最終話 束の間の休息

 12月1日。


 カナージュ、オトゥケンイェル、エルミーズ、バシアン、コレアルの五つの街で、一連の戦役に関する停戦協定の内容が発表された。


 既に10月には条件そのものは決定していたが、帰国の時間、その他諸々のタイミングなども測るためにこの日の発表となった。


 主な条件は以下の通りである。



 ①フェルディスとナイヴァルとの間で二年間の停戦を約する。

 ②ホスフェはフェルディスの支配下に置かれるが、三年間は現状のまま維持する。従って、親ナイヴァル派だったガイツ夫妻やビーリッツ家についても当面は据え置きということとなった。

 ③シェローナは両国からの独立勢力であることを確認する。これにより、ディンギア地方統一に向けての動きを行えるようにはなったが、一方で海の方面ではナイヴァル・コルネー海軍とぶつかり合うことになる。



 国王を失ったコルネー王国では、1歳になったばかりのマルナト・コルネートが国王となり、母親のミーシャ・サーディヤが摂政となった。


 臣下においては、これまでの第一人者であったフェザート・クリュゲールがクンファ王を守れなかったことと、ハイェム・フェルンで捕虜となったことを理由に海軍大臣を退任し、後任の指導にあたることとなった。


 代わって、フェザートの一番弟子とも言えるグラエン・ランコーンが海軍大臣に昇格したが、早急に次なる人物が求められている。




 ナイヴァルでは、総主教ワグ・ロバーツが父親の解任とそれに伴う不祥事の管理責任を取られて退任となり、総主教位が空位となった。


 シェラビー・カルーグの後継として枢機卿位を引き継いだスメドア・カルーグは年が変われば新しい総主教を探すことを宣言しているものの、マルナトが選ばれることがほぼ確実とみなされている。


 他、枢機卿だったセウレラ・カムナノッシもネブ・ロバーツを止められなかったということで解任となり、その代わりとしてシェラビーの参謀格だったラミューレ・ヌガロが、戦死したルベンス・ネオーペに代わってその副官だったサムカ・イスタッドが選ばれ、更にアクルクア交易のハルメリカ側の責任者であるセイハン・トレンシュが任命されることとなった。


 とはいえ、新体制がスメドアとレファールの両頭体制であることを疑うものはほとんどいない。




 フェルディス帝国では、同じくハイェム・フェルンで捕虜となったブローブ・リザーニが大将軍位こそ保ったものの、その権威は大きく失墜し、マハティーラ・ファールフの軍への介入度が更に強くなった。


 ただし、マハティーラの発言力が強化されたのは、ホスフェ支配に伴って、有力者がホスフェに向かった影響もある。

 リムアーノ・ニッキーウェイが西部のセンギラに、ティプー・ペルシュワカがオトゥケンイェルに入ることとなった。


 東部リヒラテラにはナーサ・ホルカールが入った。とはいえ、まだ11歳のナーサには十分な能力がないため、シャーリーの遺言に従い代理人としてスーテル・ヴィルシュハーゼが入った。ホルカール家の家宰としても振る舞うこととなる。出世ではあるのだが。


「スーテルもグッジェンももう50歳近い。そろそろ軍籍は引退。後進の指導と領地経営にあたるべき」


 というヴィルシュハーゼ伯爵ルヴィナの評価に不機嫌極まりない様子で任地に赴いている。




 776年2月。


 バシアンの中央教会にメリスフェール・ファーロットの姿があった。


「メリスフェール」


 声をかけられ、振り返ったメリスフェールの顔がパッと輝く。


「ミーシャ様、お久しぶりですね」


「本当に久しぶりね。この教会に貴女といると、茶番だったコルネー王の花嫁選びのことを思い出すわね」


 ミーシャが苦笑いを浮かべ、メリスフェールは「うわぁ」とうめき声をあげる。


「思い出したくない話ですね」


「ごめん、ごめん。でも、あの時の関係者で残っているのが私と貴女だけになってしまったのが寂しいわね」


「そうですね……」


「サンウマでやればいいのにねぇ」


 控室の方に視線を向けて、ミーシャが呆れたように言う。


「サンウマはカルーグ家が管理するので、レファールがバシアンに赴任するらしいです」


「うーん、経済力的にはサンウマの方が上だけど、大聖堂をレファールに任せるというのはスメドアもいかがなものなのかしら」


「いいんじゃないですか。喧嘩している風ではないですし。それよりミーシャ様、海軍のあの女みたいな男、どうにかなりませんか?」


「海軍の女みたいな男?」


 一体、誰のことだ。ミーシャは顔一面に疑問を浮かべている。


「フィエス・グライセフトとかいう変な奴ですよ」


「あぁ……」


 ミーシャも合点がいったらしい。


「確かに変な奴だけど、あれで結構役に立つみたいなのよ。沸点が低いからすぐキレるけれど、あんな感じでシェローナに向かう艦船を拿捕しているわけだから。変だけど結構有能なのよ」


「たまたまサンウマの港で一緒になりましたけれど、奇声あげるわ、変な踊りを始めるわで、コルネーにはあんなのしかいないとなれば、マルナト殿下のことが心配です」


「いやぁ、まあ、あれは特別だから」


「だといいんですけれどね」


 二人は教会に入り、用意された席に腰かける。


「レファールがコルネー軍を指揮するという話を聞いたんですけれど、本当ですか?」


「指揮をとるわけではなくて、当面の間強化を行うという感じね。フェルディス軍の精鋭に太刀打ちできる存在はコルネーにはいないし、フォクゼーレも強化に励んでいるから、停戦協定が切れた後のことが心配なのは事実ね」


「なるほどぉ」


「もったいないことをしたわね」


 ミーシャがクスッと笑う。意図することを理解し、メリスフェールは苦笑した。


「どうでしょうね。私の想像以上に一緒にいられる時間が少なそうで、姉さんじゃないと無理じゃないかなぁ」



 雑談に興じているうちに、次第に人が増えてくる。


 ボーザ・インテグレス、フェザート・クリュゲール、ムーノ・アーク、イダリス・グリムチにこの前枢機卿を去ったばかりのセウレラ・カムナノッシの姿もある。


 しばらくしてスメドア・カルーグがリュインフェアと共に入ってきた。


「大体揃ってきた感じかしらね。そういえば、あの仲裁人はアクルクアに帰ったの?」


「はい。帰りましたよ。『一年近く不在にしてしまって、誰かに乗っ取られていたらどうしましょうかねぇ』とか笑っていました」


「大物ねぇ……」



 いつの間にか、教会の席は全て埋まっていた。


 オルガンの音が鳴り響き、スメドアが最前列の壇上に上がる。


「それでは、これよりレファール・セグメントとサリュフネーテ・ファーロットの婚礼式を行う」


 宣告とともにレファールとサリュフネーテの二人がそれぞれの扉から出てきた。お互いぎこちない歩き方で壇へと向かう。


「よっこらせ」


 ミーシャが立ち上がった。


「あれ、ミーシャ様、何かなされるんですか?」


「スメドアが、婚礼の宣告などやりたくないから、やってくれって……」


 呆れたように首を振りながら、壇上に上がり、二人を見下ろす。


「私、ミーシャ・サーディヤがレファールを知ったのは……」


 レファールについての紹介を始める。メリスフェールを含めて、最初は何となく聞いていたが、話が中々終わらない。


(長っ! 自分が主役じゃないんだし、手短にした方が良くない?)


 メリスフェールの心の声が聞こえたのか、ようやくミーシャは演説をやめたと思いきや、今度はサリュフネーテの話を始める。


(あれかなぁ。コルネー王妃になって、話する機会が少ないから、話に飢えちゃっているのかなぁ……)


 メリスフェールは恨めし気な視線をスメドアに向けた。自分だけではない。何人かが「何であの人を」という視線をスメドアに向け、それに気づいたスメドアが気まずい顔をしてうつむく。


 一体どのくらいの時間、話をしていたか。ようやくミーシャが話を終えて二人に向き直る。


「レファール・セグメント及びサリュフネーテ・ファーロットよ。二人はお互いを生涯の伴侶として、苦しみも楽しみも、喜びも悲しみも分かち合うと誓うか」


「はい」、「はい」


「それでは、誓いのキスを」


 ミーシャの言葉に従い、レファールが首を下げてサリュフネーテと口づけをかわす。



 ミーシャが拍手をし、周りがそれに続く。


 あっという間に教会内に万雷の拍手が響き渡る。



 それは打ち続く戦乱の中の、一服の清涼剤のようであった。





 ミベルサ大陸は、これから先、『仲裁者の休息』と呼ばれる二年間の平穏な時期を迎えることとなった。この期間の間、各国とも国力の強化や組織の再編にいそしみ、次なる戦いへと備えていた。


 休息が終わるのは、777年の年末。


 南東海域で、第二の舞台が幕を開ける。

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