第3話 ハイェム・フェルン①

 7月12日。


 戦闘は終了したものの、依然として待機している両軍に対して、ノルベルファールン・クロアラントが手紙を送る。今後、どうしたいのかという働きかけであった。


 それに応じて、リムアーノ・ニッキーウェイがノルンの滞在しているところを訪れた。全軍の総意である一か月後の再進軍を伝える。


「なるほど。これを相手に伝えてしまっていいのですかね?」


「……構わない」


「伝えないと、相手が無防備に撤退するかもしれませんよ?」


 ノルンが再確認する。


 連合軍に伝えれば、彼らは次の戦闘に備えるだろう。戦場すら指定してくるかもしれない。そうなればフェルディス軍には余分な負担がかかる可能性がある。


「そこまで間抜けな連中なら、ここまで拮抗した戦闘にはならなかっただろう」


「ま、それはそうですね」


「それに、俺には、俺の都合がある、とも言っておこうか」


 リムアーノはそう言って不敵に笑った。ノルンも「なるほど」と頷く。


「そうであれば、何の気がねなく私も伝えることにしましょう。逆に向こうから聞きたいことはありますか?」


「……特にないかな。あ、一つあった」


「何でしょう?」


「コルネー国王クンファ・コルネートに弔意を伝えてほしい、とルヴィナ・ヴィルシュハーゼが言っていた」


 ノルンは満面の笑みで「伝えましょう」と応じた。




 次の日、ノルンは連合軍陣営を訪れた。


「まずは、コルネー国王クンファ・コルネート様に弔意を捧げさせていただきます。これはフェルディス軍有志からも要請されております」


 ノルンの挨拶に、フェザートも神妙な様子である。


「そのうえで、フェルディス軍は、一か月を置いて再戦するつもりのようです」


「一か月?」


「やはり激戦でしたので、ね。あと、オトゥケンイェルの再掌握にそのくらいの時間はかかるということでしょう」


 ノルンの言葉に、フィンブリアが「けっ」と唾を吐き、ラドリエルは無言である。


「何故、フェルディス軍が内情をばらすのかというと、彼らには彼らなりの事情があると考えてほしいということです。ただ、一か月と言いつつ、半月後に攻撃するかもしれません。そのあたりの判断は各々にお任せいたします」


「分かった」


「ということで、まだまだ大変ですが、頑張ってください」


 そうやって、おどけたように頭を下げ、ノルンは軽妙な様子で戻って行った。




 レファールはノルンを見送り、陣地まで戻る。


 一同が腕組みをして思案していた。シェラビーがフェザートに尋ねる。


「まず、コルネーの方々の意向を伺いたい。我々としては無理強いするつもりはない」


 確かに、とレファールも頷く。


 コルネーは国王を失っており、その葬儀や次の王即位のための準備が必要であるはずであった。大臣二人がこれ以上国外にいるわけにもいかない。


 一同はフェザートの返事を待つ。しばらく思案していたが。


「一部の者に護送させ、陛下の棺はコレアルまで搬送したいと思う。ただ、もう一戦あるのであれば、改めて陛下の弔い合戦として挑みたい。コルネーとしてはそう考えているが、どうだ?」


 フェザートがムーノに尋ねた。ムーノも「はい!」と力強く応じる。メラザも同様だ。


「ありがとうございます」


 シェラビーが恭しく、フェザートの手を取った。スメドア達も安堵の息をついている。


 次いでシェラビーはジュストとフレリンの方を向き、「フォクゼーレとイルーゼンは?」と尋ねた。


「我々はフェルディス軍を撃破すべく派遣されてきました。フェルディス軍を前にして撤退するわけにはいきません」


 とジュストが答え、フレリンも「ここで戻ったらミーツェン司令に怒られます」と残留の意思を見せる。


「ちょっといいですかい?」


 三か国の残留が決まったところでフィンブリアが手をあげた。


「ホスフェも引き続き参戦したいと考えているんですがね、ただ、今回の戦いの結果を受けてラドリエルはフグィに帰した方がいいと思うんですが、いかがでしょう?」


 レファールは全員の顔を見た。


 シールヤの敗因はもちろん一つではないが、ラドリエルが精彩を欠いたことが大きな要因となったのは間違いない。それを理解しているから、フィンブリアがまとめて指揮するということは戦闘だけを考えれば悪くはない。


 ただし、ラドリエルはこれまでずっとナイヴァル派として貢献してきた実績もある。それをいきなり帰してしまうことは今後の関係に影を落とすのではないか、そうした危惧はあった。


 あとはフィンブリアの経歴である。粗暴で二度の牢獄経験のある人間が唯一のホスフェ軍指揮官となることには、抵抗をもつ者もいるかもしれない。


「ラドリエル殿はどうなのだ?」


 シェラビーの問いかけに、ラドリエルも頷く。


「……フィンブリアの言う通りで構わないと思います」


「ならば、そういう形で行くことにしよう。全員が従わないかもしれないが、戦えないかもしれない者を置いておくよりは、少数でも戦うつもりの者を残しておいた方がいい」


 シェラビーの言葉に、フィンブリアが頭を下げる。


「ありがとうございます。もう一つよろしいでしょうか?」


「構わん」


「ここから150キロほど南西にハイェム・フェルン峠という二つの大きな峠があります。その南側に平原が広がっているのですが、この付近を戦場にするのはいかがでしょうか?」


「ハイェム・フェルン?」


 復唱する面々の前で、フィンブリアは羊皮紙を用意して、大体の地形を書き始める。


「このようになっておりまして、全体的に東から西にかけて下り坂となっております」


「東から西にかけて坂ということは、我々が下で受けることになるのか?」


 それでは論外だとレファールは思った。そうでなくても威力の高いルヴィナやレビェーデがいるのである。それでいて相手が高地に陣取るとあっては、更に劣勢となるだけであった。


 周囲を見ても、全員、首を傾げている。


「もちろん、これだけであれば不利ではあるのですが、このポイント」


 フィンブリアが北東側を差す。二つの峠の合間に若干の隙間がある。


「相手は東から西に攻めるでしょうが、もちろん、本陣は後方に配置されるでしょう。その本陣を目指して、狭い山道を突き抜けて奇襲をかけることができます」


構図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330650068800891


「となると、お互い全面攻撃を受けるような激しい戦いになる、と……」


「その通りです。相手がコルネーとナイヴァルの本陣を打ち破るのが先か、我々が敵将マハティーラ・ファールフ、ブローブ・リザーニを打ち破るのが先か。大きなリスクはありますが」


 フィンブリアのような後先考えないような人物が「大きなリスク」と言うのである。事実、その大きさは途方もない。


 しかし、連合軍は既にシールヤで敗戦している。その挫かれた戦意では、再度の野戦は現実的ではない。また、連合軍であるという性質上、籠城も向いていない。


 大きなリスクがあっても、逆転が目指せる戦場であるのは確かと見えた。


(何と言っても、マハティーラは凡人以下だからな)


 とはいえ、リスクを引き受けるのはシェラビーとフェザートである。この二人の賛成がなければ適当とは言えない。


 シェラビーと視線が合った。


「別動隊を指揮するのは誰になる?」


「ジュストとフレリンは確定ですかね。あとは……」


「俺とスメドアが本陣側に残る。おまえは攻撃隊に入れ、レファール」


「攻撃隊ですか?」


「攻撃力ではフェルディス軍が上かもしれないが、少なくとも本陣の防御力は我々の方が上だろう。持ちこたえる間に何とかしてくれよ、レファール」


 シェラビーの言葉に、レファールは足の震えを感じた。


「必ずや……!」

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