第27話 継承者⑤

 サリュフネーテは黒い喪服姿で入ってきた。


「レファール、お疲れ様でした」


 頭を下げて、隅の席に座る。


 その場を立ち去ろうとしていたセウレラもその様子を見て、一旦腰かける。


「ネブ・ロバーツに関しては軍を指揮した経験もないだろうし、レファールが出て行けばすぐに終わるだろう。処分についてはスメドアと相談のうえで決めた方がいいだろうな」


「……私とスメドア殿だけでは中々に難しいし、爺さんの力は今後も必要なのだが?」


「私はもう辞めると決めたのだ。ナイヴァルとコルネーから探し出せばいいだろう」


 セウレラの鼻息は荒い。今度ばかりは絶対に曲げる気がないという意思がないということが伝わってくる。


(ひょっとしたら、シェラビー様と引退について話していたんだろうか……?)


 勿体ない話ではあるが、押しとどめるのは難しそうだ。


「分かったよ、爺さん。ただ、今すぐというのは無理だろう。ネブ・ロバーツを枢機卿から解任する際に、ついでに、という運びにするのが無難だ」


「……それはそうだな。分かった、それまでは謹慎していよう」


 枢機卿位については話が決着した。




 セウレラが部屋を出て行き、サリュフネーテと二人になる。


「まずは、申し訳ない。勝つつもりでホスフェまで行ったのだが、負けてしまったうえにシェラビー様を失う結果となってしまった」


「……仕方ありません」


「今後については……」


 先ほど、セウレラが話をしていたことについて、サリュフネーテに説明をする。ミーシャの復権という点は想定していなかったらしく驚いているが、表情を見る限り反対するつもりはないようだ。


「総主教の件については構いません。マルナト総主教とマリアージュの件については、確かにそういうものだと理解はしていますが、かなうならば本人達の意向に沿うようにさせたいとは思います」


「そうだね。私もそう思う。細かいことについてはスメドア殿が戻ってきてからになるだろうけれど」


「分かりました。色々お手数をお掛けいたします」


「もう一つ、話がある」


 サリュフネーテがハッと顔を上げる。眼鏡がずれたらしく、慌てて位置を直した。


 レファールは深呼吸をした。


 色々な思いが脳裏を走る。戦場、メリスフェール、シェラビー、シルヴィア。


「君に拒絶されて以降、私は色々と考えた。そのうえで行きついた結論があった。君とシルヴィアさんを勝者にしたい、という結論に」


 サリュフネーテは無言である。


「君はシルヴィアさんの遺志を継いで、シェラビー様と大陸の勝者を目指すという道を選んだ。だから、何とかそれを実現したかったけれど、叶わなかった」


「……母はよく言っていました。『自分は何かを争うと勝てない』って。そういう部分は娘も同じなのかもしれません」


「だけど、さっき話したようにまだ完全に道がなくなったわけではない。私は、シェラビー様ほど才能がないかもしれないが、何とか遺志を受け継ぎたいと思う。同時に君の願いと、シルヴィアさんの想いも、できるものなら背負いたいと思っている」


「それは……」


「もちろん、シェラビー様が亡くなってすぐだ。今すぐ返事が欲しいわけじゃない。ただ、いずれはそうなったらいいな、と思っている」


 レファールは立ち上がって大きく伸びをした。


「その間に、まずはサンウマに迫る困った奴を処理してくるよ」


「レファール、私は……」


 立ち上がろうとするサリュフネーテを右手で制する。


「ま、ゆっくり考えてほしい」


 そう答えて、部屋を出た。




 カルーグ邸から一度自分の屋敷に戻り、準備をすると、隣にあるボーザの屋敷に向かう。


「出撃するぞ」


「えっ、こっちから出るんですか?」


 一旦は驚いたボーザだが。


「まあ、相手はネブ・ロバーツですからね。そんな相手に籠城を選択というのも情けない話ではあります」


「そういうことだ。少なくとも騎兵で様子くらい見に行っても罰は当たるまい」


「了解です。二時間あれば集められますよ」


 ボーザはそう言って、馬に乗って近くの屋敷を回り始めた。




 言葉通り、二時間で騎兵200人が集結した。


「ネブ・ロバーツはどれくらい集めているんですか?」


「分からんが、バシアンにしても無尽蔵に集められることはないだろう」


 サンウマは若者と老人ばかりである。それはバシアンでも同じであろう。


 あるいは、ネブ・ロバーツが遅い理由は、徴収が難しいにも関わらず大軍を編成しようとしているからかもしれない。


「仮にまだバシアンにいるようであれば、我々がサンウマを出撃したと知れば、プレッシャーを与えられるだろう」


「確かに」


「オルビスト達には戻ってきたら、そのままサンウマの防衛につくように伝令を送り、我々は北に向かう」


 レファールは北と東に伝令を派遣すると、兵士達と向かい合う。


「私達はシールヤとハイェム・フェルンで手痛い敗北を喫した。これから仕切り直しをしなければならない。今回、サンウマをネブ・ロバーツから守るのはその第一歩だ」


「はい!」


 兵士達が一斉に返答する。


「大変だとは思うが、もうひと踏ん張り、頑張ってくれ。その後は、恐らくフェルディスとの間もしばらくの間、停戦となるだろう。これで一区切りをつけよう!」


「おう!」


 レファールの号令一下、兵士達は意気軒高、北へと向かった。




 結果的には、予想された戦闘は発生しなかった。


 元々、ネブ・ロバーツの兵士達は半ば強引に集められ、半信半疑のままサンウマへと進んでいた者達ばかりである。歴戦の指揮官レファール相手に勝てるなどと信じているものは一人もいない。


 レファールがサンウマを出撃したという情報を聞くや、大パニックに陥り、一部の者が「ネブ・ロバーツをレファールに突き出そう」という動きを見せた。これに大半の者が追随し、ネブはサンウマに向かうどころか、自軍から逃げ出さなければならない状況に陥り、近侍の数名とともにバシアンに逃げ帰った。


 これをバシアンの兵士達が追撃することとなり、ネブ・ロバーツはバシアンに滞在することも叶わない。


 そこにレファールの伝令が「降伏すれば命は助ける」と告げてきたこともあり、四日後には呆気なく降伏したのである。


「私が悪いわけではない。兵士達にそそのかされたのだ」


 ネブ・ロバーツはそう主張したが、受け入れられるはずもなく、スメドアが戻るまでバシアン大聖堂内の牢獄に幽閉されることとなった。



 そして、冬が過ぎ、775年の春を迎える……。

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