最終章.継承者
第1話 犬猿の共闘
7月10日夕方。
ノルベルファールン・クロアラントは、後方に集結した両部隊を見比べながら、どうしたものかと首を左右に振っている。
「さて、交渉を呼びかけるべきか。もうしばらく様子を見るべきか」
「……様子を見る? ノルン様は仲裁役として来られているのですよね。停戦条件を模索すべきではないですか?」
マーニャがけげんな顔で尋ねる。ノルンは「それはそうなんですけどね」と頷きつつも。
「停戦するにあたっても最低限の条件が必要だろうとは思うのですよ。戦いそのものは終わりました。フェルディス軍が勝ったということについて双方とも異論はないと思います。ただ、今のままでは、ね」
「何がまずいのですか?」
「ホスフェの状況が確定しません。連合軍が勝てばホスフェは連合軍側で、フェルディス軍が大勝したならばフェルディスに帰属ということになったのでしょうがそこまでの勝利ではない。ということは、今まで通りの不安定なまま。これを果たしてフェルディスが良かれとするかどうか」
ノルンは指を左右に揺らす。
「私ならしませんね。ルヴィナ・ヴィルシュハーゼも同じでしょう」
「どうしてですか?」
「ホスフェを完全に押さえないと、シェローナが陸路でフグィ方面に来た時に対応できません。貴女もメリスフェールから、ヴィルシュハーゼ伯の想定は聞いたでしょう?」
マーニャは「あれ?」という顔をした。どうやら、完全に忘れてしまったらしい。ノルンは苦笑する。
「彼女が一番恐れているのは、ナイヴァルではありません。アクルクアの勢力がシェローナを橋頭保にして勢力を拡大してくることを恐れています。だから、ナイヴァルかフェルディスのいずれかがホスフェを固めて、浸透してこないようにしたいのですよ」
「そうか。西部や南部がナイヴァル、オトゥケンイェルと東部がフェルディスで争っている状態だと、三つ目の勢力がホスフェに割って入れるわけですね」
「その通りです。となると、フェルディス側はもう一戦するしかない。このまますぐ続けるか、時間を置いてから仕掛けるのかは分かりませんが。ということで、現在、私としては非常に動きにくい立場にあります。さしあたり、どちらかから要請が来るまではここに留まっていることとしましょう」
ノルンの言葉に、マーニャは落胆を露わにする。「ようやくエルミーズに帰れると思ったのに」とつぶやくあたり、戦場にいることが苦痛になってきたらしい。
とはいえ、戦闘を継続するのであれば、今更、他の者と代わることは現実的に不可能であろう。
「エルミーズに早く帰るのなら、フェルディスが戦闘に飽きて戻ることを期待するしかないですね」
ノルンは楽しそうな顔でマーニャに言った。
フェルディス軍陣地では、本陣に主だった将が集まり、まずは戦勝を祝っていた。
しかし、程なく一人の男がやってくると、場が不穏な空気に包まれる。総指揮官のマハティーラ・ファールフであった。
「俺がいない間に終わっているではないか!」
ブローブはじめ、全員一瞬うんざりとした表情となり、次いで大きな溜息をついた。
そのうえでブローブがにこやかに話しかける。
「とんでもございません。これは全て閣下の威徳あっての勝利でございます」
「戯言を抜かすな! 俺が指揮をとって勝たねば意味がないではないか! 明日、もう一戦するぞ!」
「そ、それは無理でございます。兵士達も戦勝に安堵しているところです。もう一戦行うような気力は持ち合わせておりませぬ」
「明日が無理なら、明後日にしろ! このまま何もせずにカナージュに帰るわけにはいかん!」
「そ、そんな近いうちに戦うことは無理でございます」
ブローブがリムアーノを見た。明らかに援護を求めているような視線を向けている。
リムアーノも散々苦労してようやく勝利した身である。
「閣下、今回はさすがに無理でございます。皆はどうだ?」
と、更に同意の輪を広げようとする。シャーリー・ホルカールは「我が軍は本日、壊滅状態に陥って再編だけでも大変です」と断固拒否という構えを見せているが。
「私も閣下の意見に賛成」
少し離れたところにいるルヴィナがボソッとした声で答えた。
「ヴィルシュハーゼ伯?」
リムアーノが仰天した。「話が違うではないか」というような顔を向ける。
「……今のままではオトゥケンイェルとホスフェ東部を取り返すだけ。今後のことを考えれば、ホスフェ全域を確保したい」
「そうだろう! 勝利の立役者のヴィルシュハーゼ伯もこう言っているのだ。可及速やかに再戦をしようではないか!」
予期せぬ形で援軍を得たマハティーラが勢いづいて話す。
「……そ、それでもまずはオトゥケンイェルを占領して、秩序を打ち立てるべきでございます。せめて一か月か二か月は……」
ブローブが慌てて弁明するが、それが逆にマハティーラに言質を与えてしまうことになる。
「よし! ならば一か月だ。一か月後に再戦するぞ! 今度は俺が指揮官として統括するからな」
有無を言わせぬ口調で決めつけ、笑いながら自分のテントへ戻っていった。
マハティーラが完全にいなくなると、リムアーノが頭を抱える。
「ヴィルシュハーゼ伯……、貴殿の言うことはその通りではあるが、何も閣下の前で言わなくても良かったのではないか?」
その結果として再戦の約束をしてしまった。そういう無念さも込めた恨めしそうな様子で語りかける。
一方のルヴィナは淡々とした様子で受け答えする。
「……我々だけでも落ち着けば明日には気づく。早めに決定させた方がいいと思った」
あたかも他人事のような話ぶりにリムアーノは諦めたように溜息をつき、レビェーデとサラーヴィーを見た。
「シェローナ……じゃなくて、グルファドか。貴公らの意見はどうなんだ?」
意見を求められると思っていなかったのか、レビェーデは一瞬目を見開いて、「ちょっと考えさせてくれ」と断って腕組みをする。一分ほど考えた末に。
「今回の参戦理由には、ナイヴァルの制海権をこれ以上東に伸ばしたくないということがある。その裏付けがないから、継続して戦うことはやぶさかではないが……」
「ないが?」
「食料やら何やらは持ってきていない。それでもいいのなら構わないのと、今回はさすがに相手は城やら要害に籠るのではないかという気がするんだが」
「食料については構わないが、ううむ……」
一度野戦で負けている連合軍が再戦するならば、機動力を発揮できない場所を戦場に選ぶ可能性が高い。
「そうなると、長期戦になる可能性が高い。ますます兵糧その他が必要になる可能性があるんだがね」
「兵糧のことは何とでもなるが……」
リムアーノは大きな溜息をついた。
「指揮官の件ばかりはどうにもならないからなぁ」
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