第21話 戦後処理・レファール
マハティーラを探し続けていたレファールの目に、坂下での戦闘が停止していく様子が入ってきた。
「終わった、か……」
レファールは小さくつぶやいた。
下の方の戦闘が終了するということは、シェラビーとフェザートの双方が不在になってしまった以外ありえない。つまり、自分達の敗北ということである。
「ボーザ、終わったようだ……」
「そのようっすね」
上の方に伝令らしい騎兵が登って来た。顔には見覚えがある。レビェーデの伝令のロズレスという名前の男だったはずだ。
「あ、レファール将軍」
視線が合ったことに気づくと、少しバツの悪そうな顔をした。
「……下の状況は見えている。こちらの負けのようだな」
「はい。シェラビー・カルーグ枢機卿が戦死しまして終わったようです」
「何だと!?」
レファールは愕然と天を仰いだ。
負けたということは理解したが、そこにシェラビーの死という事実までくっついてくるとは予想していなかった。
「シェラビー様が……、信じられん」
「何でも、ヴィルシュハーゼ隊ではなくて、その前に何者かの襲撃を受けていたらしいですよ」
「えっ……?」
ロズレスの言葉に、再度衝撃を受ける。
「何者かの襲撃だと?」
ロズレスの両肩をつかんで確認する。ロズレスが気押された様子で頷いた。
「ボーザ! さっきの天幕だ!」
レファールは近くで茫然としていたボーザに呼びかけて、マハティーラが逃げる前までいただろう天幕へと急ぐ。
天幕のそばまで近づくと、オルビストらが柱を倒して撤去しようとしていた。
「待て! ちょっと待つんだ!」
「どうしたんですか?」
「中の連中はどうした!?」
「ひょっとしたら、地面にマハティーラが隠れているかもしれないとどけて、あっちに運びました」
指さす方向には、戦死者が大勢横にされている。レファールは思わず「うわぁ」と頭を抱えた。
恰好については大体覚えているが、確証はない。一瞬の短時間で相手の顔を全員覚えるほどの記憶力は、さすがにない。
「参ったな……。他の戦死者とまとめられてしまったか。短剣とかはどうだ?」
「武器ですか? 武器は面倒なので近くに置いていますね」
「となると、武器を頼りに探すしかないな」
戦死者を一人一人改めるような趣味の悪いことはしたくはないが、仕方がない。レファールは布をめくって、一人一人武器を確認していく。
「どうしたんですか? 大将?」
ボーザは何も分からず呑気に尋ねてきた。呆れた顔で答える。
「おまえ、さっきのロズレスの話を聞いていたのか?」
「もちろん、聞いていましたよ。シェラビー様が戦死したって」
「そっちじゃない。誰かに襲撃されたということだ」
「えぇ、それももちろん聞きましたよ」
それがどうしたんですか。ボーザには全く分かっていないらしい。
レファールはやや苛立った様子で答える。
「マハティーラはソセロンの連中と思しき面々に襲われていた。となると、シェラビー様もそうかもしれない。その確認だ」
「あ、なるほど。しかし、死体を一々確認するのは嫌なものですねぇ」
「サンウマでは散々、鬼教官だったじゃないか。このくらいきちんとやらないと教え子に会わせる顔がないだろう。短剣しか持っていない奴らを探せ」
「へいへい」
ボーザは不平を言いながら、毛布をめくる。すぐに「おやっ」と声を出す。
「大将、こいつ短剣しか持っていませんよ」
「何!?」
ボーザのめくった死体を確認する。確かに置かれているのは短剣だけで、フェルディスの軽装鎧も同じである。
「アッ!」
「どうしたんですか?」
「こいつの襟元を見ろ。真っ黒だ。おまえも覚えているだろう? ソセロンの色は」
「……もう二度と見たくありませんよ。この色は」
以前、イルーゼン戦役の際に捕虜となった時のことを思い出したのだろう。ボーザはうへぇと嫌そうな顔になる。
「そうだ。こいつは間違いないな。この短剣……」
レファールは短剣の刃を眺めてみた。刃先に紫色の液体のようなものがついている。
「どうやら、マハティーラを暗殺しようとしていて、同時にシェラビー様も暗殺しようとした、と考えるのは全く矛盾がない」
「何でそんなことをするんですか?」
「はっきりとした動機までは分からんが、ソセロンは地域を統一して力をつけてきているらしい。となると、フェルディスの軛は無用になり、厄介に思っているのかもしれない。ナイヴァルとは元々ユマド神信仰で共通しているが、かなり差異はあるし敵対意識は強いだろう」
「なるほど……」
「ほほう、そういう話があるんですね」
唐突に違う方向から声がした。
いつの間にか護衛を引き連れてノルンが降りてきていた。
「これはとんでもなく凄惨なことになるかもしれないと思いましたが、意外と両軍とも停戦が早くて良かったですよ」
「……まあ、何せ参加者が両軍だけではなかったようだしな」
仮にフェルディス軍の手でシェラビーが戦死していたとなれば、レファールとしても仇討ちという認識を抱いたかもしれない。しかし、第三者の手によって暗殺されたとなると話は変わってくる。
しかも、フェルディス軍総大将マハティーラにもその手が及んでいたかもしれないのである。
「そうですね。これだけの勝負に横やりを入れる連中がいたのだとすれば、それは中々無視できない話です。とは言っても、私が何かするわけではないですけどね」
ノルンはおどけた様子で両手を広げる。
「で、これからのことです。下の方とも話をつけなければいけないのですが、まずはレファール将軍に確認したいことがあります」
「何だ?」
「先ほど捕虜に取ったブローブ・リザーニ大将軍と、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼが捕虜にとったフェザート・クリュゲール大臣を交換するということ」
「フェザート大臣は捕虜になったのか」
「ええ、やっぱりコルネー兵はちょっと頼りないですね」
ノルンの言葉に、レファールは苦笑する。
「……確かに頼りないところがある。交換自体については、異論はない」
「次にホスフェの帰属ですが、これは連合軍が一か月以内に退却して以降、フェルディスのものとなることを皆に提案してみるつもりですが、いかがでしょう?」
「それしかないだろうな……」
連合軍はシェラビーが戦死し、フェルディスのマハティーラは恐らく生き残っている。二番手のブローブ、フェザートを捕虜交換するとなれば、フェルディス側の勝利という事実は動かしようがない。
「ただ、フィンブリアとラドリエルらの責任は問わないようにしてほしい。責任を問うつもりなら、二人をナイヴァルに連れ帰ることも辞さない」
「引き受けました。しかし、その二人だけでいいんですか? センギリにいる執政官ナスホルン・ガイツらは?」
「彼らは戦場には出ていない。政治的な部分については私達がどうこう言えることはないと思う」
「分かりました。最後に襲撃者については、両者が今後調査をするということ。このあたりでリムアーノ、スメドアに話をつけてみようと思います」
それも異論のない話である。レファールは承諾した。
「では、私は下に」
降りて行こうとするノルンに対して、「私もついていくよ」と呼びかけたが、右手で制止される。「将軍には他にやることがあるはずです」と。
「何を、だ?」
「シェラビー・カルーグのいないナイヴァルをどうするかというデザインを、ですよ。彼が抑えたり、弾圧したりした面々が反抗してくるかもしれませんから、ね」
「……確かに」
「あと、全員が一同に会すると、万一別勢力の暗殺者が残っていた場合に面倒なことになります。それも見ておいてください」
言われてみるとその通りである。
レファールは「分かった」と答えて、ボーザらも呼び寄せて馬に騎乗する。
不審な人物が近づけば、すぐに降りかかるつもりで。
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