第4話 ハース・カルノット その2

「魔力の効く世界で私を出し抜けると思ったわけだ・・・」


ワッシュもまた、能力の範囲を広げていた。


黒い影を操る者の制御範囲は街を覆った。




だが、ワッシュの制御範囲は、街から離れた土地までも覆った。


(全て覆いつくした・・・間に合ったな。)


ワッシュの魔力が覆った空間全てから杭が出現する。


街のいたるところに存在する引き出し・・・


黒い影が発生しうる物体全てに、ワッシュの杭が刺さった。


「所詮は人間程度の能力・・・ましてやこの程度の力では・・・」


「ん?」


街からほんの少し離れたところに、家の中から伸びた黒い影によって出来た地面のひびが、広がる。


広がったひびから、巨大な黒い影が伸び、雲の高さまで到達する。


巨大な影が、街へと向かう。








「懲りん奴だ。」


巨大な影を、大きな一つの杭が貫いた。


影はピタリと動きを止める。


「どうやらある程度の大きさの『ひび割れ』からは影が出て来るらしい。


しかし・・・他の亀裂も、すべての隙間に杭を仕込んだ。


あとは本体をどうするかだな・・・」








(身体が重い上に筋力が段々落ちてきた・・・っ


この空間の仕業か・・・)


レセウラとタノスは苦戦を強いられていた。


相手は大鎌の男一人。


しかし、明らかに二人の身体能力は落ちており、平衡感覚にゆがみが生じる。


戦い始めて数分後だった。


大鎌の男の後ろに、もう一人男が現れる。


「!」


「あっ・・・」


大鎌の男が振り向きざまに刃を後ろへ振った。


刃は、ワッシュの左手によって止められていた。


大鎌の男が冷や汗をかく。


「まさか・・・蛇を全部止めたのかお前・・・」


「蛇・・・あぁ、あの黒い影か。


お前達の中では勝算があったようだが・・・


私の力を把握すればそもそもこんなことをしようとは思わないだろう。」






ワッシュの左手が、大鎌を握り破壊した。






粉々に砕け散る大鎌の破片が落ちるよりも早く、男はワッシュの拳を腹に食らう。


「がぁっ!!」


かなりの速度で吹き飛び、どこかの壁に当たった音がした。


そして、三人が居る空間が歪み―――




三人は、元居た部屋に戻って来た。


「ワッシュ・・・すまない、助かった。」


「ちょっとまて、レセウラ・・・カーナが居ない。」


「何・・・」


ベッドはもぬけの殻だった。


「大方さっき抜け出した奴が戻ってきたのだろう。すぐ杭を撃ち込む。」










「野郎・・・霊化して逃げやがった。


あの方向だとカーナの所へ戻ったか・・・?」


廃屋は戦いのダメージで半壊していた。


縞が、周囲の気配を探る。


「居ないな・・・やっぱ戻ってるか。」


縞が駆けだし、少しすると―――


杭を撃ち込まれたカーナが、地面に伏せっていた。


その横にはワッシュ。


「おお・・・!


てことは、なんとか止められたって事か?」


「ああ・・・


カーナに潜んでいたのは三人だ。だがどいつも取るに足らん力量だ・・・今回で逃げられないということがよくわかっただろう。」


地面に突っ伏しているカーナが、歯ぎしりをする。


「クソが・・・ッ 何者だお前・・・ッ」


(脱出した俺を追わせてグミダラが黒い蛇で街を攻撃、それでバラけて残った奴をペスペラフが閉じ込めて・・・それで俺は身体に戻ってそのまま逃亡するつもりだった・・・!


ありえねぇ、つよすぎる・・・!)


「私は人間じゃあない。神・・・クリエイターによって創り出された使徒だ。人間達とは根本から違う。」


「・・・!?」


「私の杭は自在に操れる上に無限に生成できる。支配力もお前たちの魔力で私の杭を上回ることはできない。」


「チクショウが・・・っ」


「流石だなワッシュ・・・


ひとまずこれで―――」


「ああ。だが縞・・・一つ提案があるんだが、聞いてくれるか。」


ワッシュは膝をつき、カーナを見下ろしながら言う。


「提案・・・?」


「ああ。」








「ゴルメロに着いたら、カーナを処刑せず・・・中にいる三人の魂を、私の中に移したい。」


「え・・・!?」


「!?」


縞とカーナが驚く。


追い付いたレセウラとタノスも同じだった。




「私はな・・・運命に縛られてそのまま命を終える者を解放し続けていた。


カーナも、自分で選んだとはいえただ処刑されてしまう。


そして、中にいる三人も同じだ。」




「だが、私の中に魂を移せばカーナは死なずに済む。


私の中に移した三人はその後でそれぞれの身体や生き方を探せばいい。


依頼とは少々内容が異なるが、カーナの国は既に報酬を払い、私達にカーナを引き渡した時点で取引が終わっている。」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。


簡単に言うけどよ・・・魂を移すなんてそう簡単に出来るのか?


宿主から無理に引きはがそうとすると魂は死ぬはずだぜ・・・」


「それが恐らくゴルメロなら可能だ。


聞いた話の限りだと魂の取り扱いに長けた術師が居るとか・・・」


「な、なるほどな・・・」








「縞・・・どうするかは、依頼を受けたお前に委ねる。」


「ワッシュ・・・」


縞は、ほんの少し考えこむ様子を見せる。


だが、すぐに口を開いた。


「お前がそれでもいいなら・・・俺も、そうしたい。


カーナは自分の意思無く自分の処刑を受け入れざるを得なくて・・・


こんな理不尽な目に遭うなんて、見てらんねぇよ・・・」


「そうか・・・


レセウラ、タノス。お前達はどうだ?」


「俺もそれで構わないぜ。」


「俺は・・・縞が決めたならそれでいい。」


「・・・なら、決まりだな。」


「なぁ、ワッシュ。


ありがとな・・・そんな事が出来るのは多分お前だけだ。


俺正直、本当にこれでいいのかってずっと悩んでたんだ・・・他に方法は無いのかって。」


「私が偶然居合わせたからその選択が出来ただけだ・・・


もっとも、偶然さえも来なければ選択さえも出来ないがな・・・」


ワッシュはほんの少し遠くを見るような目をした。






「・・・さて、目的が少し変わったところで」


ワッシュは、カーナへ目を移す。


「お前"達"の名前を教えてもらおうか。」


「勝手に決めやがって・・・本当にそんなことが出来るのか・・・」


「ああ。信じないのなら勝手だが、もうそうすると決めたのでな。」


カーナは、歯を食いしばり、苦悶の表情を見せる。




「・・・ハース・カルノットだ。」


「ハース・・・旅はもう少し続くが、少し待て。


その間にお前達の事を聞かせてもらおう。」










カーナの処刑という目的が、カーナ達の救出に変わった瞬間だった。

||||||||||||||||||||||

ハース・カルノット


ある一国の王宮大臣の子として産まれる。


しかし、14歳の時に王宮内での内乱に巻き込まれる。


幼馴染である王宮兵の息子の助けによってなんとか国を脱出し、異世界へ。


しかし、異世界へ行ってすぐ大量の賊に襲われ、半数を蹴散らすも捕縛され、魂と肉体を分離させられる。


魂は魔物の中へ入れられ封印される。


目的は元の身体に戻り、自分の居た国の王達への復讐。




グミダラ


能力を持ったまま死に、霊となった。


目的は自身の死に場所へ帰る事。




ペスペラフ


亜人と呼ばれる種族の一人。


賊に村が襲われた際、魂を抜き取られ、魔物へ入れられる。


目的は元の村へ戻る事。臆病で滅多に顔を出さない。

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