第16話 ハイェム・フェルン⑪
ジェカ・スルートがシェラビーに近づく。
「フェルディス騎兵隊がフェザート隊に向かっています!」
シェラビーは頷いて、前方の状況を確認する。
「レファール達は間に合いそうか?」
「分かりませんが、前方にいる敵の大軍も混乱しているようです。恐らくセグメント枢機卿達ではないかと」
「よし。まずはフェザート隊の支援だ。前回は逃げられてしまったが、今回は補足できるはず」
シールヤ平原でも、シェラビーはルヴィナを補足しようとしたが、クンファを討ち取るまでの時間が速すぎたことと戦場の広さから逃してしまった。今回は距離にして数百メートル程度である。
間に合うはずだ。
そう思ったとき、ふいに背後から声がした。
「カルーグ枢機卿」
聞きなれた声に思わず振り返る。
そこには誰もいない。幻聴か、と思った瞬間、視界の端に見覚えのある男が立っていた。ただ、それが誰であるか即座に判断できるほどの記憶はない。
「おまえは……、ああ、プロクブルに派遣していた占い師だったな」
「はい。アムグンでございます」
「どうしたのだ? ホスフェの状況を調べていたと聞いていたが……?」
その瞬間、シェラビーは本能的に危険なものを感じた。
アムグンの右手は隠れている。しかし、そこに何か隠し持っているように見えた。
思わず後ずさろうとしたその瞬間。
アムグンが不意に前進し、ほぼ同時に右の脇腹に熱いものを感じた。
「ぐっ!」
「猊下!?」
ジェカが振り返って驚きの声をあげた。慌てて周囲を見渡しているところを見ると、アムグンの姿は見えないらしい。
「一体、どうなされましたか? あっ! 大変だ! おい、医師を呼んでこい!」
鬼気迫る声に、周囲の者も異変に気づき、動転しながらも医師を呼びに行く。
「……不審な者を見なかったか?」
激痛に顔を歪めながら、シェラビーが問いかける。ジェカは訳が分からないという様子で首を左右に振った。
「いえ、この場では誰も……。おまえたちはどうだ?」
周りの者に問いかけるが、全員見ていないようである。
不可解なことであるが、その頃には相手の男に対する記憶が蘇ってきていた。
(確か、リュインフェアが見ていた男だったはずだ……。プロクブルからホスフェに一瞬で飛んだんだったというな……)
ということは、同じ能力を使ってこの場に来たのだろうか。
分からない。
しかし、それより急がなければならないことがある。
「医師のことより、早くフェザート隊の支援に動け……」
どうやら致命傷は免れたらしい。痛みは酷いが、逆に意識を強く持てることにもつながっている。
刺されたという事実は衝撃であり、裏に何があるかも分からない、どうやって接近されたのか分からないと疑問だらけであったが、今はそれだけにこだわってはいられない。
フェルディス騎兵に時間を与えるわけにはいかないのであるから。
「……おや?」
北で観戦しているノルンがいぶかしむような声をあげた。
「どうかしましたか?」
尋ねるマーニャに対して、連合軍の本陣近くを指さす。
「コルネーの部隊がヴィルシュハーゼ隊の攻撃を受けているのに、ナイヴァルの総帥シェラビー・カルーグの動きが鈍いですね……」
「それが何かあるのでしょうか?」
「ありますよ。大ありです」
ノルンは言い聞かせるようにゆっくりと説明する。
「ヴィルシュハーゼ隊は今、フェザートを攻撃しています。ということは、近くの部隊にはヴィルシュハーゼ隊を攻撃する絶好のチャンスなんですよ。ただし、それができる部隊は多くはありません。メラザはサラーヴィーと交戦中、スメドアはレビェーデと交戦中。唯一可能性があるのがシェラビー・カルーグなのですが」
「確かに、動いていませんね。何かざわざわしているように見えます」
マーニャの指摘に、ノルンは「おっ」と声を出して一歩身を乗り出した。
「言われてみれば、確かに中央あたりが混乱していますね。ひょっとすると何か起きたのかもしれませんね。ただ、そうであったとしても、今、このチャンスでヴィルシュハーゼ隊を攻撃できないのは痛い。フェザート隊も頑張ってはいますが、相手はこの戦場で最強の存在です。時間の問題でしょう」
「……そうですね」
フェザート隊が頑張っているのはうかがえるが、それでもヴィルシュハーゼ隊には隙が無い。じわじわと圧力をかけられて押し広げられている。
「うーん、シールヤでクンファ王が倒された時にも思いましたが、コルネーは中堅クラスが薄すぎますね。隊列が乱されるのは仕方ないのですが、その後のリカバリーがあまりにも遅すぎます」
「確かに、シールヤでもクンファ王が戦死した後、一気に崩壊しましたね」
「指揮官も幹部クラスも身分に従って選んでしまっているのでしょうけれど、このクラスを鍛えないことには個々の兵士が頑張ってもどうしようもない部分はありますね。まあ、私には関係のない話ですが」
そう言って、全体を見回す。
「しかし、これは非常に大変なことになるかもしれませんよ」
「どう大変なのですか?」
「このままだとヴィルシュハーゼ隊がフェザート・クリュゲールを撃破して、更にシェラビー・カルーグまで撃破してしまうかもしれません。一方で、東側でもブローブ・リザーニとマハティーラ・ファールフが揃ってやられそうです。両軍の指揮官二人が全滅という非常に珍しい状況になるかもしれません」
「あっ、確かに。そうなるとどうなるのでしょう?」
「さあ……」
「さあ?」
ノルンが両手を広げた仕草に、マーニャは目を見開く。
「見当もつきません。指揮官が倒されたことを理解した時点でやめるかもしれませんし、逆にどちらかの軍の全部隊が壊滅するまでやりあうのかもしれません」
「そうであれば、私達が止めに入った方がいいのではないでしょうか?」
「あの大乱戦の中を止めに入るのですか?」
ノルンの意地悪い問いかけにマーニャも押し黙る。
どちらも目の前の敵を倒さんと必死である。迂闊に入っていった場合、相手ごと斬り倒されてしまうだろう。
「……両軍の三番手がどれだけ早く状況を理解して、戦闘終結条件をどう考えるかということになりますね」
ノルンは視線を戦場の北側に向ける。
レビェーデ隊と交戦しているスメドア・カルーグ、その東側でホスフェ隊と交戦しているリムアーノ・ニッキーウェイの部隊が映っていた。
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