第17話 ハイェム・フェルン⑫

 マハティーラの天幕目指して前進するレファールとボーザ。


 フェルディス兵は、後ろのことよりも前でブローブが捕虜になったことに衝撃を受けているようである。全く邪魔する素振りも見せず、何人かへたれこんでいる者もいる。


(このまま行ける!)


 と思ったレファールの視界に、数人のフェルディス兵が入ってきた。全員、剣を抜いて天幕へと向かっている。


(何だ、あいつら?)


 違和感がある。


 実際はどうあれ、形式的にはマハティーラはフェルディス軍の総指揮官である。


 その総指揮官の天幕に、兵士が剣を抜いて入ろうとするだろうか。


「な、何だ!? 貴様ら?」


 天幕の中から声が聞こえた。


「大将、反乱でも起きたんですかね?」


 ボーザが問いかけてきた。


 頷ける話ではあった。


 マハティーラはお世辞にも褒められた人間ではない。反乱を起こされても不思議ではない。


 しかし、疑問もある。


 反乱をするからには、それを呼びかける声があるはずである。しかし、そうした動きは全くない。


「分からんが、できればマハティーラも捕虜にしたい。止めに行こう」


「了解!」


 天幕まで10メートル程度のところで馬から降り、中へと駆けこもうとする。その瞬間、豪華な衣服を着た人間が天幕の中から逃げ出してきた。更には女性の悲鳴が聞こえてくる。


(こんな時に、中で女と一緒だったとは……)


 呆れてしまう。


「大将、あいつは俺が」


「おう! 任せた!」


 マハティーラと思しき逃げた人物をボーザに任せて、レファールは中に踏み込んだ。ほぼ同時に女性のすさまじい悲鳴が聞こえた。




「おい!」


 レファールは中に入って叫ぶ。


 その視界に向かってくる二人のフェルディス兵が入ってきた。


「チッ!」


 レファールは右に左に剣を払う。熟練者ではなかったようで、あっさりと倒れ伏した。剣を振るって血糊を払い、奥を見据える。


 外からも大きいと分かっていたが、天幕の中は想像以上に広い。奥までも横幅も30メートルはあろうかという広さである。


 その奥に、派手な絨毯が敷かれており、果物やワイングラスなどがテーブルの上に置かれていた。その傍らでわなわなと震えている美女が一人、手前には倒れている女性が一人、奥に剣を突き付けられて脅されている男が二人。

 この四人はマハティーラの側近であろう。


 その四人を殺したり、脅したりしている五人の男がいる。全員、フェルディス兵の恰好をしているが。


「お前達、何者なんだ? ただの反乱者とは思えないが……」


 反乱が起きるなら、この程度の人数ではないはずである。たった数人で切り込むとは思えない。仮に発案が数人だとしても、「マハティーラを倒せ」などと賛同者を呼びかけるはずである。


(これはまるで暗殺ではないか……)


 再度呼びかけるが、返事はない。そうしているうちに外からボーザの「観念しろ! 馬鹿め」という微かな声が聞こえてきた。


 どうやら捕縛できたらしい。


 安心して、前の状況に専念する。


「大将!」


 部下も数人入ってきた。これで簡単に勝てそうである。


「言いたくないのなら、多少手荒な真似をして聞かせてもらおうか」


 一歩、前進したその瞬間、踏み込んだ側のフェルディス兵は目配せを交わし、それぞれ短剣で自らの喉を突いた。


「何っ!?」


 これまた予想外の行動に驚き、レファールはもっとも近くで倒れた兵士に近づく。


「ユ、ユマド神……、万歳……」


 兵士はそう言ってこと切れた。


(ユマド神!? 本当に予想外のことばかり起こるな)


 フェルディスの兵士ならばユマド神の名前を口にするはずがない。当然、関与者としてはナイヴァルということになる。


 しかし、シェラビーではないと思った。シェラビーがマハティーラを暗殺する可能性自体は否定できないが、死に際にユマド神の名前を口にするような者を送ることはないと思ったのである。


(宗教保守派のネオーペ枢機卿なら、こういう人間を使うかもしれないが……)


 ネオーペには動機がない。それに、これだけの暗殺者がいるのなら、ナイヴァルが混乱していた時に使っていたのではないか。


(それにナイヴァル側の者だとフェルディス兵の恰好をすることもできないだろうし、な……。いや、待てよ)


 もう一つ、別の可能性が脳裏を過ぎる。


(……この戦いにソセロン兵は参加していない。だからと言って、全員が帰ったと決めつけるのは早計ではないだろうか。シールヤでは一緒にいたはずだから、フェルディス兵の戦死者などから鎧を取ることも不可能ではない……)


 とはいえ、可能性である。いつまでもその可能性ばかり考えていられるほど、時間があるわけでもない。


「彼らを収容してくれ」


 怯えているマハティーラ側近や美女らを収容するように指示を出し、レファールは天幕を出た。




 既に周囲のフェルディス兵は全員戦意を喪失しており、座り込んでいたり、武器を投げおろして両手をあげている者がほとんどであった。


 それも無理はない。既にフェルディス本隊の内部にはナイヴァル騎兵が入り込んでいる。


 更にはシャーリー・ホルカールらを撃退して、追いついてきたフレリン・レクロール率いるイルーゼン騎兵も降伏を呼びかけていた。


 フェルディス軍には戦意を維持できる理由が何もない。


 そんな降伏した兵士達の中、レファールはボーザを探す。


「ボーザ、どこだ!?」


 叫ぶと、数百メートルほど西から、「ここです」という声が聞こえてきた。声を頼りに進む。


「大将、やりましたぜ!」


 レファールを見るなり、ボーザは右手を突き上げた。その下には豪華なマントの男が縄で縛られている。


 レファールも頬を緩めた。


「ああ、これでマハティーラを捕らえたことを伝えれば……」


 そう言って、マハティーラを改めて見る。観念したかのようにうつむいているが、その様子に違和感を覚えた。


「……おい!」


 レファールは男の顔を上げさせた。顔を見て愕然となり叫ぶ。


「違う! マハティーラではない! おい、マハティーラはどこに行った?」


 問い詰めると、男は泣きそうな顔でうつむいた。


「ここにいて、何が起きても黙っていろと私にマントを強引に着せて、どこかに行きました……」


「何だと……?」


 レファールは唖然とした。


 その可能性を何故考えなかったのか。


 マハティーラが危険を察知して逃亡するという可能性を。


(二度目のリヒラテラでも、奴はさっさと逃げ延びたという。どうして、その可能性を考えなかったのだ)


 後悔するが、後悔してばかりもいられない。


「マハティーラを探せ! まだ近くにいるはずだ!」


「大将! あれ!」


 その時、ボーザが悲痛な声をあげた。なだらかな斜面の下の方を向いて叫んでいる。


「……もう、猶予はないということか」


 視線の先では、フェザート隊の旗が全て下ろされ、機能停止していた。その傍らで死神の旗を掲げた騎兵軍団が北側へと進路を変え始めていた。

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