第13話 ハイェム・フェルン⑧

 ハイェム・フェルン北部の間道。


 少し小高いところから、レファールとジュスト、フレリンが戦況を観察していた。


 フィンブリア隊が北側に迂回し、シールヤの時と同じくリムアーノ隊と向き合っている。フィンブリア隊の迂回により最前線に出て来たネオーペ隊にはバフラジー、バラーフ隊が攻撃にかかるが、その矛先が若干鈍い。幹部クラスが多くの貴金属を持っているという情報が伝わっており、身代金目的で捕虜にしたいという意図をもっていそうであった。


 フィンブリアの奮戦と、バラーフ、バフラジーの鈍さもあって、劣勢な場所の割には連合軍側が善戦している。


「そろそろ行くべきだろうか?」


 ジュストが最後方にいるフェルディス本隊を指さした。無防備な状態で背中を見せている。付近にいるホルカール隊が気づいたら防壁となりそうであるが、今すぐに突っ込んでも壊滅させることは容易な雰囲気だ。


 それは分かっているが、レファールはすぐにはゴーサインを出さない。


「いや、まだ、相手の騎兵が動いていない」


 レビェーデとサラーヴィーの二人はまだ動いていない。何より気になるのは、まだルヴィナ・ヴィルシュハーゼの姿がないことである。


「……迂闊に動いて、私達の動きを潰されることはあってはならない」


「確かにそうですね。ゲホ、ゲホ」


 フレリンも咳き込みながら頷いている。


「もうしばらく、辛抱するしかない」




 レビェーデとサラーヴィーもまた、動くタイミングを伺っていた。


「あの嬢ちゃんはまだこないのか?」


 二人はルヴィナと合流して、向かおうと思っていたが、そのルヴィナが中々現れない。もしや戦線離脱してしまったのではないかという不安も首をもたげてくる。


「……このまま待ち続けて不利になってしまったら、笑うに笑えない。そろそろ動くべきじゃないか?」


 サラーヴィーの言葉に、レビェーデも頷きそうになる。その時、後方から騎兵が走り寄ってきた。


「サラーヴィー様! 東より砂塵が! ヴィルシュハーゼ隊のようです!」


 二人とも、思わず馬上で飛び上がりそうになる。


「ようやく来たか! よし、ロズレス! おまえ、状況を説明してこい!」


 近くにいた伝令要員のロズレス・ビッグベルガー後方に派遣し、二人も準備を急いだ。




「ルー! 丘の上にサラーヴィーの旗が見えてきたわ!」


 接近しているルヴィナの側にも、自軍に追いついたという情報がもたらされてきた。


「よし、合流してすぐに確認……うん?」


 前方から騎兵が一人、猛スピードで向かってくる。


「レビェーデ隊の者だと叫んでいるわね」


 そう言っている間にも、伝令はみるみる近づいてくる。馬の名手レビェーデが伝令に起用するだけあって、相当な馬術の持ち主であった。


「ルヴィナ様!」


「ここだ!」


 伝令に向けて、声をあげる。すぐに近づいてきて、戦況のおおまかな説明を始めた。この点でもレビェーデが選んだだけあって、分かりやすい説明をする。


「……大体分かった。感謝する」


「あと、レビェーデ様から、ネオーペ隊を捕虜に取り、身代金を取るかどうか聞いています」


「ネオーペ隊?」


 ロズレスはネオーペ隊の所持金や地位などについて説明をする。ルヴィナは頷いて即答する。


「関係ない。捕まえるのは時間の無駄。逃げないなら斬るべき」


「えっ、そ、それでいいの? 総司令官が文句を言わないかしら?」


 有無を言わさない口調に、クリスティーヌが不安そうな顔をする。


「構わない。優先されるべきは勝利。次に命。金は三の次」


「まぁ、確かにそうだけど」


 しばらくぶつぶつ言っていたが、再度「優先されるべきは勝利」と言うと、クリスティーヌは口を真一文字にし、何も言わなくなった。




 三十分ほど緩やかな坂を登ると、しばらく平坦な道になっており、その奥の方にレビェーデ、サラーヴィーの部隊がいる。


 そこからは緩やかに西に向けて下り坂となっていた。


 一瞥して、ロズレスから聞いた戦況に誤りがないことを確認する。その間にレビェーデとサラーヴィーが近づいてきた。


「嬢ちゃんよ、そろそろ攻撃に出るべきだと思うが」


「同感」


「どこから行く?」


「決まっている。バラーフ隊の後ろ」


「……み、味方を巻き込まないか?」


「音をたてて近づく。ホスフェ隊と戦っているのは主としてバフラジーの方。バラーフには避ける時間がある。それでも避けないなら仕方がない」


 巻き込んだとしても、こちらのせいではない。


 そう言わんばかりの様子にレビェーデもサラーヴィーも苦笑した。


「中々酷いことを言うなぁ。でも、確かに嬢ちゃんの言う通りだ。よし、俺達も持ち場につく。ここまで移動が大変だっただろうし、少し休憩してから移動しよう」


 二人はそう言って、自分の持ち場に戻っていった。




 二人が離れるのを見届けると、ルヴィナは後ろを振り返った。ヴィルシュハーゼの騎兵隊一万弱が整列している。


 大きく息を吸い、大音声をはりあげる。


「聞こえるか!?」


 全員、「えっ?」という顔で辺りや上空に視線を泳がせる。


「聞け、鎮魂の鐘が鳴っているのを! 聞け、天国への門が開く音を!」


 坂の下にいる敵部隊へ視線を向ける。


「ここが彼らの最後の地! ここ、ハイェム・フェルンが彼らの眠る場所だ!」


 ヴィルシュハーゼ隊のボルテージが上がってくる一方、前方にいるレビェーデとサラーヴィーが何事かと後方を振り返る。


「ブネーの兵よ、我が使徒達よ! 彼らの天使となれ、葬送曲となれ! 彼らを天国まで導くのだ!」


 再度、兵士達全員に視線を向けてあらんかぎりの声を出す。


「この地を支配するのは、私達だ! 彼らに、永遠の安らぎを!」


「オォーッ!」


 最後の言葉と同時に振り上げられた指揮棒とともに、短い音が鳴り響き、フェルディス最強の兵士が動き出す。


 自身も馬を前に送り出しながら、ルヴィナは小声でつぶやいた。


「できれば、マハティーラも、そうあってほしいものだ……」




「動いた!」


 北側で眺めていたレファール達も、フェルディス騎兵の動きだしに反応する。


 まずはジュストが、次いでフレリンが前進を始める。


 レファールは後ろを振り返って叫ぶ。


「勇敢な兵士達よ! 今こそ示す時である、我々に何ができるのか! この極限の状況で、限界まで戦い抜くことが要求される場所で、何ができるのか!」


 ボーザが「やるぞ!」と叫び、兵士達も反応する。


「限界を超えるのだ! 我々の全てを燃やし尽くし、勝利を我が手につかみ取るぞ! 進め!」


 連合軍の騎兵隊も一斉に北側の間道から抜け出し、マハティーラ隊の背後へと進みだした。

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