第7話 ハイェム・フェルン④

 8月12日、フェルディス軍は連合軍の後を追いかける形でハイェム・フェルン峠間の回廊に接近した。


「ほう、これに布陣するのか……」


 真っ先にやってきたリムアーノが西側に連合軍を見つけて、声をあげた。


 シールヤ平原のような広い場所ではない。奥の方は隙間も少ないくらいに連合軍の兵士達が布陣している。


「移動の余地の少ない場所だな……。ここだと部隊が崩壊しても満足に逃げる場所もないな」


 左右の峠を見比べる。どちらも急傾斜となっていて、岩が多くて足場も悪そうだ。元気な兵士なら上に移動できるかもしれないが、負傷した状態で逃げるのは難しいだろう。


(シールヤの時よりも双方の被害が大きくなる見込みが大だな)


 その思いは少なからずリムアーノを憂鬱にさせる。


 隣にファーナが近づいてきた。


「どう思う?」


「……遊兵が増えそうですね」


「確かにそうだ」


 幅が狭いということは、攻撃する部隊も限られることになる。


「交代も難しそうですし、一見するとヴィルシュハーゼ隊やジェーナス隊の突撃が向いているように思えますが、相手が逃げる場所が少ない分、止められるかもしれません。あるいは……」


「兵士達の屍に騎兵隊の移動が止められる可能性もある」


「そうですね」


 最初のリヒラテラ、シールヤ共にある程度戦って疲弊してきたところでルヴィナの突撃で勝負を決めている。同じことをするには、場所が狭いということが災いする可能性がある。


 だからといって、突撃のためのスペースを空けるとなると、こちらの攻撃が弱まる可能性がある。


「……しかし、連合軍はこの戦場でどうやって勝利を奪いに来るのか」


 こちらが攻めにくいということは分かった。


 しかし、相手はどうなのか。


 連合軍はシールヤでの敗戦を逆転できる場所として選んだはずである。ただ、攻められにくいだけでは勝つことはできない。


「落石でも用意しているのかもしれませんね」


 ファーナが南北の峠に視線を向ける。


「落石か……。確かにこの場所を選んだということは、そうしたものに適した地点を把握しているだろうし、これは厄介だな」


 リムアーノが後頭部で手を組んで溜息をついた。


 おそらく、この場所を選んだのはフィンブリアだろうと見当がついている。フィンブリアの人となりを完全に把握しているわけではないが、過去に二度の入獄歴があることは知っている。また、その戦い方はかなり手段を選ばないものである、ということも。


(シールヤの深夜の攻撃のように、な)


 そういう性格であれば、ひょっとすれば、「多少味方に犠牲が出ても構わない」くらいの意識で石を落としてくることも普通に考えられた。


「このあたりで待機しておいてくれ。私は閣下らと相談してくる」


「分かりました」


 頷くファーナを残して、リムアーノは後方にいる本陣の方へと向かった。




 リムアーノの後方には、ペルシュワカ、バラーフ、バフラジー、ホルカール隊がついてきており、その後ろにレビェーデとサラーヴィーがいる。


 ソセロンのガーシニー隊は元の兵士数が少なかったことと、被害が大きかったことにより先に帰国しており、残りは本隊とヴィルシュハーゼ隊のみとなる。


 ヴィルシュハーゼ隊は、ブネーから呼び寄せた増援と合流してから来るという報告を受けている。相変わらずの奔放さだが、近くに布陣していたとしても何をするのか分からない存在である。放置しておくしかなかった。


 残りは本隊だけである。これが予想以上に遅い。


(何をしているのだ?)


 リムアーノが舌打ちをしながら、更に後方に下がっていく。


 最後方のサラーヴィー隊から一キロほど遅れたところに本隊がいた。


「何をちんたらしているのだ?」


 前方の兵士に苦言を呈すると、「我々ももう少し早く進みたいのですが……」と後方を見た。つられて視線を動かしたリムアーノは原因に気づいて溜息をつく。


 足場がそれほど良くない岩肌を動く輿のせいであった。八人で運ばれている輿の上にマハティーラがいて、「揺れが大きい」だの「もっと静かに動け」だの文句ばかり言っている。


(あのまま崖下に投げてしまってもいいのではないか?)


 内心でそんなことを思っていると、「すまんな」と声をかけられた。大将軍ブローブ・リザーニがいる。


「……馬に乗るくらいできるでしょうに」


 輿の方を見ながら文句を言う。


「そうなのだが、レビェーデやサラーヴィーの馬と比べると何とも貧相でのう。負けん気が強いから、あんな馬には乗りたくないと言い出したのだ」


「二人ともそんな比較するまでもなく、前の方に行っておりますぞ。そもそも早く戦いたいと言っておきながら、輿でのんびり来るというのはどういう了見なのでしょうな」


 とはいえ、文句ばかり言っていても事態が何も変わらないということもまた、リムアーノは理解している。


 一通り文句を言うと、ブローブに対して地形の説明をして、対策を確認する。ブローブは楽観的な様子を見せた。


「我々はシールヤでは勝ちはしたが、全体として劣勢な状況であったことは確かだ。戦場が狭いということは我々に利するのではないかと思う」


「なるほど。言われてみればそうですね。ただ、騎兵隊と歩兵隊が円滑に交代できるかどうか。そうした訓練は全くしていないだけに」


「リムアーノよ」


「何でしょうか?」


「仮にそれを決めたとして、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼが従うと思うか?」


「……従いませんな」


「レビェーデとサラーヴィーも対抗意識を有しているようだから、今回は『俺達もあのくらいやってやる』とより自由に動くだろう。つまり、我々はそんな細かいことまで考える必要はない、ということだ」


「承知しました。それならそれでいいのですが」


「まだ何かあるのか?」


 おまえも心配性だな、ブローブがそう笑う。


 リムアーノは「大将軍が楽観的すぎるのです」と答えてから、懸念点を口にする。


「ヴィルシュハーゼ隊、今回は味方を蹴散らして進んだりしないですかね?」


 今回も最前線の正面に立つことは確定している。


 もちろん戦場に出る以上、死ぬ覚悟をしているわけだが、味方に潰されるという事態は避けたい。


「それは私に聞かれても困る」


「……そうですね」


 そして、ルヴィナにしても、レビェーデにしても、そんなことは答えないだろう。彼らはその瞬間、瞬間でベストの進路を見出してただ進むだけである。


 言質など取っても何の意味もないのだ。


布陣図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330650231761712

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