第7話 イサギ その1

イサギ達とワッシュ達は、人や生物の住まぬ荒野と木々のある異世界へ来ていた。


「本当に・・・やるんですね、ワッシュさん。」


カーナが訊く。


「ああ・・・。」


ワッシュは、くぐもった声で答えた。


「タノス。セロットの心臓を、頼む。」


「ああ。」


タノスは、セロットの心臓が入った袋を受け取った。


そして、ワッシュはイサギに向き合う。


イサギとワッシュが、10mの距離まで近づいた。


「いいか、雪那、ミロ、カルキキ。


んで、そっちのカーナ、縞、レセウラ、タノス。


かなり離れろよ・・・俺たちの戦いはどこに流れ弾が飛ぶかわからない。


魔力だけじゃなくて神力も動力も使う。加減はできない。


雪那達、縞達と一緒に居て、万が一の時流れ弾から彼らを守ってやってくれ。」


「ああ。承知した。」


「なぁ、神力と動力って・・・?」


聞きなれない言葉に縞が思わず質問する。


「・・・神の領域に到達した者だけが使える、魔力とは異なる力の種類だ。


動力ってのは、世界を動かす力・・・時間を含めた全てを動かす、あらゆるところに存在する力だ。」


「なるほどな・・・そんな力の余波喰らったらタダじゃ済まないってことだな。」


雪那がイサギとワッシュを見ながら冷や汗を流す。


「皆、これから5km程離れるけど、私の後ろに居て頂戴。


流れ弾が来たら、私の体術をメインにミロが後ろからサポートする形になるわ。」


灯王雪那が指示を出し、全員はイサギとワッシュから離れる。


(頼む・・・勝ってくれよ、ワッシュ・・・っ)


縞、レセウラ、タノス、カーナが不安げにしていた。


しかし、雪那達とて同じ事だった。




(イサギの能力は『五行』・・・


火・土・金・水・木の属性循環を操りこちらの攻撃を無力化してくる・・・


私の杭をどの属性と認識するか判断しなければならない。


だが問題は五行の先の月と太陽だ。どこかのタイミングで太陽から炎をおびき寄せて来る・・・)


ワッシュは冷静に、イサギの能力を思い出す。


(・・・本当に、これでいいのか。)


しかし同時に、迷いがあった。




「俺が小石を上に投げ、落ちた瞬間が開始の合図だ。」


イサギは小石を手に取り、ワッシュへ説明した。


「・・・ああ。」


「・・・いくぞ。ワッシュ。」


イサギが、小石を上空へ投げる。


ワッシュの目は、イサギの顔の少し下の方を見つめていた。




「ワッシュ!」


「!?」


イサギの叫び声に、ワッシュは思わずイサギを見た。


「本気で戦え!!殺すつもりでな!!


俺が手伝ったおかげでカーナが助かっただとか、俺を相手にするのが億劫だとか、そういうのは今要らねぇんだよ!!」


「・・・っ」


「お前には・・・お前の旅が!!あるんだろう!!」




「セロットっていう友人を!!守るんだろう!!!」


「――!!」


小石が、落ち始めてくる。


「俺も仲間を守るために、危機を排除するために、お前と全力で戦う!!


お前も守るものがあるなら―――」


小石が、二人の目線まで近づいた。


「本気でこい。」




ワッシュは、唇を噛んだ。




小石が落ちる直前、ワッシュの殺意が、イサギを刺す。






小石が落ち、ワッシュはイサギの目の前に居た。


ワッシュは右手に持った杭で、イサギの頭部を狙った。


ワッシュは、今にも叫びそうな、激情をまとった表情をしていた。


「―――それでいい。」




ワッシュの目の前に居たはずのイサギは消え―――


足元に小さな蛇が居た。


(畜生道―――)


蛇は一瞬でワッシュと距離を取り、イサギへと姿を変える。


イサギは霊力で作り出した弓を構え、矢を放つ。


放つ矢がワッシュへ届く少し手前で、ワッシュの投げた杭がイサギの頭へ刺さった。


そして、杭を打たれたイサギの姿をしたそれは、大きな紙の人型になった。


(いつの間に・・・)


少し離れた所に、イサギが現れ―――


イサギとワッシュの居る場所を中心に、半径500m程だろうか―――


高熱の炎が、地面から湧き出る。


そしてすぐさま、ワッシュの後方から火が噴きあがり、火炎で出来た龍のようなものが襲い掛かる。


ワッシュは既に上空へ移動していた。


ワッシュの周囲から大量に発生した杭が、イサギめがけて飛んでいく。


「!」


杭は、イサギに到達する前に止まる。


(幻影・・・囮か。となると奴は準備をしている・・・)




(そこか。)


2km離れた場所に居るイサギを見つけ、杭を投げながら背後へ回る。


そして、後ろから首めがけて杭を刺そうとした瞬間―――


「ぐっ・・・!?」


道力をまとったイサギの正拳が、ワッシュの肺のあたりを捕らえる。


(自分に幻影を重ねていただけで最初からこっちを向いていたか・・・)


ワッシュが吹っ飛ぶ。


枯れた木々をなぎ倒しながらも、途中で一つの木を蹴り、イサギの元へ戻ろうとする。


木に足をつけた瞬間、ワッシュはあたりを見渡し気付く。


自分めがけて、あちこちから紙で出来た人型や印が掘られた石が飛んでくる。


ワッシュはイサギの炎で燃える地面へ、道力をまといながら足をつき―――


両腕を伸ばした。


その瞬間、ワッシュの周囲にいくつもの道力が圧縮された球が形成された。


(こんなものはただの時間稼ぎに過ぎん。だが―――)




(数秒は稼がれてしまう・・・!)


(数秒を稼ぐことはできる・・・!)




ワッシュは両手を握る。


その瞬間、球が弾け―――


迫る紙や石の全てを吹き飛ばす大きな線状のエネルギー波と化し、周囲を攻撃した。


ワッシュはエネルギー波の一つに沿うようにして移動、すぐさまイサギが居た場所へたどり着く。




そこにはイサギと同じ身長の紙の人型が浮いていた。


人型を見つけた瞬間、ワッシュは前方から迫る気配に気づき、杭を投げる。


杭は音速に近い速度で迫った霊体の矢と衝突。矢はすぐさま消滅し、杭が残った。


矢が来た方向へ向かおうとするワッシュへ、背後からも矢が迫る。


ワッシュの背後から出現した杭が矢と衝突し、再び矢が消えた。


(もうだいぶ仕掛けられているのか?そしてこれは本当の仕掛けを作るための時間稼ぎ・・・)


今度は最初に矢が来た方向からほんの少し右方向から矢が迫る。


矢を杭で止めながら、ワッシュは地面に施された仕掛けを見逃さなかった。


「地脈に呪詛を流しこんでいるな。」


あちこちの地中を流れる呪詛に向かって杭を放ち、流れを断つ。


そして同時に、高めた道力を周囲へ伸ばし、感知の範囲を広げる。




(見つかったか・・・それにしても想像以上に仕掛けに気付くのが速い。


恐らく以前のワッシュではここまで視野の広い行動は出来なかったはず・・・厄介過ぎる。)


イサギの背後100m先のところに落ちている杭の隣に、ワッシュが現れた。


(おまけに俺の放った矢を第一の杭で操作しようとしなかった。


カウンターだとすぐに見抜いたのかあらゆる状況を想定した上での対処か・・・)


イサギはワッシュの能力を思い返す。


(第1の杭は操作。打ち込んだ対象を操る。


第2の杭は時を刻む。打ち込まれた対象は時間差で中心から破裂する。


第3の杭は地縛り。打ち込まれた面からある程度の範囲に足をついている者が、地面から離れられなくなる。


第4の杭は落下。打ち込まれた対象は最も近い『地面』に向かって強制的に落ちる。


第5の杭は・・・ワッシュの敵が複数の時に、敵全員に身体が崩壊する杭を発生させる危険な能力だが、俺は一人だし恐らく直接打ち込んでくるはずだ。)




ワッシュはイサギへ向かって走りながら、発生させた杭を地面に刺した。


(第3の杭!)


向かってくるワッシュは、更に発生させた杭2つを両手に持つ。


イサギは、自分を中心に半径10mに特殊な魔力と霊力で出来た五芒星の陣を展開した。


ワッシュの左手に持った杭が、イサギの首を狙う。


「相殺。」


イサギの炎に包まれた右手がワッシュの左手首に触れ、ワッシュの左手を突き返す。


突き返された左手の手首をイサギがそのまま右手で掴もうとする。


その右手を、ワッシュは右手に持った杭で狙った。


「!」


イサギはすんでの所で右手を引っ込める。


ワッシュはそれをわかっていたかのように右手に持った杭を持ち替え、人差し指と中指の間に杭を挟み、先端をイサギの方へ向けて投げ放った。


イサギは身をかがめ、引っ込める右手の方向へ身体も同時に引くようにし、身体をねじって放たれた杭をかわした。


(ワッシュの左手の杭よりも先に俺の掌底が入る!)


引っ込めた右手を構え、両足を前方にすりだして右手で掌底をワッシュへ叩き込む。


ワッシュは左手に持った杭を手放し、即座に両手で首の下をガードした。


イサギの掌底がワッシュの腕に叩き込まれる。


ワッシュは叩き込まれる瞬間、先程地面に刺した第三の杭を消滅させる。


掌底を叩き込まれたワッシュは吹っ飛び地面から離れ、それと同時に手放した杭がイサギの背後に周り背中めがけて飛んでいく。


イサギは、左足で背中へ飛んできた杭を蹴り上げた。


杭が砕け散り、消滅する。


(杭の切り替えをした・・・ということは次に何か―――)


イサギが周囲を警戒する。


「恐ろしい洞察力だ・・・だが、それこそが”経験”なのだろう、イサギ。」


ワッシュがそうイサギへ言い放つ。


気付いたイサギは頭上を見上げた。


空に無数の小さな点を見つける。


そして次第に点は大きくなり、轟音が鳴り響く。


(第4の杭だ。

宇宙に浮遊する隕石に打ち込んで・・・)



(打ち込まれた対象は"地面"へ向かって落ちる―――)


あたり一帯に、おびただしい量の隕石が降り注いだ。

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