第25話 継承者③
レファールはエルミーズから馬を飛ばして、サンウマ方面に急ぐ。
ボーザに軍を任せたのは一日以上前ではあるが、軍は歩兵主体なので行動距離には限界がある。数時間で追いついた。
「ボーザ! いるか!?」
「大将? どうしました?」
ただならない様子を感じたのだろう、ボーザが飛んでくる。
「サンウマが攻撃を受けているらしい。準備をする」
「えっ、攻撃って?」
「ネブ・ロバーツが私とスメドア殿を追い出そうと画策しているらしい」
「はあ? そんなことできるはずがないじゃないですか」
ボーザだけの思いではないらしい、周囲の面々も呆れかえっており、「そうですよね」とボーザの言葉に頷いている。
「何もなければそうだが、サンウマを占領してサリュフネーテを人質に取れば厄介だ」
「あ、なるほど」
ボーザもようやく事態を飲み込んだらしい。
「ただ、準備と言っても何をするんですか?」
「おまえのさっきの反応でも分かる通り、ネブ・ロバーツが私に勝てるとは誰も思っていないだろう。だから、この際、兵力はいいので馬に乗れる者を引き連れて急ぎたい。もちろん、私とおまえがいるのは大前提だが」
「なるほど。確かに大将が戻ってきたと分かれば、相手の兵士が意気消沈しますね」
「そうだ。馬はどのくらいいるかな?」
「スメドアの大旦那のところに残したのも多いですね。百頭くらいでしょうか」
「百頭か……。まあ、それだけいれば威嚇には十分だろう」
エルミーズではネブ・ロバーツの指揮する兵力についての情報はなかった。
ネブだけであればたいした数ではないはずだが、セウレラが関与しているとなると、万前後の兵力になっている可能性はある。それを相手に100人というのは辛いが、とにかく、自分達が戻ってきたと敵味方双方に分からせることが重要である。
「大将が来ているとなれば、少なくとも籠城している側は勇気百倍でしょうからね。ただ、サンウマは誰が指揮をとっているんでしょう?」
「メリスフェールの話では、サリュフネーテらしいということだ」
「それはいけませんや。急がないと」
「あぁ」
その場で騎馬隊を選抜し、残りはオルビストに任せて、レファールは西へと向かう。
サンウマに着いたのはその日の夜であった。
既に夜の帳が下り、周囲は真っ暗である。悪いことに月や星も出ていない。
小高いところから、城の周囲を見渡すが、城壁の周囲に明かりはない。
「城の外に兵士はいないようですね」
仮に城を攻囲しているのであれば、どこかに火がついているだろう。そうしたものは見当たらない。一方で城内が慌ただしいということもない。
「まだ到着していないのかな?」
そうであれば幸いである。
レファールは東の城門まで向かおうとする。
「大丈夫ですかね? もし、城内に敵がいたら」
「もちろん危険性はあるが、今は時間が押しい。一刻も早くサリュフネーテと合流したい」
「了解です」
ボーザも頷いた。二人が先頭に立ち、門に近づく。
「誰だ!?」
蹄の音が聞こえたのだろう。城壁から声が聞こえてきた。その声の様子にレファールは安心する。仮に敵に占領されているのであれば、東から来るものは無条件に攻撃をするだろう。誰何するということは、まだ城が攻撃されていない証だ。
「私は、レファール・セグメントだ。誰か分かる者と会わせてもらえないか?」
「ボーザ・インデグレスでも構わんぞ」
二人の声に、城壁の上の声が弾む。
「お、お待ちください! すぐに連れてまいります」
一旦離れていくが、どうやら城壁の守備隊の中に分かる者がいたようで、すぐに慌ただしい足音が聞こえてきた。城壁の上から灯りを照らされ、間違いないということが分かり、門が開く。
若い兵士が二人、外に駆けだしてきた。両者とも10代のようだ。おそらく年長の経験者はシールヤ、ハイェム・フェルンに駆り出されていて、彼らのような若者か、あるいは年寄りしか残っていないのだろう。
だから、二人ともホッとした顔をしている。
「バシアンから攻められるのではないかという話を聞いて、不安でしたが、猊下が来ていただければ安心です」
「あぁ、任せておけ。サリュフネーテはどうしている?」
「サリュフネーテ様は屋敷の方に……」
「そうか……、確か妹のマリアージュもいるんだったな。とすると、深夜の訪問は避けておいた方がいいか……」
「大将、ネブ・ロバーツの動向の調査はどうします?」
「さすがに夜間に調査に行くのは大変だろう。今晩は警戒を任せて、兵士達には休息させよう」
「分かりました」
ボーザが指示を伝えに戻る。レファールはサンウマ兵に向き直る。
「今晩は見張りを頼む。何かあったら、私はサンウマの邸宅の方にいる」
「分かりました」
話をまとめて、レファールは邸宅へと向かう。
各地を回り歩くうえに本拠地が別にあることから、サンウマの邸宅は年に二、三日程度でしか使っていない。撤収してしまっても良いのではないかと思ったし、事実、スメドアに提案したこともあった。ただ、「他に使うアテもないし、金も取らんし、いらないと言うまでは保持だけはしておいていいのではないか?」と言われたので、保持しつづけていた。
それがこういう形で幸いとなった。
(さすがにボーザの屋敷に押しかけるわけにもいかないだろうし)
とはいえ、着いてみると誰も使っていないので、冷たいし埃っぽいことこの上ない。建物の外に関しては周りの人達が掃除してくれていたようであるが、中までは行き届いていない。
簡単に箒で払い、ベッドの上に横になる。
(これまで数か月、外で寝ていたことからすれば、これでもマシな方さ……)
と、納得させつつも、明日以降はカルーグ邸の客間に入れてもらおうと思いながら眠りについた。
翌朝、目が覚めても街の様子に変わりはない。
本当に攻めてきているのか、そんな疑問も感じながら、レファールはカルーグ邸に向かう。衛兵に来訪を告げると、すぐに中へと入っていった。
後はサリュフネーテを待つだけだと思ったとき、背後に気配を感じる。
「おお、ようやく来たか。レファール」
声を聞いて愕然となる。振り返って、その姿を確認し、思わず叫んだ。
「爺さん!?」
セウレラ・カムナノッシが「よう」と右手をあげた。
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