第24話 継承者②
「メリスフェール様、これで良かったのでしょうか?」
レファールが出て行った後、メリーロース・イプロモーが尋ねる。
「何が?」
「いいえ、サリュフネーテ様を任せた、みたいな言い方をしてしまって」
「もう一回聞くけれど、それの何が問題なの?」
「ですが、一度はお互い合意したではなかったですか」
「……それでは考えてほしいのだけど、私とレファールが結婚したら、姉さんはどうなると思う?」
「それは……」
メリーロースの表情が曇る。
サリュフネーテの控えめな性格であれば、多分、修道院にでも入って、死ぬまでシェラビーの冥福を祈ることになるのだろう。
「でしょ? 私は、あ~あっていう気持ちはあるけれど、姉さんと違って相手が死んだわけじゃないからね。終わったことは仕方ない。また、頑張りましょう、ってなるだけよ」
「ただ、レファール様はそれでいいのでしょうか?」
「それこそ何を言っているのよって話。レファールは終始姉さんを優先しているんだから」
メリスフェールは溜息をついて説明を始めた。
「レファールがシェラビーのために奔走していたのは二つの意味があったのよ。最初はシェラビーの恩義に応えたいというもの、それに加えて途中から……姉さんがシェラビーを選んで少ししてからくらいかな、姉さんを大陸統一者の妻という立場にしたい、というのも加わったわけ」
「シルヴィア様からサリュフネーテ様から引き継いだ立場ですね」
「そう。だから、シェラビーがダメなら、レファールは取って代わるつもりだったわけ。だけど、フォクゼーレもイルーゼンも味方について、シェラビーが勝てそうな環境が完成した。その時点でレファールは姉さんに対する義理を果たせたと思ったわけよ」
「だから、メリスフェール様に求婚したと?」
メリスフェールは頷く。
「私にとっては、レファールは絶対に悪い選択肢ではない。子供の時からずっと見ているし、間違いなく信頼できる人間であることも分かっている。問題はあちこち渡り歩いていて中々落ち着かないことと、姉さんの件よね。でも、大陸統一の目途が立ったなら、その心配はなくなるということだったわけ」
「それが、シェラビー様の戦死で全てが変わってしまった、と?」
「そういうことね」
シェラビーが死んだとなると、スメドアが後継者となるだろうが、レファールは二番手としてこれまで以上の働きが求められることになる。当然、エルミーズで過ごせる時間はなくなってしまう。
「もちろん、私がエルミーズを出るという選択もあるわよ。ただ、ここもお母さんから受け継いだものだし、放置してというわけにはいかないからね。何より」
「何より?」
「結局、私がルヴィナさんを帰してあげたから負けてしまったわけだしね。そういう気ままなことをしておいて、『姉さんのところには行かないで! 姉さんは修道女にして、私と一緒になって』なんてことは口が裂けても言えないわ」
メリスフェールは部屋の外に出て、そのまま政庁の建物も出た。メリーロースも後からついてくる。
レファールがサンウマに向かったことで、エルミーズ内部の緊張感は一気に消失していた。港や市場ではレファールに対する期待が飛び交っている。
「レファール様がサリュフネーテ様を救った後、ナイヴァルはどうなりますかねぇ。フェルディスと対抗していけるのでしょうか?」
「それは大丈夫じゃないかしら。前から言っているけれど、レファールはトータルで見たらルヴィナさんに負けるとは思わないし」
ルヴィナ・ヴィルシュハーゼの最大の強さは自前の兵力の強固さによる。レファールは才覚こそ劣らないものの、本人が外交に向ける時間が長すぎて、自前の精鋭を有していなかった。ギリギリの戦いにおいて、この差は大きい。
「……しっかりと自分の兵力を有して、対ヴィルシュハーゼをしっかり練れば、レファールが勝つと思うけどね。まあ、今回も最終的には勝つだろうと思っていたから、説得力ないかもしれないけど」
「そうなったら、そうなったで『逃がした魚は大きかった』と思われるのでは?」
メリーロースの言葉に、メリスフェールは「どうでしょ」と肩をすくめる。
「お母さんだって、三人渡り歩いた後にシェラビーと出会ったわけなのよ。私はレファールしか知らない……と言ったら、クンファ王が可哀想か。二人か三人しか見ていないわけで、その中に運命の人がいるなんて考えること自体が甘い、と思わない?」
「そうかもしれませんね……って、どうかなさいましたか?」
急に考え込むメリスフェールに、メリーロースがけげんな顔をする。
「メリーロース、もう少しエルミーズが落ち着いたら、私も隣の大陸に行くわ」
「えっ、どうしてですか?」
「シェローナの支配者が、確かアクルクアの王らしいけれど、その息子の王子様をもう一度見てみたくなったの」
「はい?」
「五年か六年前になるのかな、サンウマで会ったシェローナの王子が物凄くカッコよかったのよ。でも、思い出だから美化されているかも、とも思うし、もう一回会って確認してみたいのよね。ひょっとしたら、その旅の過程で別のいい人が見つかるかもしれないし」
「ハア」
唐突に変な方向から溜息が聞こえた。振り返るとそこには。
「あら、リュインフェア。いつからついてきていたの?」
数日前に相談があると来ていたリュインフェアの姿がそこにはあった。もっとも、相談をしに来た時点ではハイェム・フェルンでの戦闘が終わっていたため、何を相談しに来たのかについては何も語らないまま、ただエルミーズに滞在しつづけている。
リュインフェアは呆れたような溜息をついて、理解できないとばかりに首を左右に振る。
「運命の人がどうこう言うあたりから……。姉さんって気楽よね」
「……それは、それは、お気楽で悪うございました。でも、たかだか14の小娘のくせに、『私はこの世の苦悩を全て背負い込んでいます』って陰鬱な表情をして、他者の同情を惹こうとするよりは、余程マシだと思わない?」
メリスフェールが引きつった笑みを浮かべて答える。リュインフェアの眉が吊り上がった。
「他者の同情を惹こうとしている、ってもしかしてあたしのこと?」
「他に誰がいるのよ? 姉さんみたいに控えめに待ち続けるなら可愛げがあるけれど、リュインフェアは待ち伏せ型だから性質が悪いわね」
「ハァ!? 私が誰を待ち伏せしているのよ? 適当なことを言わないでくれる?」
「適当じゃありませんよー。姉さんから聞いているもん」
「いつも怒られて文句ばかり言っているくせに、こういう時だけサリュフネーテ姉さんを持ち出すんじゃないわよ!」
二人はエルミーズの往来で、人目も気にせずつかみ合い寸前の恰好で向き合おうとしたところで、揃って頭を抱えてうずくまる。
「お二人ともいい歳をして、情けない喧嘩をするんじゃありません! シルヴィア様があの世で呆れておられますよ!」
二人の後ろに、呆れた顔で拳を落としているメリーロースの姿があった。
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