第20話 戦後処理・スメドア
シェラビーが戦死したという情報は、間を置かずして坂の上にいるスメドア・カルーグにもたらされた。
ちょうど、その時、スメドアは依然としてレビェーデ・ジェーナスの相手をしていた。もっとも、一人では分が悪いので、隊内ではもっとも武勇に秀でているラゴルフ・ペイネルエラの補佐も受けてはいたが。
ルヴィナの分析通り、レビェーデやサラーヴィーの強さは、何より本人達の圧倒的な武芸によるところがある。本人を数人がかりで押さえてしまえば、全体としては少し強い騎兵の範疇を出ない。
従って、この周辺ではサラーヴィーとやり合っているメラザも含めて互角に戦っていたが。
「スメドア様! シェラビー様が戦死されたとのことです!」
副官のアルセ・ラプルナが叫びながら駆け込んできた。
これにはスメドアはもちろん、やりあっていたレビェーデも思わず手を止める。それを幸いにスメドアはレビェーデに手をあげる。
「レビェーデ、すまんが少しだけ時間をくれ」
「……仕方ないな。どうすんだ?」
「それを隊内で共有するために、時間が欲しい」
スメドアはそう言って、ラプルナに尋ねる。
「……フェザート・クリュゲールは?」
「こちらは捕虜になったようで」
「……ということは、俺が統制を取らなければならないということだな」
ナイヴァルの肩書という点ではレファールが枢機卿であるのに対して、スメドアは大司教ですらない。ただ、これは同じ家から複数の枢機卿を出さないようにという、ナイヴァルの人事規則によるものであり、ナイヴァルのナンバーツーがスメドア・カルーグであることにかけては誰も疑いようがない。
「いかがなさいますか?」
「……統一に向けての構想はシェラビーが生きていてこそのものだ。シェラビーが死んで、フェザート卿までいないとあっては、戦い続ける意味がない」
ラプルナが唇をかみしめる。
「無念でございます」
「それは俺だってここまでやって、という思いはある。とはいえ、無意味に続けても何にもならないのも事実だろう。悔しい、受け入れがたいからと言って、何千何万と道連れにするだけの理由はない。コルネー勢とフィンブリアと上にいるレファールにも伝えろ。ああ、後は高台にいる仲裁者のノルンにも伝えてくれ」
「……承知いたしました」
ラプルナが走って行ったのを見て、レビェーデに伝える。
「ということだ。我々の勝負はお預けとなった」
「我々って、二対一で勝負も何もないだろうが」
レビェーデが苦笑しながら答えた。
「そうさせるのは大将としての差配不足じゃないか? その点があの無敵の女との違いになってくるんだろう」
「言ってくれるねぇ……って、どこに行くんだよ?」
「相手がどう出るかは知らんが、一応兄なのでな。遺体を引き取りたいと思っている」
「じゃ、俺もついていくよ。ルヴィナはあんたの顔を知らないだろ」
レビェーデの答えに、スメドアは目を見張る。
「いいのか?」
「もう終わる戦いで、戦意のない連中相手に暴れるような情けないことは、俺もサラーヴィーもやらねぇよ」
レビェーデはそう言って、馬首を翻すと部隊に向けて叫ぶ。
「おぃ、てめえら! 戦闘は終了だ! 随時、武器を収めていけ!」
「我々もだ! 戦闘は終わった!」
スメドアもそう叫んで、自軍の戦闘を終了させると、ペイネルエラを引き連れて、下へと向かった。
坂の下にいるヴィルシュハーゼ隊は少し広い間隔で方陣体形を取ろうとしていた。その合間には武器を放り投げて座り込んでいるシェラビー旗下の兵士達が並んでいる。
「伯爵はどこだ?」
レビェーデの問いかけに、兵士達が更に下の方を指さした。視線を動かすと、大きな棺のような箱が見え、その付近にはシェラビー隊の幹部らしい者達が座っている。
「おーい、ルヴィナ!」
声をかけると、ルヴィナは顔をあげる。明らかに「面倒なのが来た」という嫌そうな顔をしていることがスメドアにも分かったが、レビェーデは全く気にすることなく近づいている。
「レビェーデか」
「レビェーデか、はないだろ。誰のおかげで一番下まで行けたと思っているんだ? しかし、おまえさんのところはちょっとやり過ぎなんじゃねえかというくらい強いなぁ」
レビェーデが呆れたような感心したような声をかける。
スメドアもそれは全く同感であった。いくら坂を駆け降りてきた勢いがあるとはいえ、短時間でコルネー軍本陣と、シェラビーの本陣を破壊したというのはあまりにも強い。理不尽といってもいい。
「……私達だけではない。何かしらの混乱がシェラビー・カルーグの部隊にあった」
「……混乱?」
スメドアの問いかけに、ルヴィナが頷く。
「何が起きたかは分からない。ただ、私達の部隊の前に、何者かに攻撃されたよう」
「……本当か?」
スメドアは近くに座り込んでいるジェカ・スルートに確認する。
「は、はい。突然、何者かに刺されたようでして。それで、『お前達は見ていないのか?』というような質問を受けました」
「実際に見ていないのか?」
「多分、五人ほどの者がいましたが、誰も見ていません」
「本当か? 怪しいな」
スメドアは猜疑心に目を細めた。五人の者がいながら、誰にも見られることなく刺されるようなことがあるのだろうか。
とはいえ、ジェカ・スルートをはじめ、全員がシェラビーの古参配下である。裏切る理由があるとも思いづらいし、よしんば裏切るのなら、今でなくても良さそうなものである。
「スメドア殿が疑うのなら、直接シェラビー・カルーグの遺体を確認してもらえばいい」
ルヴィナの言葉に、スメドアは「おっ」と思い、レビェーデも首を傾げる。
「あれ、スメドアの旦那のことを知っていたのか?」
ルヴィナは首を左右に振った。
「知っていたわけではない。さっき山を下った時にチラッと見た。衣装その他から指揮官だろうと思った。ならばスメドア・カルーグだろう」
「随分丹念にチェックしているねぇ」
レビェーデの追従に、ルヴィナは真面目に頷く。
「私は見えたものはなるべく記憶している。ただ、遠くだけ見ているだけの者とは違う」
「お、おい、それだとまるで俺がただぼんやり見ているだけみたいじゃないか」
「……レビェーデのこととは言っていない」
ルヴィナはしれっと誤魔化しながら、棺に向かった。二人も後を追う。
大きな棺を前に、スメドアはルヴィナに「開けていいのか?」と確認する。
「構わない」
了承を得たので、蓋を開いた。
「兄貴……」
顔が青白いことを除けば、ただ眠っているだけのようにも見えた。ルヴィナが「右の脇の下あたり」と言うので、調べてみる。
「これか……。それほど傷口として大きくはないな。医師ではないので、専門的なことは分からんが」
スメドアの見立てに、ついてきたジェカが「そうなのです」と続く。
「刺された当初は、そのまま指揮を執り続けるかのような状況でした。それがみるみる悪化していきまして」
「……ということは、刺した刃物に毒でも塗ってあったということか」
スメドアは顔をしかめる。
「確かに混乱している戦場ではあるだろうが、毒の短剣を持ったような危険人物が簡単に近づけるかな」
ルヴィナは小さく唸る。
「……方法がないではない。距離を短縮して、一瞬で移動するようなことは魔力の高く、知識のある人間ならできないことではない。事実、私も見たことはある」
「……ほう?」
「ただ、その人物には無理だ。距離が遠すぎるし、動機がない」
「距離の移動……、それなら俺にも心当たりがあるにはある」
レビェーデがぽつりとつぶやいた。
「スメドアの旦那は覚えてないかもしれんな。フグィにアムグンという男がいただろう。あいつは元々チャンシャンという名前の占い師で、プロクブルにいた男だ。それが一瞬でホスフェまで飛んでしまった」
「……知っている」
スメドアは自分が複雑な表情になっただろうことを感じた。
何故なら、チャンシャンが元々はサンウマからのスパイだったこと、つまり、レビェーデ達を騙していたことを知っているからである。
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