第6話 ハイェム・フェルン③

 7月26日、レファール達は先に馬を駆って、本軍に先駆けてハイェム・フェルン峠に到着した。居並ぶのはジュストとフレリン、今回もこの三隊が攻撃を受け持つことになる。


 到着して、まずは地形の確認である。


 南北に峠が二つ広がっている。いずれも険しい岩道となっており、この峠を登ることは難しそうに見えた。


 南北の峠の間にはなだらかな下り坂が続いている。うち、北側を注意深く見ていると、岩肌が削れていて騎馬が一人、二人くらいは通れる間道が確かにあった。以前、鉄砲水でも流れたのであろうか。


 いずれにせよ、全てフィンブリアの言っていた通りであった。フェルディス軍の攻撃をまともに受けることになるが、間道を抜け出て相手背後に攻撃をかけるチャンスがある。


「注意するのはこの間道の細さか」


 一人、二人が通るくらいの幅である。我先にと急ぐと途中でつかえてしまい、進軍に支障をきたす恐れがある。特に騎兵の場合には転んだりすると道自体が塞がれてしまう可能性がある。


 と言って、大勢進軍できるように岩肌を削って広げたりすれば、余裕はできるものの、フェルディス軍に気づかれてしまう可能性が高くなる。


 冷静さと度胸が試される場所と言えた。




 西へと下る道はかなり長い。数キロは続いている。


「相手にはルヴィナ・ヴィルシュハーゼとレビェーデ、サラーヴィーがいる。攻撃を受けると延々と下まで追い落とされることになるだろうな……。布陣をどうするか」


 敵側に近い部隊が相手の勢いに負けて早期に壊滅した場合、それが他の部隊にも波及する恐れがある。シールヤのような広い平原ではなく、つながった坂道であるため、連鎖反応的に崩れてしまう危険性があった。


 となると、ある程度時間稼ぎができる面々を敵側に置かなければならないが、その場所は当然戦死の危険性も高い場所となる。


「……フィンブリア・ラングロークに任せるしかないだろうな」


 ジュストの提案は、頷けるところである。


 そもそもこの地を戦場にしようと言い出したのはフィンブリアである。リスクが大きいことも踏まえて勧めていたのであるから、そのリスクを引き受けてもらいたいというのが最初の理由。


 また、フィンブリアにはホスフェ出身で地の利がある。能力も高いので、危険な場所でも何とかやってのけるだろうというのが二つ目の理由である。


 更にホスフェ軍には前回シールヤでみすみす中央を突破されてしまったという失態がある。本人達も汚名返上の機会を望んでいるだろうし、他の部隊もホスフェ隊が埋め合わせで危険な場所を引き受けるのなら納得するだろうというのが三つ目の理由であった。


「最前線はフィンブリア。最後方にはシェラビー様とフェザート海軍大臣を置くとして、その前をどうするかな?」


 その前を、という表現にはしたものの、レファールが一番迷っているのはルベンス・ネオーペの配置であった。正直あまり信用してはいないのだが、シールヤでは予想外に奮闘していたという事実もある。信用して前の方に置くのは怖いが、部隊の人数が多いので後ろに置いてしまうと主要部隊が危険に晒される危険性も高くなる。


「スメドア殿とマフディル、メラザとムーノ殿はそれぞれの前に置くとして、ネオーペ枢機卿をどうするか」


「多少、あくどい手を使ってみましょう」


 フレリンが坂を見下ろしながらつぶやいた。


「あくどい手?」


「はい。今回の戦いで我々も含めて、多くの資金などを持ってきていると思いますが、この際、それをネオーペ隊に預けてしまいましょう。多分喜んで受け取ることになると思います」


「ネオーペ隊に金を預ける?」


「はい。そのうえで、その事実を明らかにしておきます」


 フレリンの説明に、レファールは首を傾げた。金を渡して何をしたいのだろうか。


 ジュストも似たような顔をしている。それを見て、フレリンは二人とも理解していないと分かったようで、ニッと笑う。


「フェルディス軍も、お金は欲しいでしょう」


「それはそうだろう……、あっ!」


 レファールとジュスト、どちらともなく声をあげた。



 フェルディス軍の兵士にしても、お金は欲しいはずである。特にシールヤで一戦目を制して勝利できそうだという状態なのだから、尚更だ。


 そのような兵士の前に、富裕な敵兵がいるとなればどうなるか。ちょっとくらいくすねても大丈夫であろうという考えが浮かぶだろう。あるいは捕虜にとって身代金を受けようとするかもしれない。


 いずれにしても、欲望が先走ると隊列が乱れる。ネオーペ隊を駆逐するまでに時間がかかることになる。


「いやはや、アレウトの面々は本当に敵に回したくないな」


 ジュストが呆れたように笑う。


 しかし、そう思うくらいであるから、効果は高い。


 フェルディス側が金に目がくらむ事態になれば進軍に支障をきたす。相手が山腹で動きを止めてもたもたしてくれれば、挟撃を待つまでもなく、本隊にも反撃の機会が出来るかもしれない。


「となると、フィンブリアの後ろにネオーベ枢機卿がついてもらうくらいがちょうどいいだろうな。問題は何といって二番手を引き受けてもらうか、だな」


 まさか「相手に金づると思わせておきましたので、囮として前の方に出てください」と説明するわけにはいかない。


「ネオーベ枢機卿は大部隊を擁しておりますので、前線に出てもらいたいということで引き受けてもらいましょう」


 フレリンの再度の提案に、レファールも頷いた。



 本隊の配置が大体固まったので、あとは自分達三部隊の隊列ということになる。


「前回、失敗したので俺が一番前に出よう」


 ジュストが言う。


 前回の失敗というのは、ガーシニー隊を壊滅させた後、クンファを守り切れなかったことを示すのであろう。ジュストの失敗というわけではないが、本人はそれを失敗と考えているようである。


「そうしますと、攻撃面を期待されていたのに応えきれなかった私も、最後方はやめておいた方がいいでしょうね」


 フレリンが続く。そうなると、自然と最後方はレファールということになる。


 まずはジュストとフレリンが打って出て、相手を混乱させたところで、レファールが真打として攻撃を仕掛けることになる。


(文字通り、私の部隊の出来に戦いの成果がかかってくるというわけか)


 とてつもないプレッシャーであるが、それだけのやりがいがある。


「分かった。引き受けよう」


 方針は固まった。


 三人は馬首を翻し、東にいる本隊の方へと戻って行った。

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