第25話 最終日を前に ~フェルディス軍~

 ほぼ同じ時刻、フェルディス陣営でも指揮官が集結していた。いや、一名だけ、マハティーラ・ファールフのみは今日も酒宴に参加していて出ていないが。


「どうだった?」


 リムアーノがレビェーデに声をかける。


「正直、コルネー軍には全く隙はないと思った。ただ、一つだけ方法を思いついた」


「ほう、何だ?」


「メラザの部隊だが、サラーヴィーのことしか考えていない。他の連中のことを考えていないように思える」


「……ということは、明日はおまえがメラザを受け持つと?」


 レビェーデは「そうじゃない」と首を左右に振った。


「サラーヴィーも血の気の多い奴だ。メラザが挑発すれば応じてしまう可能性がある。そこで、だ」


 レビェーデは南と北と視線を動かす。


「明日の早朝、俺とサラーヴィーは北側に移動する。そのうえでルヴィナの嬢ちゃんに南側に移動させ、メラザを叩いてもらう」


「……」


 名前が出たことで、ルヴィナも視線を向けてきた。無言ではあるが、表情は「続きを」と促しているように見える。


「メラザはサラーヴィー対策はしっかりしているが、ルヴィナのことは考えていないだろう。良くも悪くもクールな嬢ちゃんなら、メラザが何を吼えようが構わず撃破できるんじゃないかと」


「……なるほど」


 リムアーノは頷きつつ、首を傾げた。


「それなら、夜のうちにやってしまってもいいのではないか? 明日の早朝にやるのは遅いようにも思うが」


 提案に対して、レビェーデは手を左右に振る。


「夜にやってもいいのだが、朝、見えるところで移動することで、メラザがつられて北側に移動してくれる期待がある。奴の部隊が真ん中ら辺りで浮くことになれば色々楽になる。もちろん、メラザが必ずそう動くという保証はないが、引っ掛かってくれれば儲けものだろうということで」


 レビェーデの説明に、リムアーノは頷き、ルヴィナの方を向いた。


「……ということだが、どうだろう?」


「私は構わない。ホルカールとバフラジーの墓参りもするつもりだ」


「い、いや、騎兵隊だから素早く動けば間に合うだろう……」


 唐突に二人の戦死を断言してしまい、リムアーノが苦笑する一方、名指しされた二人は「げっ」という顔をしている。


「私はどうすればいい?」


 昼間、壊滅したガーシニー・ハリルファが不機嫌そうな様子で問いかけてきた。やむをえないことと自己を納得させようとさせつつ、見殺しにされたという思いもあるようだ。


「ソセロン軍はそのまま北に行こう。多分、レファール達は壊滅させようとしてくるから、それを俺とサラーヴィーでサポートする」


 サポートするという言葉にガーシニーは納得したらしい。「明日早朝までに再編を完了させる」と言って出て行った。歩兵を指揮する面々も一人、また一人と持ち場に帰っていく。ホルカールとバフラジーはルヴィナに対して、「明日、本当に頼みますよ」と救いを求めるような挨拶をして戻っていく。


 ルヴィナとレビェーデ、リムアーノとブローブが残った。


「大将軍も明日は苦しいところを支えてください」


「……分かっている。閣下のテントを置いて、部隊を前に進めることにする」


「……テントだけ攻撃されたらどうするんだ? いや、俺には関係ないけどさ」


 レビェーデが苦笑した。その肩をリムアーノが叩く。


「我々は耐えることはできても、突破することはできない。おまえやヴィルシュハーゼ伯が何とかすることを待つしかない。明日は性根を据えて待ち続ける」


「おう、突破の約束はできんが、全力は尽くす。な、ルヴィナ」


「……同じく」


 ルヴィナもぶっきらぼうに答える。


 それでも安心したのだろう、ブローブもリムアーノも頷いて外に出て、解散となった。




 7月10日、早朝。


 ルヴィナは一足早く起き、棒を眺めつつ、陣地を歩き回る。


 南の方を向くと、既にレビェーデとサラーヴィーが南側への展開を開始していた。作戦通りであれば、もうしばらくしたら、これみよがしにこちら側に向かってくるのだろう。


「おはよう。随分早いわね」


 クリスティーヌがいつの間にか後ろについていた。その姿をチラリと確認し、西側の連合軍の布陣を眺める。そのまましばらく眺めて、ぽつりと言う。


「クリス、20分で皆を整列させてほしい」


 クリスティーヌはその一言で大方のことを察したようである。「了解」とだけ言い、すぐに外に向かった。


 ルヴィナは大きく深呼吸をし、軽く声を出す練習を始めた。



 20分後、整列されたヴィルシュハーゼ隊の前に壇を置き、ルヴィナが立つ。一同を見渡し、まず西側にいる連合軍を、続いて東側にいるフェルディス軍に向けて手を広げて、叫ぶ。


「多くの者が、このシールヤまでやってきた! 大陸中から軍を率いて、この地に集まり、自らの運命を賭けている!」


 兵士達が一斉にクリスティーヌを見た。合いの手を打つのかと思ったのであろう。クリスティーヌは視線に気づき、「分からない」とばかりに首を左右に振った。その間、ルヴィナが続ける。


「今、私も運命を賭けよう!」


 兵士達からどよめきの声が上がった。ルヴィナは更に続ける。


「私の運命を賭けよう! この血と命とともに!」


 ルヴィナは空を指さした。


「あの大空が誰かのものとなったことはない! このミベルサ、母なる大地も誰のものとなったこともない! 誰も、これを自らのものとなすことはできない!」


 ルヴィナは大きく息を吸い、再度続ける。


「誰も、誰も、自らのものとなすことはできない! フェルディスも、ナイヴァルも、だ!」


 誰からともなく「そうだ!」という声があがった。


「私はこの大地に運命を賭ける! 大いなる誇りをもって! 純粋なる誇りをもって!」


 ルヴィナは両手を広げて宣言し、その間にチラリとスーテルに視線を向ける。


「皆も運命を賭けてほしい! この愛する大空、愛する大地、愛する者達、愛する三つのもののために!」


 スーテルが立ち上がって叫ぶ。


「私も運命を賭けようとも! 愛する三つのもののために、この地で死のう!」


 ルヴィナは激しく首を振って、拳を振り上げた。


「いいや、愛する三つのもののために戦い、生を掴むのだ!」

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