第29話 レファールとレビェーデ

 レファールも当然、南側の状況については分からない。


 今、把握しているのはレビェーデ、サラーヴィーの部隊が砂煙を立てながらペルシュワカ隊の北側から迂回してきていること、その更に外側からガーシニーの黒騎兵達が回ってきたことである。


(これは容易ではないな)


 スメドアとマフディルはそれぞれ、バラーフ隊とペルシュワカ隊と相対していて、若干優勢ではあるがすぐに戦局を変える状況にはない。


 となると、自分とジュスト、フレリンの三人でレビェーデ、サラーヴィー、ガーシニーを止めなければならない。


(まずガーシニー隊を叩いて、そのうえで一つ一つ潰していくことになるだろうが)


 ガーシニー隊の数は二千弱というところであろう。大分数は減っているが、昨日以上に意気上がっているように見える。




 10分もたたないうちにレビェーデの部隊が回ってきた。先頭近くにいたレビェーデと視線が合う。向こうも気づいたようでニッと笑いかけてきた。


「よう、レファール! こうやって相対するのは7年ぶりだな」


「そうだな……。ヴィルシュハーゼ隊は南に向かったのか?」


「まあな。何せ南にいると、サラーヴィーの奴がメラザに食いつくんで、な。数の少ない俺達としては無駄にしたくないわけだ。あの嬢ちゃんなら、メラザには相性がいいだろうからな」


「……とはいえ、フェザート海軍大臣もいるぞ」


「フェザートくらいだろ? こっちにはおまえもいれば、ジュストもいる。スメドアまでいるし、な」


 レビェーデは弓矢をつがえた。


「ま、御託はいいだろ。さっさと始めようぜ」


 そう言うと、上空に向けて矢を放った。それが合図であったかのように、レビェーデ隊が弓を構える。


「全員、盾を構えろ!」


 レファールが叫ぶのと、レビェーデ隊が一斉に矢が放つのはほぼ同時であった。




 しばらくの間、レビェーデ隊が矢を射まくり、レファール隊は耐えるという展開となる。


(参ったな。ヴィルシュハーゼ隊ほどではないだろうが、さすがにレビェーデの奴が鍛えてきただけのことはある)


 相手が騎兵隊であるので機動力で上回れるのは覚悟していたが、弓の射程までかなり上回られるのは予想していなかった。レビェーデ個人の弓術はもちろん別格としても、個々の兵士達の射程距離もかなり長い。


 一方のレファールはこれまで外交活動で大陸を回っていたので、自前で鍛え上げた兵士が存在しない。もちろん、ナイヴァルの精鋭たちではあるのだが、相手と比べると見劣りするのは否めない。


(今後は自分なりの戦い方を持っておかないと厳しいだろうな……)


 とは思いつつも、ひとまずは防御に専念するしかない。外側の兵士には盾を構えさせて、相手が近づいてくれば内側の者には弓を射させる態勢を整えるが、レビェーデは近づいてこない。


(そうは言っても、無限に矢があるわけではない。補給できる場所もないから、いずれは近づいてくるしかないはずだ)


 レビェーデ隊の面々の矢筒には20本ほどの矢が入っている。しっかりと盾で防げているので被害はごくごく小さい。であれば、近接戦で有利とはいえないまでも互角に戦えるはずであった。


 防御を任せつつ、少し下がって広く戦況を見渡そうとしたその時、右側の端の方が揺らいでいる様子が見えた。


(うん? あれは……)


 かなり遠いのではっきりとは見えないが、昨日までは目の前にあった死神らしき旗が見える。しかし、そこまで広い視野を確保しているわけではない。


 レファールは視線をそちらに向ける。中央近くに死神の旗がたなびいているのが見えた。


(南まで行ったのではなかったのか? 真ん中を突破するつもりなのか?)


 真ん中にはホスフェの二人がいる。フィンブリアもラドリエルもしっかりとした存在であると思ったが、一瞬して不安が過ぎる。


(そういえば、執政官が暗殺されて以降、ラドリエルは精神が不安定な状況になっていたが、大丈夫だろうか……。まあ、仮に抜かれてもシェラビー様が大きな被害を受けることはないはず……)


 とまで考えを進めて、ハッとなる。


(いや、ラドリエル隊の後ろ近くにはクンファ王の部隊がいる。そちらに突っ込まれたら危ない)


 そこで思考は叫び声に遮られる。


「大将! レビェーデ隊が突っ込んできます!」


 注意力を欠いていることに気づいたのであろう、ボーザが叫んだ。


「悪い、悪い。奴らは弓が主体だ! 接近戦なら落ち着けば勝てる!」


 兵士に呼びかけ、応戦させると共に、ボーザに指示を出す。


「ボーザ、ジュストのところに向かってくれ」


「ジュスト将軍ですか?」


「ああ、とにかく早めにガーシニーを撃破してくれ。それが終わったら、本陣の防御に回ってくれとな」


 ボーザが「えっ」と声をあげる。


「本陣ですか?」


「ああ。クンファ王の部隊を守るように動いてくれ。何事もないかもしれないが、それならば後で私が文句を言われるだけのことだ。何かあったら遅い」


「……何だかよく分かりませんが、分かりました! 大将がそう言っていたと伝えてきます」


「ああ、頼む」


 ボーザに馬を貸して向かわせてから、レファールは正面を見据えた。隊の先頭にレビェーデが曲刀を抜いた姿がある。


 剣を抜いて呼びかけた。


「レビェーデ、行くぞ!」


「おお、来いや、レファール!」


 レファールは同時に、後ろに指示を出した。前衛部隊は盾と剣を構えているが、後ろの方の部隊は弓を携えている。それを上空に向けて放った。


「うおっ!? 小癪な!」


 レビェーデが驚きの声をあげた。レビェーデの騎兵隊は弓と曲刀を有しているため、盾の類は持っていない。となると、放物線を描いて落ちてきた矢から守るものは少ない。バタバタと何人かの兵士が矢を受けて地面に転がり落ちた。不運な後続の馬が落下した兵士に巻き込まれて転倒するなど、何か所かで進軍が停止するような事態が発生する。


「おまえ、セコイぞ!」


 レビェーデが苛立った声をあげる。


「先に散々射てきたのはそっちだろうが! 何を都合のいいことを言っているんだ!」


 と反論する頃にはレビェーデの曲刀が振り下ろされる。それを剣で受け止め、逆に突きを繰り出すがレビェーデが身を逸らしてかわす。


「本陣がやばいかもしれないから、いつまでもおまえを相手にはできんしな」


「本陣?」


「ヴィルシュハーゼ隊が中央を突破しようとしているからな」


「えっ、マジか?」


 レビェーデは初めて知ったという様子で視線を南に向ける。


「そうしたら、南にいるこっちの部隊はコルネー軍に袋叩きか?」


「知らん。そうであれば、こちらは楽だがね」


 レビェーデは少し動きを止める。色々考えているようだが、しばらくして自分の中で何か納得したのだろう、二度ほど頷いた。


「……まあ、あの嬢ちゃんが中央を選んだのなら、それ相応の理由があるんだろう」


「だから、こちらはおまえとチンタラやっていられないことになる」


「ちょっと待て、その言い方は俺を舐めてないか? レファール!」


 レビェーデの動きは、怒りの言葉に任せるかのように、速まっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る