・・何があるんだ?」


「・・・化け物が一匹いるらしい。」


「らしい?」


「聞いた話だ。


昔、ある化物が人を食いまくって生活してた。


ただその化物は人を食い過ぎた・・・結果、化物は巨大になってついに動けなくなった。


その化物の周囲は、食った人間達の分だけ時が加速してるんだとさ。」


「ずいぶん大雑把だな・・・確証のある話なのか?それは。」


「あぁ。実際、そこへ行った奴の証言が出回ってる。


『化物の周りだけ、草が生い茂って踊ってる』ってな。そこ以外は荒廃した土地だそうだぜ。


・・・いやホントに。」


縞が少し自信を無くす。


「いや、別にお前を疑ってはいないが・・・その話がどこまで本当なのかわからん。


人間の噂というのは常に変わるものだ。」


「そりゃ・・・そうだけどよぉ。」


「だが今はそれで十分だ。お前を信じてついていくとしよう。」


「ワッシュ・・・お前ってやつはよ~~~」


縞が涙ぐんで見せた。


「芝居をしてる場合か。・・・そろそろ次の異世界へ行ける範囲なんじゃないか。」


タノスが横槍を入れた。


「お、おう。わりぃわりぃ!


ここらへんだな・・・」


縞は立ち止まり、空間を裂いて奥へ進む。


三人もそれについていく。


「しまったな・・・魔力の機能しない世界だ。」


縞はそう言い、少し気弱になりながらも歩き出す。




ワッシュ達は、薄い林の中に出た。


魔力の機能しない異世界では、なんらかの方法で魔力が隠れている場所を見つけるか、


あるいは魔力を意図的に制限している個所があればそこを見つけるしか出る方法は無い。




地面からは芝生が生い茂り、草の香りが漂ってくる。


林のすぐ向こうに、開けた場所があることに気付いた。


「お!あっちの方に行けば人がいるかも知れないな。」


そう言う縞が、真っ先に駆けだした。


ワッシュ達も後に続く。






林を抜けると、穏やかな風が吹いてきた。


ワッシュ達が居る地面よりも低い所に一軒の家と、隣に畑。


そしてその周り一面に生い茂る芝、植物。


そしてその先―――家が建っている大きな崖の向こうに、更に大きな街が見える。


青い空の下に広がる大きな街、そして目前に広がる自然が織りなす景色は、ワッシュの動きを止めた。


(ああ・・・


景色とは、こんなにも美しいものだったのだろうか?)


ワッシュは今までに感じた事のない感覚に一瞬、目を奪われる。


だが、程なくして家のある方向から気配を感じた。


家の前に、緑色がかかった皮膚の身長の低い子供・・・?が二人。


「あれは・・・確かゴブリン、とかいう種族じゃなかったか?昔見たそういうのに似てるぜ。」


縞がまじまじと彼らを見つめる。


そしてすぐに、縞が一歩踏み出し、彼らに声をかける。


「おーい、少し聞きたい事があるんだけどよ!」


縞の声に反応した二人。


背が少し大きい方が後ずさりし、背の低い方が前に出てこちらを睨んだ。


二人は明らかにこちらを警戒している。無理もない、普通の反応だ。


「あ、あの・・・あんまり積極的に近づきすぎても怖がらせてしまうかも知れません、なんだか・・・警戒されてませんか?」


「カーナの言う通りだな・・・ん?」


家の玄関から、誰かが出てきた。


歳を取ったような、二人の子供と同じ種族とみられる顔のあちこちにしわが出来ている女性だった。


「ばあちゃん!」


玄関の空いた音に気付き、子供らしき2人が彼女の方を見やる。


「・・・来た。」


小さく呟いた女性の言葉は、誰にも聞こえていない。


女性は、6、7歩程歩くと立ち止まり、ワッシュ達へ声をかけた。


「おやおや・・・貴方たち、旅人さんかい?」


「お!あの婆さん、話が通じそうだぜ。ちょっと話してくる。」


すぐに明るくなった縞がそう言い、家の前まで降りていく。


「あっ、縞さん!」


「いい・・・あいつはいつもあんな感じだ。」


そう言ったタノスは、不機嫌そうな表情だった。


そんな二人に構わず、縞は話しかける。


「俺の名は縞藤二。


あの後ろの三人は俺の仲間なんだ。


偶然行きついたはいいんだが、魔力が使えなくて困ってて・・・」


ワッシュ達も、傾斜を降りて縞の方へと歩いていく。


「そんでよ、この世界に何か魔力が籠ってる場所とか、何か不思議な現象が起きてる場所とか知らないか?」


「そうかい・・・貴方たち、異世界から来たんだね?」


老齢の女性はワッシュ達を見定めるように、見まわした。


ワッシュは独特な視線を感じ、眼を細める。


(・・・この老婆・・・)


十数秒程、目を細めながら考えたあとに呟く。


「・・・まぁ確かに、あたしは魔力がある場所を知ってるよ。」


「ほんとか!」


その言葉に、女性の後ろにいる2人が驚く。


「えぇそうとも。


でもね、教えるには条件がある。」


女性は、家の横にある畑を指さして言った。


「丁度人手が欲しいと思ってた所なのよ・・・畑仕事を手伝ってもらおうかねぇ。」


「え?」


縞がどういうことなのかと言わんばかりの顔をする。


ワッシュとタノスも、困惑した表情で畑を見やる。


2人のゴブリンは少し引き気味な表情だ。




後ろでカーナが、「なるほど!」と呟き表情を明るくした。

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