第15話 ハイェム・フェルン⑩
北の間道を抜けた連合軍騎兵隊の前には、障壁はない。緩やかな下り坂の先に、一際大きな布陣をしているフェルディス軍本隊が見える。
「行け!」、「進め!」
ジュスト隊を先頭に、一気に駆け下り、本隊を目指す。
「伯爵! あれを!」
フェルディス軍で最初に気づいたのは、位置的にもっとも近いシャーリー・ホルカールの部隊であった。
「いつのまに後ろに!?」
まさか間道があったとは思わないので、シャーリーも部下達も、背後に回られたと勘違いした。
「このままだと閣下や大将軍が危なくなります!」
部下の悲痛な叫びがなくても、すぐにその危険性を考えた。
現れた経過は別として、背後に現れた以上、敵の狙いが本陣にいるマハティーラとブローブであることは火を見るより明らかである。
更に周囲を見渡す限り、これを止めに行ける部隊が自分達の部隊しかないことも明らかである。騎兵隊は既に攻撃を開始しているし、他の部隊もそんな余裕はない。
シャーリーの脳裏に、ここに来る前のルヴィナとのやりとりが蘇る。
「レビェーデ・ジェーナスより活躍すれば、結婚を考える」
という言葉も。
シャーリーが剣を抜いた。
「我々は本陣を防御する。進め!」
号令一下、騎兵隊を背後から攻撃するべく、シャーリー隊が南東に転進を開始する。
もちろん、その状況も連合軍側にははっきりと分かる。
事前の打ち合わせで、妨害する部隊に対してはジュスト、フレリンの順で対処にあたるということも決めている。
従って、まずはジュストの部隊がシャーリー隊の方へ転進を開始する。
「敵の一部隊が向かってきます!」
部下の叫び声が聞こえる。言われるまでもなく、前の景色を見ればそれは明らかだ。
「一部隊では足りん! 騎馬隊はもっと前に出るぞ!」
シャーリー隊は9割以上が歩兵であるが、幹部クラスは騎兵に乗っている。
その騎兵部隊を前に出し、もう一部隊を引き付けようという考えが過った。
しかし、それは500ちょっとの騎兵で、フレリン隊を迎え撃つことを意味する。数は10倍、しかも相手の方が高地にいる。
「危険過ぎます!」
「分かっている! だが、ここを防がんと本陣が崩壊して全滅してしまう。少しでも時間を稼ぎ、本隊の応戦準備を整える時間を作らなければならない。これができるのは我らしかいないのだ!」
「……わ、分かりました。ご武運を……」
そうしなければならない状況であることは誰の目にも明らかである。
シャーリーは再度呼びかけ、騎兵隊が速度をあげて、相手騎兵隊に向かう。
レファールの目に、止めに来たホルカール隊が二隊に別れた様子は見えた。
(ジュストに任せてもいいのではないか)
一瞬、そう思ったが、フレリンは先に仕留めてしまった方がいいと考えたらしい。矛先を変えてホルカールの別動隊へと進路を変える。
先導隊がいなくなった。
目の前にあるのは、フェルディス軍本陣だけである。
フェルディス軍本陣は、戦闘開始から前進を続けていた。もちろん、東の方を向くことはない。ずっと西を向き続けている。
付近の喧噪もあるのか、気づく様子もない。
ようやく気付いたのは、身代わりに来た部隊の騎兵隊の絶叫によってであった。何人かの兵が振り返り、自分達を見て、驚愕に表情を歪めている。
相手の反応は遅い。
レファールは確信した。これなら突破できる。
「突き崩せ!」
レファールが叫び、ナイヴァル騎兵も速度をあげる。
相手が完全に構えるより前に、ナイヴァル騎兵がフェルディス軍本陣に突入した。
準備が間に合わない歩兵を蹴散らしながら、レファールは幹部クラスを探す。
「大将! あっちに!」
ボーザが指さす先に、旗が見えた。この戦場でもっとも大きなフェルディスの旗、すなわちフェルディス軍総大将の旗である。
「行くぞ!」
レファールは方向を変えた。
止めようとする敵はいるが、歩兵と騎兵、しかも勢いが違うからまるで障害にはならない。迫りくる馬体と武器への恐怖に、逃げる者も少なくない。
距離はみるみる縮まった。
その先に屈辱に表情をゆがめた長身の中年が見える。
一目で敵の指揮官クラスと分かるが、マハティーラではない。
となると、大将軍ブローブ・リザーニであろうか。
相手も気づき、近衛隊の兵士が二人庇うように前に入るが。
「大将! 横の二人は俺達が!」
ボーザとオルビストが横から抜けて、二人に槍を突き出す。短い悲鳴をあげ、近衛兵が崩れ落ち、二人は左右を大きく抜けていった。
レファールの正面にはブローブ一人となる。
相手が剣を振り上げた。レファールは速度を速めて、馬での体当たりを敢行する。もちろん本当に当たるとは思っていない。相手がどちらかに避けたところに剣を振り下ろす算段だ。
ブローブは避けない。馬との衝突覚悟で剣を振り下ろした。
「何だと!?」
これはレファールの予想外の出来事であった。振り下ろした剣が馬の首を捉える。さすがに走り寄る馬の首を斬り落とすところまでには至らないが、致命傷には十分であった。
とはいえ、死んだら馬が消えるというわけではない。首に致命傷を負った馬は体勢を崩しつつもブローブを跳ね飛ばし、そのまま斜め前方に倒れる。
「馬鹿げたことを……」
馬首を斬られた瞬間に、レファールは飛び降りる体勢を整え、馬が倒れたと同時に飛び降りた。着地で少し右足をひねったが、移動に大きな支障をきたすほどではない。
「いや、これ以上追わせないためか」
相手の目にも、自分がレファール・セグメントであることが分かったのであろう。避けても次の攻撃を受けてしまうのなら、馬だけでも倒して、少しでも更なる進軍をさせないようにしたのかもしれない。
「う、うぅぅ……」
跳ね飛ばされたブローブは頭を強打したようで、うめき声をあげている。脳震盪の有無は分からないが、あれだけの勢いではねとばされたのだから骨の数本は折れているだろう。戦闘不能になっているのなら、殺す必要はない。
「オルビスト、こいつを確保しろ! あと、馬を貸してくれ」
「了解!」
レファールの指示にオルビストがすぐに近づいてきた。駆け上がるように馬に乗り、再度辺りを見渡す。
(あれか!)
数百メートル北西側に、豪華な天幕が見えた。
間違いない。あの付近にマハティーラがいる。
「ボーザ、行くぞ!」
呼びかけながら、既に馬首を天幕の方に向かわせる。
「了解っと!」
ボーザら数名を連れて、レファールはマハティーラを目指す。
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