第2話 美姫の憂鬱

 ナイヴァル・東部国境近くの街エルミーズ。


 メリスフェール・ファーロットの下には、マーニャが派遣した戦況報告の伝令が13日に到着していた。


「……そう。やはりルヴィナさんが決め手になったわけね」


 メリスフェールは小さな溜息をついて、北西の方を向いた。


「いや、これ、どうすればいいのよ」


「……は?」


 伝令が何かに立腹しているようなメリスフェールに、けげんな顔をする。


 それに気づいたメリスフェールは苦笑した。


「あ、ごめんなさい。私の話。マーニャはどうなの?」


「はい。ノルン様の要請でもうしばらく現地に待機するということです」


「現地に待機……」


 メリスフェールは小さくつぶやいた。


 他に報告事項がないということで、伝令を退かせてから、母シルヴィアが誂えた椅子に腰かける。


「はぁ……」


「どうかなさいましたか?」


 修道女の一人メリーロース・イプロモーが尋ねてくる。


「どうもしていないけど、私個人的には色々なことが最悪な方向に向かっているのかも」


「それはよろしくないですね。ですが、具体的に何が?」


 メリーロースは三つ年上の修道女で、お節介度が強い性格である。何か分からないことがあると、確認するまで止まらない。鬱陶しい存在ではあるが、日頃色々頑張ってくれているので邪険にもしにくい。


「まずはコルネー王クンファ様の戦死ね。今はミーシャ様の夫という立場だったけれど、元々私が婚約者という立場だったから、何もせずに済ますわけにはいかないでしょ。ただ、派手にやり過ぎるとミーシャ様の機嫌を損ねかねないし、どうしたものかというのがあるわね」


「なるほど……。女同士の憎しみあいは怖いですよねぇ」


「あのね、メリーロース。私とミーシャ様、憎み合ってはいないから。多分……」


 途中まで堂々としつつも、決定的な自信はないらしい。次第に声色が弱くなっていく。


「戦闘が続くのならば、恐らくクンファ様の遺体だけは運ばれてくると思うわ。それを弔う準備をしていてちょうだい」


「分かりました。こちらでも慰霊をするということですね」


「ええ、もちろん、本葬はコレアルで開くことになるはずだから、エルミーズでは簡易のものに過ぎないけど、それでも一応は鎮魂のための儀式をしたいの」


 運命が少し違えば、夫となっていた相手かもしれない男である。その死を、ただ放置しておくわけにはいかない。


「承知しました」


 メリーロースもそれは理解したのであろう。素直に頷いた。



 

 15分ほど話をして、クンファの鎮魂の儀式についてまとめあげる。


 一段落がつくと、メリーロースは別の疑問を口にした。


「色々なことというからには、他にもあるんですよね?」


「そうね。マーニャが言うように、戦闘が継続するとなると、色々頭が痛いことよね」


「それは、レファール様について?」


「レファールもそうだけど、シェラビー・カルーグとスメドア・カルーグについても。彼らが戦死したら、姉さんとリュインフェアが可哀相だなというのはあるでしょ」


 メリーロースはしばらく虚空を見上げて考えている。


 しばらくして、向き直って尋ねてきた。


「一個お聞きしていいですか?」


「どうぞ」


「メリスフェール様、レファール様を止めたことはないですよね?」


「……」


 メリスフェールは一瞬、絶句するもすぐに笑みを浮かべて答える。


「だって、レファールは強いじゃない。今回、負けはしたみたいだけど、レファールが失敗したわけでもないでしょ。ルヴィナさんとだって互角の条件なら勝てると思わない?」


「そこまでは何とも。仮に今、レファール様と会われたらどのように応援されるのですか?」


「もちろん、『次は勝てるから、頑張って』って言うわ」


 メリーロースはまたも沈黙して何かを考えている。しばらく付き合うメリスフェールであるが、その時間は長い。いや、意図的に長くしているようである。


 メリスフェールは苛立ったように尋ねる。


「何が言いたいのよ? はっきり言ってちょうだい」


「はい。サリュフネーテ様ならどう言われるかと思いまして」


「姉さん? 姉さんならきっと、『死なないでください、レファール』でしょうね」


「……」


 無言のメリーロースに、メリスフェールが立ち上がる。


「私が薄情だって言いたいの?」


「そういうわけではないのですが」


「そういう顔をしているわよ。いい、メリーロース。私と姉さんは性格が違うの。姉さんは長女だからとにかく守りたがるの。年上のレファールでも、何とか死なないでと守りたがるの。私は二番目で、バランスを考えるの。私が願ってもどうにもならないんだから、レファールの幸運を信じて、願うだけなの。それは姉さんの方が慈愛に満ちているわよ。私はちょっと投げ槍かもしれないわよ。でも、考えてほしいんだけど、レファールは私より9つ、姉さんよりも7つ年上なのよ。これだけ年下の私が、『貴方を守るのは私です』みたいにでしゃばるのはおかしくない? 願うだけの何がいけないわけ? 貴方は私がレファールにふさわしくないとでも言いたいの?」


「と、とんでもありません」


 メリーロースが慌てて否定する様に、メリスフェールは更に不機嫌そうな顔をする。


「とんでもない!? 貴方、本当に分かっているの!?」


「わ、分かっております。メリスフェール様は多少理解されにくいけれども、それでもサリュフネーテ様に負けないくらいレファール様を愛しているのだということを」


「それが分かっていないのよ!」


 メリスフェールが叫び、メリーロースが目を丸くする。


 メリスフェールは大きく息を吐いた。


「私がどれだけ心配していたとしても、姉さんの比じゃないわ。いつだって、レファールのことを一番心配しているのは姉さんなのよ……」


 腹立たし気に言い、メリスフェールは開き直ったかのような怒りの視線をメリーロースに向ける。


「も、申し訳ありません……」


 メリーロースはその場で恐縮する。その場の雰囲気で言っているだけで、何が申し訳ないのか考えてもいないのであろう。


 面白くない。そう思いながら、メリスフェールは椅子に腰かけた。

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