第3話 ハース・カルノット その1

「街の離れの廃屋とは言え、他の人間が近いだけに今回は用心しないとな。」


今いる廃屋からおよそ1km先に街がある。


風車小屋が立ち並び、畑が点在する・・・文明が発達している最中の街だ。






縞がレセウラに頼み、武器を作っている。


レセウラは魔力の形を変化させ、ナイフの形にする。


次第にそれは鉄へと変化し、本物のナイフになった。


「皆さん、申し訳ないです・・・」


「いや!気にするな、何かあってもなんとかするから!」


「・・・なんとかしたのはワッシュだがな。」


「痛いところを突かれたな・・・はは」


タノスの指摘に縞が苦笑いをする。


「確かにそうだが・・・数が多ければ私がカバーできない場合になった時に任せられる。」


「お、おう」


ワッシュがそう言い、言ってからハッとする。


(任せる・・・か。


こんな言葉もきっと言ったのは初めてかも知れんな・・・)




(最近の私自身の行動もそうだ・・・


昔では考えられないような言動ばかりだ。)




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


セロットの心臓を持ちながら逃げるワッシュ。


心臓から、か細く音がした。


「・・・!?


これは・・・魔法で録音したのか・・・?」




『ずっと隠しててごめんね、ワッシュ。


僕は確かに自分を占った結果の通り、ワッシュに近づいた。


けれど、占いの結果はもう一つあったんだ。


ワッシュ・・・君は、極めて邪悪な心を持っていた。


それをね、変えなければいけないっていう指示付きだったんだ。




だから・・・君の性格を、心を、変えさせてもらった。


少しずつだけど、君の魔力の性質を変えた時から、ゆっくりと進行する魔術だ。


そして君は、変わった。人の心を手に入れた。


ホントはありのままの君を変えるだなんておこがましい、本来の君を否定してしまう所業だ。


けれど、このまま行くとどうやら君は残酷に死んでしまうらしい。


運命のままに、君が悪人として、死んでいく・・・それって、どうなのかな?


それを、見過ごせなかったんだ。ごめんね。ごめんね。』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




(・・・きっとお前は正しかったのだろう、セロット。)


ワッシュは懐に心臓の入った袋があるのを確認し、ほんの少し安堵した。




カーナが眠りについて、数分後だった。


ベッドで眠るカーナの周り、イスに座って監視する四人。


最初に気付いたのはワッシュだった。


「・・・やはりここで来るか。」


ワッシュが立ち上がり、カーナの目を見る。


カーナの目が開き、獣のような目がワッシュを見た。


「来たか!ワッシュ!?」


「ああ・・・   ん?」




カーナの目の色が、変わった。


目の色、というよりは目の中が全て黒く染まった。


それと同時に、カーナの身体から一つ気配が抜け出し、外へ駆ける。


「―――!」


ワッシュは瞬時に気付く。


(あの時姿を現した奴が魂だけ抜けて外へ出た。)


黒い目をしたカーナが不気味に笑う。


縞とレセウラの近くにある引き出しが、突如動き引き出される。


中から黒い影のようなものが這い出る。


「これは・・・ッ!」


「縞!お前は抜け出た魂の方を追え!」


ワッシュの言葉を聞き、意を決した目で縞が外へ飛び出した。


「すまねぇ!そっちは任せた!」


黒い影が、レセウラとタノスを襲う。


レセウラは咄嗟に出した武器でガード。


タノスはレセウラからもらっていた短剣でガード。


「なかなか鋭利な影だな・・・!


タノス!一旦距離を取れ!」


レセウラが言うと同時に、タノスは後方へ跳び黒い影から距離を取る。


黒い影は、ワッシュへ伸びない。




ワッシュはすぐさまカーナの首を右手で掴む。


カーナがニヤリと笑い、呟く。


「ググ・・・いいのかな・・・?」


「・・・貴様、まさかこれは・・・」


目の前にいる黒い目をしたカーナから発せられる気配が、物凄い速度で広がる。


(本体はもうここには居ない。


杭を刺したが黒い影が消えない。)


それは、あっという間に街まで届く。


「クソッ・・・まさか潜んでるのが一人だけじゃなく二人も居たとは・・・!」


レセウラの頬に汗がにじむ。


「レセウラ、タノス・・・聞け。


こいつの能力は恐らく―――黒い影を引き出しや棚、制御範囲に入った『開いて出来た隙間』から出す力だ。詳しい条件はわからないが、床にある傷や壁の傷からは出てこない。


ここからでは恐らく間に合わん。私は街の人間がやられる前に防ぎに行く・・・ここは任せる。2人だけとは限らん、3人目も居るかも知れん。」


ワッシュはそう言い、すぐに外へ、街へ向かう。


「俺たち二人だけでこの状況なんとかしなきゃってことだな・・・タノス!」


「わかってる。」


レセウラが影を弾き、銃を取り出し撃ち込む。


撃ち込まれる瞬間、タノスが指を鳴らした。


銃弾を撃ち込まれた部分を起点に、強い衝撃波がほとばしる。


しかし、黒い影が消える事は無い。


「どっちかで本体叩かなきゃな・・・だがカーナの身体が・・・!」


そう言った瞬間、黒い影が突如消える。


「!」


タノスとレセウラの背後に居た気配が、変わった。




二人とも後ろを向くと、カーナが起き上がっていた。


目の中に、縞模様が広がっていた。


「まさか・・・」


「あ"―――そう。あいつ勘が良いよね。僕がね。3人目。」


カーナの口から、いびつな発音の声が聞こえた。


後ろのドアがゆっくり開く。


音に気付き、レセウラとタノスが振り返ると―――


縦長の楕円に、血と闇が混ざったような空間が映っているものを頭とした人型のような何かが、二人入ってくる。


そして、二人は開いたドアの向こう側を見逃さなかった。




ドアの向こう側は、ただただ黒かった。


「・・・なるほどな。タノス、俺ら特異な空間に閉じ込められたようだ。」


「だろうな。そして、こいつ"ら"の俺たちから脱出する計画もわかった・・・」


(この三人が俺たちや街への攻撃をし、俺たちに街の人間を救出させる。


その間に、多分機動力が一番高いさっき出て行ったアイツ・・・奴がカーナの身体に戻り、肉体ごと脱出する気だ!)




レセウラは、銃を人型の頭に向け撃ち込む。


空間の中に入るだけで手ごたえがない。


「くっ!」


足や胴体を撃つも、弾丸は吸い込まれていく。


人型が距離を詰めてくる。






タノスが、カーナの肩を狙って銃弾を撃ち込んだ。


しかし、それもまたカーナの身体に吸い込まれていった。


「今の僕に攻撃する手段は無い・・・君たちの攻撃もまた、僕に直接効く事はない・・・よ!」


人型は目の前、避ける手段も無かった。


「くそっ!」


二人は、人型の中へ吸い込まれていく。


「レセウラ、弾を装填しておけ。恐らく運ばれる空間が問題だ。脱出する手立てもそこにある。」


「ああ・・・!」










二人は、血と闇が混ざったような空間の中に居た。


足元も同じような色の、肉のような何かが広がっている。


二人の奥に、大鎌を持った人型が居た。


縞模様の広がる目、縦長のいびつな顔、フードのついた長い布で身を纏った男が居た。


大鎌の男が、二人に向かって走り出す。


「多分本体はこいつだ・・・タノス、合わせてくれよ。」


「ああ。・・・倒してなんとかなればいいんだが。」










街へと近づく魂は、次第に人の姿へ変わっていく。


赤くて長い髪、獣のような目、鋭い歯を持った、長身の男へと変化した。


「手筈通りならこのあと・・・」


赤髪の男の横を、飛んできたナイフがかすめた。


「!?」


走りながら、後ろを確認する。


追いかける縞が、いくつもナイフを手にしていた。


「逃がすか!」


「めんどくせぇ野郎だ・・・」


赤髪の男は、前方に見える廃屋の中へ入る。


「!


待ち伏せか建物利用しての逃亡か・・・どっちだ!?」


(いや・・・もしかするとカーナ以外の誰かの身体に入って逃げるかも知れねぇ。)


走りながら考える縞、だが・・・


「わからねぇ!とにかく入る!


それに今は手数も多い!なんとかして捕まえねぇと―――」






廃屋に入り、赤髪の男を探す縞。


「さーてどこだ・・・?」


縞は、持っていたナイフ、銃、刀を宙に投げる。


投げられた武器から黒い布が出現し、人型を成し黒子となる。


黒子は、それぞれ自らを生み出す媒介となった武器を手にし、赤髪の男を探すべく散る。


「・・・」


縞もまた、捜索を始める。






そして、入って右奥の扉を開ける。


「・・・誰も居ない・・・?」




注意深く確認しながら、扉の奥へと入った時だった。








左側から拳打が飛んできた。


「うっ!」


すんでのところでかわすが、更に少し下から蹴りが飛んでくる。


縞のみぞおちに当たり、吹き飛ぶ。


「ぐぁっ!」


(やっぱり実体がある!


魂だけだったのを無理矢理実体化させた?こいつの能力か?


でもずっと実体化出来るならとっくのとうに逃げてるはず・・・時間制限か?)


受け身を取りつつ、立膝になり体勢を整える縞。


「てことは・・・ここで仕留めようって事だな。」


赤髪の男が、ゆらめくように扉から出て来る。


「あぁ。お前はここでぶっ潰す。能力もめんどくせぇ。」


「・・・カーナ越しに俺の能力はやっぱ把握してたか。そりゃそうだよなぁ・・・」


そう言った瞬間だった。


赤髪の男が何かに気付き、咄嗟に後ろを振り返る。


黒い布をまとったような人型が、ナイフを持って向かってきた。


赤髪の男は、ギリギリのところで横に薙ぐ刃をかわす。


「チッ・・・」




(さっき走ってる最中に投げたナイフか・・・!)




「お前が言うよりも、俺の能力はめんどくせぇぞ。」


気付くと、二人が居る広間に、黒い布をまとった人型が6体居た。


「今の状況がわかるように説明しといてやる。


俺の能力は『"俺と黒子が触れた武器"から黒子を発生させて操る』力だ。


お前気付いてないと思うが・・・俺はたまに発生させた黒子に小さい針を持たせることが多くてな。今、この廃屋の二階にも数体居る。」


「・・・!」


「接近戦じゃもしかするとお前に敵わないかも知れないが・・・この数、そしてどこに黒子が発生出来る武器が落ちてるかどうか・・・処理できるか?」


赤髪の男は、苦い顔をして言う。


「めんどくせぇ・・・」


赤髪の男が拳を握りしめた。








街のとある民家。


一人の女性が、就寝の準備をしていた。


服の入った棚に近づいた時だった。


棚が動き、手も触れていないのに開く。


「え・・・っ」


棚の中から、黒い影が伸びた。


「な、なに・・・これ」


伸びた黒い影が、女性へと恐ろしいスピードで向かっていく。






影は女性の目の前で止まった。


影の根本に、小さな杭が刺さっていた。

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