第23話 継承者①

 翌8月15日。


 両軍の責任者スメドアとリムアーノはノルンとともに近郊の街ジクラトに移動し、停戦に向けての最終調整を行うことになった。


 マハティーラ・ファールフを先導とするフェルディス軍は帰国準備に入り、連合軍もフェザート不在のコルネー軍を除いて帰国準備に入った。


 16日以降、両軍共に解散し、それぞれ帰路につく。


 イルーゼンのフレリン、フォクゼーレのジュストを送るため、レファールはナイヴァル軍の半分を連れて西へと向かった。


「残念だったな……」


 ジュストが声をかけてきた。


「終わったことだ。仕方がない」


「今後、ナイヴァルはどうなるんだろうな?」


「スメドア・カルーグが枢機卿に昇格して、私が軍を管理することになるのだろうな」


 生前、シェラビーが「自分が死んだとしても、スメドアとレファールまでは拡大のための体制を整えられるようにしておく」と言っていたことを思い出す。


 ひょっとすると、その時点でシェラビーはこうなることを予感していたのかもしれない。


「統一構想についてはどうなるんだ?」


「今の段階ではそれどころではないな。バシアンに戻って、スメドア殿と話し合うことになるだろうけれど……」


 シェラビーの遺志を受け継ぎたいという思いはもちろんあるが、一方で、強いモチベーションを持っていたシェラビーがいたからこそできたことではないか、とも思う。


(私とスメドアで、同じことができるだろうか?)


 ジュストは東の方に視線を向けている。


「今回、フェルディス軍の強さを垣間見て、まだまだフォクゼーレは及ばないということを理解した。道は長いが、一歩ずつ良い方向にしていかなければならない……」


「そうだな。でも、あの男の下は大変だろうな……」


「それを言われると辛いが、まあ、何とかやっていくよ」


 想像したのだろう、ジュストは辟易とした顔になった。そのまま、フレリンを顧みる。


「イルーゼンはどうするんだ?」


「大きく変わるのは難しいですね。人口の問題がありますし、ミーツェン司令も中々本領を離れることはできませんので」


「……勿体ない話だな」


 ミーツェンのことを知っているので、離れられないのが仕方ないとは分かっていても惜しいことだとは思う。


「そうですね。やはりアレウト族の場合、手が少なすぎるというのがあります。有能な人材は多く出るのですが、何もないイルーゼンにいても仕方がないからという理由で、外に出て行く人も多いですからね」


「ふうむ、以前、ボグダノ・ニアリッチが『外を歩いて情報を持ち帰る』というようなことを言ってはいたが?」


「彼のように出たり入ったりする者もいますが、そうでない人も多いですよ。マーカス・フィアネンがアクルクア大陸への道筋をつけて以降、遠出する者も増えました」


「なるほどねぇ」


 レファールは話に割って入ることはないが、聞きながら、ふと以前自分の手伝いをしていたセルフェイ・ニアリッチのことを思い出した。


(フェルディスともう一度戦争になるかは別として、今後更に有為な人材を集めていく必要があるのだろうな……)




 十日後、レファールはホスフェ・イルーゼンの国境地帯で二人と別れた。


 ボーザに兵士達を任せてサンウマへと向かわせて、自身はエルミーズへと向かう。


(さて、何と言ったものかな……)


 上空を眺めながら、考える。


 シェラビーの戦死、ホスフェがほぼフェルディスの支配下に入ること、エルミーズを取り巻く環境も大分変わってくる。そうしたことの相談も必要だし、今後はどうすべきか、という点も考えないといけない。


 しかし、そうした思いはエルミーズに近づくと消えていった。


 随分と物々しい。城壁の補強などがひっきりなしに行われている。


「どうかしたのか?」


 修理の責任者らしい女性に尋ねてみた。顔に見覚えがある。向こうもこちらを知っているらしく、「レファール様!」と大喜びする。


「メリスフェール様がお待ちでございます。早く、政庁の方へ」


 と、背中を押されて敷地内へと連れられていく。


「お、おいおい、一体何なんだ?」


 訳も分からないまま、政庁へと入った。




 執務室に入ると、ちょうどメリスフェールがメリーロース・イプロモーと打ち合わせをしていた。


「ちょっと、ノックくらいして……あっ」


 入ってきたレファールに気づき、メリスフェールが安堵の表情を浮かべる。


「ようやく戻ってきたのね。遅いわよ」


「……色々あってね、申し訳ない。で、何があったんだ?」


「バシアンでネブ・ロバーツが挙兵したの」


「何だと!?」


 レファールは思わずのけぞった。


 その可能性がありうる、という話は誰かとしていた記憶がある。


 ネブはシェラビーの個人的信任を受けてバシアンを掌握していた。それがスメドアの下でも続くとは限らない。だから、万一シェラビーが戦死あるいは失脚すれば武力行使をするのではないか、と。


 とはいえ、ネブは学者上がりで軍の指揮経験はない。理屈は分かるが、いきなり反旗を翻すようなことはなく、まずはスメドアに対して今後の政策を確認してくるのではないかと思っていた。


「そう思うでしょ。でも、バシアンにはあの人が残っているでしょ」


「あの人……? えっ、まさか?」


「そのまさかよ。セウレラ・カムナノッシが色々と吹き込んだみたい。ということで、バシアンはセウレラさんが守っていて、ネブがサンウマに向かっているわ。サンウマには最低限の兵は残ってはいるけれど……」


 コルネーとは共闘状態にあるから、攻撃される可能性を想定していない。


「あの爺さん、何でそんな訳の分からないことを?」


 信じられなかった。


 セウレラも、ネブに軍才のないことは分かっているはずである。確かにセウレラの智謀は侮れないが、それでもレファール・スメドアの双方を相手にすることは難しいはずである。


 ただ、いたずらにナイヴァルを混乱させるだけの行動にしか見えない。


「私が知るわけないでしょ!」


「す、すまん……」


 付き合いが深い自分が分からないのである。何度か顔合わせした程度のメリスフェールに分かるはずがない。怒りは至極真っ当であった。


「兵士も少ないし、指揮官になれる人物もほとんど残っていない。エルミーズにしても兵力はいないけど、いないよりはマシかと思って準備していたところなのよ」


 そう言って、レファールに睨むような視線を向ける。


「当然、姉さんを助けに行くわよね?」


「……あぁ」


 答えると、メリスフェールは微笑を浮かべた。


「姉さんに関してはこれで安心ね。伝令鳩を送れば数日くらいは持ちこたえられると思うわ」


「すまない……」


「謝られることではないわよ。結局、貴方はシェラビー・カルーグの道を行くわけでしょ。それは私も分かっていたからね」


 シェラビーはシルヴィアの死後取り乱して、資質に怪しいところを見せた。仮にもう一度同じようなことが起こるのなら、レファールはスメドアとともに取って代わることも辞さないつもりでいた。


 結果的に、シェラビーはそうした失態は冒さなかったが、ハイェム・フェルンで戦死してしまった。予期した形とは異なるが、スメドアとともに取って代わることになる。


 シェラビーに取って代わる以上、母の夢を託したサリュフネーテも、引き継ぐことになる。


「私は、大陸統一には興味ないから。私だけを見てくれる人の方がいいからね。つまり、レファールには姉さんの方がお似合いってことよ。さっさと行って頂戴」


「あぁ……」


 レファールは立ち上がる。


「近いうちにサリュフネーテも連れてくるよ。リュインフェアも含めて、三人で過ごせるようにしたい」


「近いうちでなくていいわよ。三年後くらいにしてちょうだい。その時までには、もっといい恋人が見つかるはずだから」


 メリスフェールは左目をこすりながら笑う。


「この上で姉さんを不幸にしたら、蹴っ飛ばすわよ」

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