第23話 優勢と劣勢
午後2時、北側でも両軍が動き出していた。
スメドアがバフラジー、マフディルがペルシュワカの部隊を正面に見据えて前進していき、レファールはその更に北側を前進していき、奥にいるヴィルシュハーゼ隊の補足を目指す。
レファール自身は騎乗しているが、隊はほぼ全員が歩兵であるので、補足は簡単ではないが、幸いなことに明確な目標がないのだろう、大がかりな攻撃はしてこない。移動しながらの射撃という消極的な戦法に終始していた。
「大将、今日は相手さん、元気がないんですかね?」
自軍が有利な展開にボーザの口も滑らかである。
「そうかもしれないが、相手はミベルサでも最強の部隊だということを忘れるな」
「了解ですよ」
というボーザの声は無視して、背後を見た。
ジュストとフレリン、二人の指揮する騎兵隊が隠れるように待機している。
(恐らく、自分達が全面的に攻撃を仕掛けると背後の部隊が出て来ることに勘づいているのだろうな……)
仮にレファールの部隊に食いついてくれば、二人の部隊に指示を出して、死角側に回って包囲攻撃、側面攻撃をする手はずはできている。しかし、距離を取られていると両部隊を動かしたところで効果は少ない。
(ルヴィナは無理だろうが、ソセロンの連中は……)
もっとも、レファールもルヴィナが安易に勝負を仕掛けてこないことは予想していた。狙いは背後にいるガーシニー隊の方へ向く。
ガーシニー・ハリルファに対しては特に指示は出されていない。すなわち、フリーハンドの状態にあった。
彼らの視線はどこに向いているかというと、翻るナイヴァルのユマド神の旗であった。ほぼ全てのものが血走った目でナイヴァルの旗を眺めている。
「異端者達を仕留める好機ですぞ!」
騎兵の一人が叫ぶ。皆が同じ気持ちなのであろう、その声はあっという間に広がっていく。
指揮官のガーシニーはさすがに部下の叫び声に安易に乗ることはないが、それでも腰は鞍の上に浮いている。
「ガーシニー様! あの異端者への攻撃の許可を!」
近くの者が呼びかける。異端者という点では、前方にいるスメドア、マフディル、レファール全員がそうなる。兵力差を考えるととても勝負にならないが、勇猛なソセロン騎兵は気にしている様子はない。
もちろん、ガーシニーはさすがにそこまで無責任ではない。前日の戦いから、前方にいる相手はナイヴァルだけでないということも理解している。
とはいえ、冷静沈着という人物でもない。分かりやすく言えば、いつまでも我慢ができない。
「よし、ヴィルシュハーゼ隊に応援を求めよ。両部隊で襲い掛かれば、即座に叩ける」
伝令を送り、ガーシニーは部下に向かって叫ぶ。
「行くぞ! 異端者を許すな!」
殺気走った騎兵隊が勇躍、前進を始めた。
ガーシニーの伝令から報告と応援要請を受けたルヴィナの回答は「冗談ではない!」であった。
「レファールの位置は罠。そこに飛び込んでも包囲されるだけ。何故分からない?」
「昨日、何も考えず突っ込んで行って、無事だったものね。どうする?」
クリスティーヌの「どうする?」には「捨てる?」というニュアンスも含まれている。
ガーシニーの部隊が動き出した途端、レファール隊の旗の動きが変わる。途端にレファール隊の背後から砂煙があがるのが見えた。連合軍の騎兵達が動き出したのだろう。
「少なくともジュスト・ヴァンランがいる。更にもう一隊いる可能性も高い。直接の支援は行けない。こちらも被害を受ける」
「じゃ、放置?」
「……まだ戦いは続く。頭の痛い奴だが全滅されると困る」
ルヴィナはスーテルを呼んだ。
「二手に分ける。私はガーシニーを支援する。大叔父は北側を牽制してほしい。最優先は本陣に敵を回さないこと。下がりつつ、相手と距離を取りつつ、北に流れる」
「分かった」
スーテルも心得たものである。すぐに部隊を割り、双方とも距離を取りつつ射撃に専念した。
「うわぁ、畜生!」
ボーザの忌々し気な声が聞こえる。
自軍に向かってきたガーシニー隊に対して、ジュスト部隊が挟み込むように動き出した。この時点でガーシニー隊に対しては圧倒的優勢に立てる。更にフレリン・レクロールの部隊を最北から迂回させて一気に北側全体で包囲網を完成させようとしたところで、ヴィルシュハーゼ隊が後退しつつ二手に分けて、北側にも部隊を回す。
距離を取っての射撃であるから、脅威としては低い。
しかし、相手にしない訳にもいかない。仮に後ろを見せたりすると、一転して突撃をかけてくる可能性がある。ヴィルシュハーゼ隊の突撃を横面や背後から食いたいと思う者はいない。
包囲の形勢は難しそうだということはすぐに理解した。ヴィルシュハーゼ隊の練度はずば抜けている。彼らが包囲させないことに専念すると、包囲的な動きはかなりの制約を受ける。
分離したヴィルシュハーゼ隊の一方は巧妙に距離をとる。フレリン隊が思わず食いつきたくなる距離であるが、そこに食いつくとジュスト隊と切り離される。下手をするとヴィルシュハーゼの二隊に包囲されるなどする可能性がある。
「本当に厄介ですねぇ……。あの死神の旗の面々は」
どうやら包囲はできないと悟ったボーザが溜息をついた。
「まあな」
レファールも応じるが、ボーザほど暗い感情ではない。
確かに最上の結果ではない。しかし、十分な結果ではあることも確かであった。
ジュスト隊はガーシニー隊を20分程度で壊滅させ、ガーシニー・ハリルファを含めた騎兵達は霧散して思い思いの方向に逃げている。
「私達が負けることがあるとすれば原因になるのは、レビェーデとサラーヴィーが四、ルヴィナが六だろう。つまり、ルヴィナを防戦に集中させていれば負けることはないし、今のようにソセロン部隊を切り落としたりするなどの結果を出せる」
「なるほど……。つまり、このままでいいというわけですか?」
「そうだ。もちろん、相手もこのままの状況ではまずいと理解しているし、何かしら手を打ってくるとは思うが」
7月9日の午後2時に始まった戦いは6時頃には終了し、お互い下がることとなった。
連合軍側はほとんど被害がない。僅かにネオーペ隊が削られたことと、レビェーデの攻撃を受けたコルネー軍に若干の死者が出た程度であった。
一方、フェルディス軍はガーシニー隊が一旦は壊滅するなど、兵力の半数近くを失うこととなった。南端でコルネー軍の総攻撃を受けていたホルカール隊も一割くらいの損耗が出ている。
優勢劣勢をつけるとなれば、軍配は確実に連合軍側に上がる。
フェルディス側には何かの変化が必要であった。
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