第14話 ハイェム・フェルン⑨

戦況図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330650441063390


 フェルディス騎兵の、正確にはヴィルシュハーゼ隊のシンバルの音が鳴り響く。


 その正面にいたのはバラーフ隊であった。ネオーペ隊と交戦を続けている。


 バラーフ隊の誰かが音に反応して後ろを向いて、ギョッと顔を見開いた。


「み、味方の騎兵隊が!」


 鬼気迫る声にバラーフも背後を振り返る。


 騎兵隊がまっしぐらに向かってきている。


 音の接近はすなわちヴィルシュハーゼ隊の接近を意味しており、彼女が味方の細かい事情を考慮しないということはシールヤでも明らかになっている。


「道を開けろ! バフラジーの後ろに回れ!」


 指示とともにバラーフ隊は北側に一斉に移動した。




 バラーフ隊が消えたことで、フェルディス騎兵隊の正面にはネオーペ隊が現れる。


「突っ込めえ!」


 レビェーデが叫び、騎兵隊が一斉になだれ込む。


 ネオーペ隊は金や貴重品を大量に保持しているということで、身代金・捕虜狙い戦いをされていた。簡潔に言えば、相手が本気ではなかった。そのため、多少気が大きくなっていた。


 そこにフェルディスの最精鋭、しかも、一切考慮しない騎兵隊が突っ込んできたのであるから、とても太刀打ちできない。


 ほぼ一瞬で、ネオーペ隊は瓦解した。幹部クラスも全滅し、ルベンス・ネオーペもレビェーデの矢を受けて昏倒し、そのまま戦場に消えて行った。




 ネオーペ隊の呆気ない崩壊は、後方にいた部隊に正念場が来たことを知らせるものである。


「遂に来たか!」


 スメドアが剣を取って叫ぶ。


「いいか! 俺達の役割はここで死ぬことだ! 死んで時間を稼げ! そうしたら、レファール達が敵総大将を討ち取るはずだ! 命を惜しむな! 名を惜しめ!」


 兵士達を鼓舞し、レビェーデ部隊の方へと向かっていく。




 決死の防波堤を前に、レビェーデ隊の勢いは止まった。


「スメドアの旦那か!」


 前方から向かってくる部隊、その先頭近くにいる長身の男に気づいて叫ぶ。


「旦那のことは評価しているが、レファールと比べるとちょっと落ちるからな! 通させてもらうぜ!」


 弓を構えて叫んだ時、レビェーデは初めて敵陣の奥深くまでを見た。その光景に大きな違和感が生じる。


 自分達にはスメドア隊が迫ってきていて、少し前方にメラザ隊が大きな盾を何枚も構えて待ち受けている。


 その奥にはシェラビー・カルーグの本隊と、フェザート・クリュゲールの本隊があった。この両隊が敵軍の最後方であろう。


 では、レファールはどこにいる?


 自分で求めるよりも早く、近づいてきたスメドアが答えを叫ぶ。


「格落ちの将で悪いな! もう一つ謝罪しておこう! レファール達が相手陣を崩すまで、我々は時間を徹底的に稼がせてもらうからな!」


「……チッ」


 レビェーデはスメドアからは視線をそらさず、そばにいるロズレス・ビッグベルガーに確認する。


「おい、後ろはどうなっている?」


「後ろですか? あっ、これはとんでもなくやばいですね……」


 言葉とは裏腹にロズレスの口調は軽い。


「本陣に敵の騎兵が突っ込まんとしています。今時点で言うなら、両軍ともお互い首を絞めあげていて、どちらが先にくたばるか、って感じです」


「なるほど……、だからこそ、この地だったわけか」


 舌打ちをすると同時に一瞬で弓を引き絞り、スメドアの頭を目掛けるが、素早く盾を出されて対応される。


「そんなに慌てなくてもいいだろう? のんびりやろうぜ」


 スメドアはニヤッと笑う。


 言葉通り、武器は構えておらず、盾と馬の手綱だけを握っている。


 しばらく逡巡していると、サラーヴィーの声が聞こえた。


「そこで敵を釘付けにしておけ! ここから先は俺が!」


 と言ったところで、聞きなれた声が届く。


「待っていたぞ、サラーヴィー!」


「げっ! またおまえかよ、メラザ!」


「当たり前だ! おまえと決着をつけるまでは、どこまでも追いかけるぜ!」


「決着はついただろ。俺が勝ったって!」


「あれは試合での決着だ! 生死を賭けた戦いではない!」


 飛び交う言葉も想定通りで、レビェーデはハァと溜息をついた。


 どうやら、サラーヴィーもここで足止めを食らうことになりそうだ。


 そうなると……。



「くっそぉ! 俺達は今回も先導役かよ!」


 レビェーデは悔しさを隠すことなく叫んだ。


 今回こそ自分で決めるつもりであった。時間さえあればスメドアを蹴散らす自信はある。しかし、敵味方とも強襲されそうな状態でのんびりしている時間がないことはよく理解している。


 結局、勝敗の行く末は彼女に任さないといけないのか。それが悔しくて仕方ない。


 それでもレビェーデは叫ぶ。


「ルヴィナ! 頼んだぞ!」




「全く……」


 レビェーデの声を聞いて、ルヴィナは呆れたように息をついた。


「……勝手に行って、勝手に任されても困る」


 と言いつつも、指揮は前進、迂回とこまめに出し続けている。


「ルー、どうするの?」


 クリスティーヌが確認をしてくる。


「もちろん……」


 進み続ける、と言おうとしたが、クリスティーヌがより早く次の言葉を口にする。


「急ぐ必要はないんじゃない?」


 ルヴィナは一瞬絶句した。


 クリスティーヌも後ろの状況を確認し、本隊が攻撃を受けているのを見ているのであろう。本来なら本隊壊滅前に敵を撃破しなければならないのであるが、そこで死ぬのがマハティーラであるのなら、別にいいのではないか。


 クリスティーヌの言葉は、そういう真意を秘めている。


 それに、相手を徹底的にせん滅しての勝利の方が、ホスフェ支配という目的達成には近いことも確かである。


「……クリス」


「何?」


「レビェーデとサラーヴィーは私達に託している。私の勝手な思いで味方の期待を裏切れない」


 落ち着いた言葉に、クリスティーヌも頷いた。


 そのうえでルヴィナは進行ルートを確認する。自軍から見て左側にいるフェザートか、右側にいるシェラビーか。


(勝利に近いのはシェラビーだが……)


 シェラビーとフェザートの重みは同じくらいであるが、ナイヴァルの司令官であるシェラビー隊を壊滅させる方が、勝利に直結することは間違いない。


 しかし、シェラビーを狙う右側へのルートはスメドアとレビェーデがその前を塞ぐ形になっている。さすがにレビェーデ隊を突破することはできないので、選択肢は自動的にフェザートのみとなる。


(フェザート隊を短期で倒せないと、シェラビー隊から横槍を入れられる。兵力を増強しているから、何とか突破はできるが、さすがに今回は無傷とはいかない……。口惜しい)


 精鋭のいくばくかを失うことになりそうだ。


 ルヴィナは暗澹たる気分になった。

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