第26話 継承者④
堂々とカルーグ邸へと歩いてくるセウレラの姿を見て、レファールは絶句した。
「あれ……? メリスフェールが言っていたことは間違いだったのか?」
「間違いというのが何のことかは知らんが……」
セウレラはいつもと同じく、どこか飄々とした様子で話している。
「ネブ・ロバーツを焚きつけたという点に関しては間違いない」
「……それで何故、ここへ来ているんだ? いや、待て」
レファールは肝心なことを思い出す。
「ネブ・ロバーツを焚きつけて、バシアンにいるはずのあんたがここにいるんだ?」
「そんなことはネブに聞いてくれ」
セウレラが呆れたような仕草をする。
「あの男、とにかく段取りが悪くて、わしがバシアンをまとめてもまだサンウマにいるようだった。さすがに一両日中には来ると思うが……」
「……私だったら、そこまで遅れるようならいっそバシアンに籠城するかもしれないが?」
「奴にとっては最後のチャンスだ。そんなことはしないだろう。まあ、こんなところで長話も何だ。中に入ろうではないか」
セウレラが屋敷の中に顎を向ける。
何であんたに仕切られねばならんのだ。そう思ったが、レファールも従って中に入ることにした。
中に入り、応接室でしばらく待つ間、セウレラと先程の話の続きをする。
「シェラビー・カルーグがいなくなった以上、ネブ・ロバーツがいると都合が悪い。いや、本当のところを言うと、そうなる前から既に下ろした方がいいという思いがあった」
「それは、シェラビー様が?」
レファールも全く初耳というわけではない。ワグ・ロバーツについてあまり良い印象を持っていないような話をしていた記憶がある。
「そうだ。決してダメな人物というわけでないが、他国と渡り合えるような才覚を持っているとはいいがたい。枢機卿とするには無理があった、上げて大司教止まりだろう」
「ふうむ……」
ネブ・ロバーツは実務面を任されていたので、レファールとは畑が違う。だから、はっきりとダメと言える根拠はないが、ボーザのような実績のある人間と比較して、ネブが上だとは言いづらい。
「そこで一つ、シェラビー・カルーグと私とで、かなり気の長い話を立てた」
「気の長い話?」
「ワグ・ロバーツについては将来的に何らかの理由で総主教不適格の烙印を押す。前任のミーシャ・サーディヤが自らそれを認めて退任したから、今度はそれをワグに課すというわけだ」
「……まだ子供だから、そういう理由はいくらでもつけられるだろう。ただ、こちらの都合で選んでおいて、こちらの都合で廃位というのは勝手な気もするけれどね」
「虚々実々の政治の舞台だ。仕方がない。殺されないうえに年金が用意されるだけでもありがたいと思うべきだ」
「うーん、まあ、そうかもしれないな。で、ワグを下ろして、次の総主教は誰にするんだ? ネブよりも枢機卿に適任な人間がいるのか?」
「ハッハッハ」
セウレラがいきなり笑いだす。
「では、おまえさんに尋ねるが、この大陸で一番総主教にふさわしいと思うのは誰かね? 立場とか関係とかは一切合切無視して、一番総主教として理解される人物だ」
「ふさわしいというより、ナイヴァル総主教として連想できるのはミーシャしかいないだろう。他は想像がつかない。ワグ・ロバーツも含めて。うん、まさか……?」
「そのまさかだ。ミーシャ前総主教の息子マルナトを、次の総主教とする」
「い、いや、それはコルネーがOKを出さないだろう?」
マルナトは次期コルネー王である。それをナイヴァルに明け渡すとは思えない。
「もちろん、当分はコレアルで暫定的に、という方針だ。その当時はクンファ王が健在だったから、場合によってはもう一人出来るかもしれなかったからな。そのうえで、マルナトとマリアージュを婚約させる」
「それは……」
レファールは絶句した。
なるほど先の長い話である。マルナトはもうすぐ1歳、マリアージュは3歳である。一時期のクンファとメリスフェールの4年間待つという話が、矢のような短さに感じられるレベルだ。
屋敷の人間が、紅茶をもって応接室に入ってきた。
「サリュフネーテ様は着替えに時間がかかっておりまして」
「別に構わない。ゆっくりしてくれていい」
ネブ・ロバーツがまだ来ないというのなら、慌てて準備をしなくても構わない。
今はセウレラとの話に集中したいので都合も良かった。
「ところが、案に相違して、シェラビー・カルーグもクンファ王も戦死してしまった」
「すまない……、さすがに二人とも戦死という事態は想定していなかった」
「それが戦争というものだ。仕方がない。で、この状態からどう持っていくのがいいか。相談相手がいなくなったから、私が一人で考えた」
「イダリスの爺さんはダメなのか?」
「あれは策謀という点では使えん。話を戻すが、まず、マルナトを総主教という路線はそのままにしたかった。もちろん、当面はコレアルでという点も変わりがない。これにより、両国はそれぞれ大きなものを手にする」
「……ナイヴァルは、シェラビー様とルベンス・ネオーペという重鎮を二人失った。国が大きく揺るぎかねない事態だが、ミーシャがマルナトの後見人として監督することになって動揺が最低限に抑えられるということか」
「コルネーは?」
「コルネーはマルナトを自分側で抱えているから、いずれはナイヴァルを吸収できるのではないかという思いを持つことができる。コルネーとナイヴァルの関係はより強くなるということだな」
「その通り。そして、おまえさんにとってもいいものがあるだろう」
「私に?」
レファールは首を傾げた。見当がつかない。
「今回、コルネー軍は国王を失うという大失態を演じた。この責任を最終的に取るのは誰だ?」
「……強いて言うなら、フェザート大臣?」
「そうだろう。その当人は捕虜になり、人質交換で戻ってくる予定ということだからな。となると、実力者ではあるが、これまでのように大々的にコルネーの二番手としては振る舞えなくなる」
「そうなるね。マルナトにはもちろん国政は無理だし、ミーシャが摂政として管理して、その下には……」
思いついた名前に、レファールは愕然となった。セウレラがクスクスと笑う。
「そうだ。おまえしかいない」
「いや、しかし、私はナイヴァルの枢機卿でもあるし」
「ナイヴァルのナンバーツーとコルネーのナンバーツーを兼ねてはいかんという決まりがあるわけでもあるまい。こうすれば、おまえさんが両国の軍をまとめることができる。フォクゼーレとの停戦期間が続いている間、おまえは対フェルディスだけを考えて両国軍を動かすことができるというわけだ」
「……」
「そこから先はおまえさん次第ということだな。さて、ここまで両国とレファールが得をする話をしてきた。次は私が得をさせてもらいたい」
「爺さんは何をするんだ?」
レファールの問いかけに、セウレラがうんざりとした顔をした。
「何をいまさら。私はもう歳だから引退したいのだ。今回、ネブ・ロバーツを焚きつけた責任を取って放逐ということにしてもらいたい」
「……は?」
呆気にとられるレファールに、セウレラは紙を取り出した。
「ここに追放書面を用意してある。勝手に使ってくれ」
「いや、ちょっと、そんな勝手なことを」
慌てて止めようとしている時に、扉がノックされた。
ようやくサリュフネーテが来たらしい。レファールは掴もうとしていたのを一旦堪えて、再度ソファに腰かけた。
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