第26話 ルヴィナの決断

フェルディス軍予定進路:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330649689396810


 10日早朝。


 フェルディス軍の動きに最初に気づいたのはフェザート・クリュゲールであった。「あれは……」とつぶやき、すぐにムーノ・アークとメラザ・カスルンドの二人を呼ぶ。


「今日は持ち場を変わるのだ」


 フェザートの指示にメラザが噛みついてくる。


「どういうことですか!? 今日は私がサラーヴィーに負けるとでも?」


「そうではない。サラーヴィー自身が既に向こうにいない」


「向こうにいない?」


 フェザートの言葉にメラザが東側を見た。確かに昨日まであった旗がない。


「逃げた?」


「逃げたのかどうかは知らないが、北に向かっている」


 フェザートが北東側を指さす。そこにサラーヴィーやレビェーデの旗らしきものが見えていた。歩兵を若干上回る速度で北側に向かっている。


「どうやら持ち場を変えるつもりらしい」


「それなら、我々も、北に!」


 息巻くメラザをフェザートが宥める。


「待て、待て。我々は歩兵騎兵併存部隊だ。奴らのような速度で北には移動できない。迂闊に北に動いて、相手が戻ってきたり別の部隊が南に移動してきたりしたら、どうする?」


「な、なるほど」


「私の勘だが、今日は北側にいた騎兵がこちらに来ると思う。単騎が力で崩すサラーヴィーならメラザはかみ合うが、組織的なルヴィナ・ヴィルシュハーゼが相手だと辛いだろう。だからムーノと交代だ」


 とまで説明されると、さすがにメラザも嫌と言い続けることはできない。


「承知しました。ただ、万一サラーヴィーが戻ってきた時は俺とやらせてくださいよ」


「それは分かっている」


 フェザートが了承したのを見て、メラザも納得し、すぐに布陣の移動を始めた。




 レビェーデとサラーヴィーはゆっくりとした動きで北上しながら、南側の様子を見る。


「メラザとムーノが配置を変えているか……。食いついてくることはなかったみたいだな、残念」


 レビェーデが舌打ちをしたが、その瞬間、北から喚声があがった。


「何だ!?」


 一瞬驚いて北を見ると、ヴィルシュハーゼ隊から喚声が上がっている。


「気合が入っているみたいだな」


「どうやって気合を入れているのかねぇ」


 レビェーデもサラーヴィーも、ルヴィナが叫んだりしているところを見たことはない。そのため、どうやってヴィルシュハーゼ隊が士気をあげているのか想像がつかないところがあった。


「訓練だけでできるものなのかね?」


「知らん。終わった後に聞いてみろよ」


 と話しているうちに、距離が近づいてきた。


「おーい、交代だ。頑張ってくれよ!」


 レビェーデが部隊のどこかにいるルヴィナに向けて叫ぶ。




 もちろん、レビェーデ隊とサラーヴィー隊が近づいてきた様子はルヴィナの側からも見て取れた。


「来たわね、そろそろ南に行った方がいいんじゃない?」


「……承知している」


 ルヴィナが指揮棒を取り、高くあげた。シンバルとオーボエの音が鳴り響き、部隊が行動を開始した。



 ほぼ同じタイミングで、フェルディス軍の出撃の太鼓も鳴らされる。


 フェルディス軍が前進を開始し、それに応じて連合軍側も前進を開始した。




 北側にいるレファールの目にも、フェルディス軍が変化を交えてきた様子ははっきりと映る。


「北と南の騎兵部隊を入れ替えるのか?」


 レビェーデとサラーヴィーの旗が北に向かい、ルヴィナの部隊は南に向かいそうである。ただ、残るガーシニーの小隊は残ったままである。


「ヴィルシュハーゼ隊がコルネーを叩くつもりなんですかね?」


 ボーザが推測を口にした。レファールも頷く。


「サラーヴィーがメラザに釘付けにされるのを嫌ったのかもしれないな。メラザは個人としては強いが、組織的な動きにはそれほど慣れていない。ルヴィナが相手だと厳しいかもしれない」


「ただ、フェザート大臣にムーノ大臣がいますから」


「ああ、仮にメラザが崩れたとしても、戦線が全面的に崩れるということはないはずだ」


 一瞬、南側に視線を向けてから、顔を二度ほど振った。


「コルネーの心配ばかりしていられない。今日はレビェーデとサラーヴィーと相対することになりそうだからな。ルヴィナ・ヴィルシュハーゼも厄介だが、あの二人も当然に厄介だ」


 二人を相手にするとなると、七年前まで遡ることになる。レファールにとっては初陣となったプロクブルでの海戦以来だ。


「あの時のあいつらはほとんど兵もいなかったが、今回は部隊がついている。心してかからないとやばいぞ」


「了解!」


 ボーザもすぐに反応する。


 レビェーデとサラーヴィーに関しては知り合いである者も多い。


 それだけに「あいつらには絶対に負けられない」という思いがある。


 自覚しているわけでもないし、そうしようと思っていた者もいないが、この日のレファール隊は前日よりも遥かに気合が入っていた。




 フェルディス軍の本陣で、ブローブ・リザーニも騎兵隊が南北を移動している様子を眺めていた。


「閣下はテントの中におるな?」


「はい。腹心たちと朝から酒宴をしています」


「良かろう」


 本陣の一角に豪華なテントを設置し、そこの中に大量のワインを運ばせてあった。戦闘が継続している間、その中にいるだろうから、周りのことには気が付かないはずである。


 その間に何とか戦闘を終了させる。


 ブローブは険しい目つきで南下を始めたルヴィナの部隊に視線を向け、部下達に指示を出す。


「ヴィルシュハーゼ隊が我々よりも南に移動したら、我々も前進する!」


 配下たちも「おお!」と喚声をあげて応え、その時を待つ。



 しかし、その時は来なかった。


 ヴィルシュハーゼ隊がブローブ隊の正面あたりまで来たところで突然短く激しい音が響き渡り、同時に部隊が西へと進路を変えたのである。




「えっ、ちょっと?」


 クリスティーヌが驚きの声をあげ、ルヴィナを見た。


 西に向かうのが早すぎる、そうした抗議の表情が浮かんでいる。


 しかし、ルヴィナの表情には何の変化もない。クリスティーヌをチラッと見た後は、真正面を見据えている。


「ルー!?」


 クリスティーヌが再度叫ぶ。ただ、叫んでいるのは彼女だけである。作戦の概要を聞いているのはクリスティーヌとスーテルの二人だけであり、もう一人の突撃隊長グッジェン・ベルウッダや若手幹部衆も細かいことは聞いていない。だから、兵士達はもちろん疑うことなく音に従って進んでいる。


 前方にいるリムアーノ隊の後方が、ルヴィナ隊に気づきどよめきの声をあげる。


 そうした声を全く意に介することない。ルヴィナは前進の合図を出し続け、それに従って隊はリムアーノ隊の僅かに左に向かっていく。


「これでいいの!?」


 クリスティーヌが最後の確認とばかりに叫んだ。


「私を信じろ! このまま進め!」


 指揮棒を振るいながらルヴィナも叫んだ。



 ヴィルシュハーゼ隊はリムアーノ隊の左を抜けて連合軍の隊列に突入する。


 ラドリエル・ビーリッツの部隊から、悲鳴のような声が次々とあがった。

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