第10話 ハイェム・フェルン⑦

 レビェーデ・ジェーナスとサラーヴィー・フォーンラントの率いる騎兵隊は南側の歩兵隊の後ろにいた。


 リムアーノ隊の前進を皮切りに、後方にいる四部隊も前進の準備を始める。


「前進していくが、どのタイミングで仕掛ける?」


 サラーヴィーが前方を探るように眺めていた。


 シールヤの時と違って、今回は騎馬で走り回るだけの広さがない。一気に駆け下る展開に持ち込めば強いが、そのためには敵だけでなくて、まずは前の味方をどうするかという問題が発生する。


「一応、それぞれの部隊の間には隙間があるが……」


 レビェーデの言う通り、四人の指揮する歩兵部隊同士には間隔がある。ただ、それほど広い間隔ではない。馬が少しでも斜めに走ろうものなら、味方の兵士を跳ね飛ばす可能性があるし、もし、転倒する馬でも出ようものなら、味方部隊がパニックに陥る可能性があった。


「レビェーデよ、ここにいる連中はそれなりに鍛えられているが、おまえのような馬のことしか考えていないような者ばかりではないのだ。おまえの間隔でまっすぐ行けると思われては困るだろう」


「おまえな、馬のことしか考えていないとはどういう意味だ」


 レビェーデはサラーヴィーの言葉に不服げな表情を見せ、更に文句を続ける。


「そもそも、馬のことを大切に思えば、こんな場面で無理やり狭いところを抜けたりはしないものだ。どうしたものかね」


「あのお嬢ちゃんもまだ来ていないし、しばらく待機かねぇ」


「そうだな」


 戦場が狭い分、味方の部隊で十分カバーできている。


 そうである以上、慌てて動く必要も少なそうである。二人は一旦、戦況の様子を見ることに専念した。




 ルヴィナ・ヴィルシュハーゼの率いる部隊は、その頃、戦場から五キロほどのところを西に向かっていた。


「いやぁ、もう始まっているんじゃないの?」


 クリスティーヌが西の方に視線を向けて、不安げな声を出す。


「全く、あいつらと来たら……」


 クリスティーヌが言う「あいつら」というのはオトゥケンイェルの面々である。色々な理由からヴィルシュハーゼ隊を称えるようになったのはいいのだが、ブネーから増援としてやってきたダン・シュラーの別動隊がそこで派手な歓待を受けてしまったために大幅に遅れてしまうことになった。


 それでも、当初はフグィに近い海岸線近くまで連合軍が下がるのではないかという情報があったため、楽観的であった。しかし、実際にはかなり東側のハイェム・フェルンに布陣しているという情報が届いている。戦端開始が大幅に早まりそうで急いでいた。


「実は恨み骨髄に達していて、嫌がらせでもしていたんじゃないかしら?」


「今更言っても仕方ない。二時間もすれば着く。このくらいの時間は耐えるべき」


「また、ヴィルシュハーゼ隊が好き勝手していると言われるんじゃない?」


「いつも好き勝手している。今更始まったことではない。大将軍もニッキーウェィ侯も理解している」


「それは確かに……」


 きちんと作戦に従ったことすらないことは事実である。


 ただ、理解している、というよりは「あいつには言っても無駄だろう」と諦められているというのが正しいだろうが。


「ただ、最初から戦場にいないとなると把握が難しいわね」


「相手はシールヤで敗戦している。今回は思い切った策で来るかもしれない。遅れた方が先入観なく戦闘に臨める」


「なるほど……」


「前向きに捉えるしかない」


 ルヴィナは自分に言い聞かせるように言って、更に進み続ける。




 開始から30分。


 戦場の最前線では、リムアーノ隊が北側に流れて、ナイヴァルのマフディルと、バフラジーとバラーフがフィンブリア隊と相対しており、南側ではペルシュワカとムーノ・アークの部隊が衝突しようとしていた。


 フィンブリア隊の前進で始まったが、緩やかとはいえ、東から西に向けての下り坂となっている分、勢いはフェルディス側の方が上である。


 とはいえ、この有利さは、逆にフェルディス側に疑念を生じさせていた。


「……何故、あいつらはこの場所を選んだんだろう?」


 北側で、リムアーノが首を傾げている。


 現在、部隊は最初の接敵地点から百メートルほど前進していた。被害も味方より敵側の方が多い。


 自軍が強いからではない。


 既に一度勝っており、相手が弱気になっているからではない。むしろ、相手の意気は高い。


 それでも勝てているのは、一重に地形がフェルディス側に有利だからである。


 しかし、この場所を選んでいるのはフェルディスではない。連合軍である。低いところより高いところの方が有利というのは兵法では常識である。その常識に反することを敢えてやってくる理由を見いだせない。


 相手が馬鹿だったからと考えられるなら話は早いが、シールヤを見ても兵法その他ではむしろ劣勢だったと言ってもいい。今回だけ愚かな作戦を採用していると考えるのは難しかった。


「何か仕掛けてくるのかもしれないな」


「何か、と言いますと?」


 副官のファーナが周囲を見渡した。


「山の上から来るなど、あるのでしょうか?」


「うーむ、それが出来そうな場所とは思えないが」


 下から上を見ると、靄がかかっていて、はっきりとしない。


 戦場についてから、今までずっとこうであるから、地形としてそういう場所なのだろう。となると、上から下へと攻撃をするというのは考えづらい。下の様子が分からないのに攻撃を仕掛けるのはあまりにも無謀だ。投石器でもあれば話は変わってくるだろうが、そうしたものを用意できるだけの時間があったとは思えない。


「まあ、考えていても仕方ないか」


 とはいえ、最前線にいてそれを考えすぎていても仕方がない。逆に考えすぎて劣勢に追い込まれるとしたら、これほど馬鹿なことはない。


「ヴィルシュハーゼ伯がまだ着いていないようですし、何かあったとしても彼女が解決してくれると信じる方がいいのではないですか?」


「……」


 ファーナの言葉に思わず絶句する。


 確かにこれまでの戦いで、ルヴィナが事態を解決してきたのは事実である。


 しかし、それで遅刻が許されたり、勝手な行動が許されたりし続けているのは、果たしてプラスなのか、マイナスなのか。


「……そうだな。そう考えるとしよう」


 しかし、今時点ではそう信じるしかないのもまた、現実であった。




 味方の優勢は、もちろん、最後方の本陣にも分かる。何といっても、東から西へと下っているのであるから、東側にいるフェルディス本陣からは戦況全体がよく見えた。


「いいぞ! 進め! 敵を討ち取れ!」


 マハティーラが剣を振り上げて叫ぶ。それに応じて味方も進んでいるから、更に気を良くしているのであろう。剣をぶんぶん振り回して。


「……疲れた。持っておけ」


 と傍らにいるブローブに投げ渡す。


 そのブローブもまた、首を傾げていた。


「妙ですな……」


「あん? 何が妙なのだ?」


「いえ、我が軍が有利過ぎるように思いまして」


「何がおかしいのだ? 我々は既に一度勝っているのだぞ。しかも、そこにこの俺がいるのだから、負けるはずがあるまい」


 そう言って、マハティーラは「ワハハ」と笑う。ブローブは「そうですな」と応じつつも、表情は晴れない。


「閣下が調子のいい時ほど、落とし穴が大きいような気がする……」


 とはいえ、それが何であるか、ブローブには分からない。


 だからこそ、戦況を不安げに眺めるしかなかった。

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