第22話 戦後処理・ルヴィナ

 坂の上の方の戦闘が次々と終了していく様子に、まずルヴィナは安堵の息をついた。


「最悪、全部隊が消滅するまで一方が戦う可能性もあった。理性的で良かった」


 その安心は、ノルンの姿を見て更に強くなる。仲裁者とはいっても、現時点では強大な武力を有しているわけではないノルンがおおっぴらに移動しているということは、話がつくメドがあるということだ。


「おっ、ヴィルシュハーゼ伯爵。今回も凄かったですねぇ」


 ノルンがルヴィナに楽しそうに声をかける。


「……私だけの手柄ではない」


「そうみたいですね。レファール将軍が言っていました。ソセロンの介入があるんじゃないかって」


「ソセロン?」


 予想外の言葉に、ルヴィナも、周囲にいるレビェーデとスメドアもけげんな顔をする。それを見たノルンは「あれ?」と首を傾げた。


「皆さん不思議そうですね。レファール将軍の見立てが違ったのかな?」


「それは分からない。ただ、どういう根拠で彼がそれを言い出したのか」


「ああ、フェルディス軍の総大将も襲撃されたんですよ。マハティーラはさっさと逃げていたようですが、刺客はレファール将軍が捕まえましてね。全員自決してしまいましたが、死体と武器は確保しています」


「武器……」


 ルヴィナはまずスメドアを、次いで棺を見た。


「そういうことですね。シェラビー・カルーグの傷口に同じような毒があれば、両者を狙ったものは共通しているということです」


「そうか。アムグンじゃなかったわけか」


 レビェーデが少し安心したように頷いた。




 その後、ノルンがレファールに提示したという停戦条件を再度話し出す。


 ルヴィナはそうしたものを決定する立場にはないが、スメドアは現時点ではナイヴァル側のトップである。その判断が気になるところであった。


 しばらく考えていたスメドアは、納得したように頷いた。


「……ま、それを飲むしかないだろう。シェラビー・カルーグがいない今、ホスフェに手を出してフェルディスとの戦闘を続行するというのは不可能だ。あとはフェルディス側がその条件を飲むのか、というところかな?」


「どうでしょう? ヴィルシュハーゼ伯爵?」


 ノルンの問いかけに、ルヴィナは「さあ」と両手を広げる。


「私にそういう決定権はない。マハティーラか、ニッキーウェイ侯に聞いてくれ」

「そうですね。それでは、とりあえず案内してくださいよ」


 分かっていて聞いてきたらしい。底意地の悪い相手だ、内心でそう思った。




 クリスティーヌとスーテルを伴って、ノルンとともに坂の上に向かう。


 リムアーノの陣に近づくと、何やら馬車のようなものを作っていた。


「何をしているのだ?」


 尋ねると、兵士達が憤懣やるかたない様子で、しかし、小声で言う。


「マハティーラ閣下の馬車を作っています」


「……そうか」


 マハティーラの逃げた先が分かり、ルヴィナも内心で舌打ちをする。


「……残念でしたね」


 気づいたのだろうか、ノルンが笑いながら声をかけてくる。


「何のことだ?」


「総司令官として一番不適格な人間が無事に生き残ったことです」


 ノルンは具体的な名前を出さないが、それがマハティーラのことを指していることは明らかである。


「……ノーコメント」


「では、そういうことといたしましょう。正直、レファール将軍が攻撃した時には『両軍とも指揮官クラスが全滅するかな』と思ったのですが、いつの間にか逃げていました」


 こいつは一体何を考えているのだ、下手な答えを返すと悪用されそうな予感を抱き、ルヴィナは無言のまま前に進む。


「ただ、元からササッと逃げていたのであれば、必死に時間を稼ごうとしたホルカール隊は報われない結果となってしまいましたね」


「……ホルカール隊はどうなった?」


「ジュスト・ヴァンランとフレリン・レクロール両隊の攻撃を受けて四散しました。全部隊中、一番被害率が高いんじゃないですかね」


「……そうか」


 ルヴィナはリムアーノを探す。


 少し先に、大掛かりな幕が張られた空間がある。


「あれか」


 リムアーノはああいったことはしない。恐らくマハティーラであろう。


 ただ、マハティーラがいるということは、そこにリムアーノがいる可能性も高い。


「あそこだろう」


 ノルンを案内して中に入る。敵視するような視線と、友好的な視線、入り混じったものが刺さるのを感じた。敵視する視線はもっとも奥にいる、平常時に比べると普通の服を着た男。友好的な視線はその手前の男女だ。


「ニッキーウェイ侯、仲裁者のノルンを連れてきた」


 ルヴィナはマハティーラを無視して、リムアーノに声をかける。


「どうも~」


 ノルンも案内者に倣ったのか、リムアーノに軽い声をかける。


 ルヴィナはそのままファーナに歩み寄る。


「シャーリー・ホルカールは?」


 ファーナの表情が沈む。


「東側で医療兵達が看ているはずですが、相当厳しいと聞いています」


「そうか……。連れていってもらいたい」


 ファーナは頷いて、リムアーノに合図を出して、天幕の外に出た。




 南東側に出ると、意外と死者は少ない。フェルディス軍の兵士は安堵したような様子で座っており、逆に連合軍の兵士は悔しそうな様子で話をしている。ただ、さすがにお互いこれ以上戦いたいとは思っていないようだ。


 とはいえ、それも白い陣幕の中に入るまでのことであった。幕の中に入ると、途端に噎せ返るような血の臭いが漂ってくる。


「ホルカール伯爵は?」


 ファーナが衛兵に問いただすと、「こちらです」と少し外れたところに案内を始めた。柵に囲まれた中に入ると、簡易のベッドの上に横たわっているシャーリー・ホルカールの姿があった。


「ホルカール伯」


 眠っているようであったが、ルヴィナが声をかけると、薄目を開く。


「スーテル様、ファーナ様」


 クリスティーヌが声をかけると、二人も頷いて外に出た。それを見計らってから、シャーリーが口を開く。


「今回は、貴殿の行動関係なくやられてしまった」


「……大体のことは聞いた。無謀なことをする」


「……ついでに、余計なことも、かな?」


「余計なこととは思わない」


 シャーリーは苦笑する。


「死にゆく人間にも、本音を明かさないってことか」


「本音だ。確かにマハティーラに対して個人的な恨みはある。しかし、今回の戦いに勝利したのは、奴がマハティーラだったおかげ。奴が大将軍や、シェラビー・カルーグ、フェザート・クリュゲールのようであれば両軍の指揮官が全滅。まだ殺し合いをしている……かもしれない」


「……そうか。じゃあ、私の行動は評価が高いのかな」


「……私は一つ間違えていた」


「何を?」


「レビェーデ・ジェーナスはもう少し頼れる男と思っていた。そうではなかった。スメドア・カルーグに止められて、その後は何もしなかった」


 シャーリーは苦しそうな息をしつつも笑う。


「いい勝負になったわけかな?」


「生き残れば、伯爵の方が上かもしれない」


「残念。それは無理そうだ……」


 二度ほど咳き込んだ。


「ホルカール伯、あまりしゃべらない方が」


「……まあ、この際私も本音を言うと、だ。私はどの道長くなかった。腫瘍って分かるかな、大きな病巣が頭にあるらしくて、何もなくてもあと一年程度の命だったらしい」


 ルヴィナは目を丸くする。


「それなら何で、という思いがあるだろう。ホルカール家の次だ。兄マハルラにも、私にも子供はいない。11歳の弟のナーサになるんだが、これが女の子みたいに大人しい奴でね。家の先行きが心配になる。閣下に取り上げられかねないとね。そこでどうしようか考えていた時にシールヤのことがあった」


「……私と婚約して、病気を理由に弟を押し付けようとした」


「押し付けよう、というのは酷いな」


 シャーリーは弱々しい笑い声をあげる。


「本当にお人形のような弟なんだ。ただ、フェルディス貴族として生きていける才覚は無さそうだ。閣下はダメだし、ニッキーウェイ侯も野心家だから取り込まれるかもしれない。その点、強いが、政治的な野心をあまり持たない貴殿なら、守ってくれるのではないかと思ったわけだ。怒ったかな?」


「……分かった。ホルカール家のことは悪くならないようにする」


 ルヴィナは額に指をあてて、少し逡巡し、語り掛ける。


「とはいえ、ブネーのことで手一杯。弟に頑張ってもらわないと困る。私は、導くようにはする。しかし、指揮をとりながら楽器を弾くことはできない」


「それで構わない。貴殿が後ろにいると知れば、ニッキーウェイ侯も警戒するだろう」


 シャーリーは安堵の溜息をついて、頭を下ろす。


「医師を呼んでくる」


「いや、いらないな……。もう、これでいい。やるべきことは終えた。苦しいが、何だか清々しい」


「私は清々しくない。重荷を背負わされた気分」


「シールヤで貴殿がやったことへの仕返しだ」


 シャーリーは大きく息を吐いた。その瞬間、何かが彼の体から抜けたような錯覚を覚えた。


「……伯爵?」


 ルヴィナが声をかけるが、シャーリーからの反応はない。


 ルヴィナもまた溜息をついた。


「確かにあれは悪かった。弟の件も、仕方ない、か……」

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