第28話 ブローブの決断、フェザートの決断

 南側では、状況の変化にまだ気づくことなく、コルネー軍とルベンス・ネオーペの隊がシャーリー・ホルカールとブルジー・バフラジーの部隊に接近していた。


「我々は南側につける。お前達で叩いてくれ」


 フェザートからの指示が飛ぶ。彼らはヴィルシュハーゼ隊が中央付近に突入したことを知らない。南側まで回ってくることを想定している。その相手を担うのはメラザやムーノでは荷が重い。フェザートが外側に回り、敵の接近を待つ。




 一方、味方側にいることもあって、バフラジー隊とホルカール隊は、ヴィルシュハーゼ隊の行動変更を先に知ることになる。


「あの墓参りっていうのはこういうことだったのか!?」


 シャーリー・ホルカールが頭を抱えて叫んだ。前夜の打ち合わせで「二人の墓参りをする」とルヴィナが答えたことを思い出す。笑えない冗談ではなく、本当に勝利のために二人を犠牲にするということだったらしい。


 北のバフラジーは前日同様、正面のネオーペ隊と対決するようであった。となると、ホルカール隊はコルネー軍全部を相手にすることとなる。幸いにして、相手はまだヴィルシュハーゼ隊が南に来ることを警戒しているようでフェザート隊は戦列に参加していない。


 とはいえ、メラザ・カスルンドとムーノ・アークの二部隊の両隊を相手にするのも一苦労である。「ヴィルシュハーゼ隊は来ない」とフェザートが確信して包囲に回られたら、とても対処できない。




 30分ほどが過ぎた。


 フェザートが首を傾げる。


 騎兵部隊ならもう届いていても不思議ではないはずだが、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼの部隊は影も形も見えない。


 おかしいな、と思ったところで伝令が走ってきた。


「ヴィルシュハーゼ隊は中央のラドリエル隊と交戦を始めたようです」


「ラドリエル・ビーリッツと?」


 フェザートの表情が歪む。


「中央に飛び込むというのは予想外だったが、あの御仁は何となく覇気がない印象はあったからな……。持ちこたえられるかな」


 他人事のように言った後、配置を思い出してハッと口を開ける。


「まずい。陛下が前の方に出ている」


 昨晩の軍議でクンファが戦線をフォローするために前に出ると言っていたことを思い出した。実際、クンファの部隊は昨日より一キロほど前に出ていて、ネオーペ隊のすぐ後ろ近くまで接近していた。


「もし、ラドリエル隊が突破されたら、陛下がヴィルシュハーゼ隊と当たることになる」


 フェザートは背筋が冷たくなるのを感じた。


 フェルディス、いや、ミベルサ全体でも最強と呼ばれるルヴィナ・ヴィルシュハーゼの部隊を相手に実戦経験に乏しいクンファが耐えられるか。


「無理だ……」


 救援に向かうべきだ、フェザートはまずそう考えた。


 しかし、その考えを打ち消す別の考えが浮かぶ。


「だが、前方のホルカール隊を潰す絶好のチャンスでもある」


 メラザとムーノの両隊は前方のホルカール隊を相手に優勢に進めている。ホルカールは援軍が来ないことを知っているのか、異様に消極的で下がりつつ部隊が包囲されないようなルートを取っている。


 ホルカール隊を潰せば、南側は一気に有利になる。その勢いでバフラジーを倒せるだろうし、一気に敵本陣に雪崩れ込むことも可能だ。クンファにかまけてしまうと、眼前の勝機を逃すことにもつながりうる。


「どうすべきなのだ……」


 フェザートは悩む。ほんの僅かな時間であるが、時が重く、重くのしかかってきた。


 一分ほどして、フェザートは膝を打った。


「まずはホルカール隊に集中する。そのうえで、すぐに陛下の救援に向かう」


 ホルカール隊を崩せば、バフラジー隊の攻撃にメラザ、ムーノが参加する。そのうえ自分まで参加する必要はないだろう。仮に救援に向かって、クンファとラジリエルが無事なのであればそのままネオーペ隊の後方から攻めあがればいい。


 そう決断して、前進の指示を出した。


 しかし、次の瞬間、フェザートの表情が凍り付く。


 バフラジー隊の後ろに、前進してくる大きな部隊を見出したからである。




 目の前で西に向かっていったヴィルシュハーゼ隊を見て、ブローブは一瞬口をあんぐりと開けた。


 しかし、そこは大将軍だけのことはある。すぐに冷静さを取り戻す。


「……相変わらず、言うことを聞かない奴だ」


「どうしましょうか?」


 動揺している副官達が尋ねてくる。


「うろたえるな。これまでの戦いを思い出せ。ヴィルシュハーゼ隊の選択には間違いはない。中央に飛び込む方が確実に勝てると踏んだのだ」


「さ、左様でございますね!」


 動揺していた面々が次第に落ち着きを取り戻す。全員、「最後はルヴィナ・ヴィルシュハーゼが何とかしてくれるはずだ」と期待している。その彼女が選んだ選択なら、四の五の言うことはできない。


 実際、ブローブもルヴィナの意図が分からないではなかった。


 仮に南側に回ったとしても、一部隊だけで形勢を変えられるかは定かではない。そこで膠着状態に陥った場合、今回こそ北側が突き崩される心配が出て来る。


 それならば、思い切って正面を崩して、そのまま敵の後方にいる本隊に圧力をかけた方が効果的である。本隊が危ういとなれば北も南も救うために動くしかないからだ。


「とはいえ、ヴィルシュハーゼ隊が南に回らないとなると、ホルカールが窮地に陥る。すぐにホルカールを助けに向かうぞ」


「承知いたしました!」


 と答えるが、何か思いだしたらしく、急に不安そうな様子で尋ねてくる。


「あの……、マハティーラ閣下は?」


 最悪、テントだけ置いて軍を進めるという話は聞いている。しかし、本当にそこまでやってしまうのか。もし、発覚したら後々面倒なことにならないか。


「構わん。責任はすべて私が取る」


 ブローブの言葉に、本隊は一気に意気上がった。


 そのままの勢いで前進を開始し、ホルカールとバフラジーの中間地点あたりへと向かう。




 ブローブ隊が加わっても、南側は依然、コルネー軍の方が優勢である。


 しかし、早期崩壊という事態は避けられた。


 ルヴィナが中央で鎌を振るうだけの時間を確保したのである。


 それは同時にフェザートの目論見が崩れたことも意味していた。とはいえ、一度決定したことを変えるわけにはいかない。


 フェザートはクンファの無事を祈りながら、目の前の敵を切り崩すことに集中するしかなかった。

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