第22話 動けぬレビェーデ

 接敵から一時間半が過ぎたが、全体としての形勢は大きくは変わらない。


(さて、どこから手をつけたものか……)


 傍観していたこともあり、レビェーデ隊は時折弓をパラパラと放つ以外の行動はしていない。ここから挽回のために参戦しなければならないが……


(全体として押されているからな……)


 互角に近いのはメラザとやりあっているサラーヴィーくらいで、他はじりじりと押されている。さりとて、どこも崩壊しそうではない。


 変に手助けをするとバランスを崩してしまう恐れがあった。


(いや、待てよ……)


 全域で劣勢であるが、その劣勢の度合いには違いがある。コルネー軍の攻撃を受けているホルカールは苦戦の度合いが強く、逆にネオーペの攻撃を受けているバラーフは苦労しつつも何とか隊列を整えている。


 進軍の度合いが異なるということは、それだけ間隙が生じやすいということである。


「よし、悪いがみんなにはもう少し持ちこたえてもらおう」


 レビェーデはネオーペとフェザートの部隊の間を指さした。


「あの間を抜けて、一気に敵本陣を襲う!」


 レビェーデの宣言に兵士達が「おおっ?」と驚き、次いで歓声があがった。ここで一気に敵本陣を狙うことができれば全体で形勢をひっくり返すことができる。


「よし、行くぞ! ……あっ!?」


 叫んで、今まさにジェイルを走らせようとしていたレビェーデが思わず声をあげた。


 視力のいいレビェーデには、敵部隊の後ろの方も見える。だからこそ、後方にいるシェラビー部隊が、まさに今、生じようとしている間隙を埋めんと移動を始めていることにも気づいた。




 シェラビーは本陣で全体の様子を見ていた。


「南側の方、多少気になるな」


 という声に、ジュカ・スルートが不思議そうに首を傾げる。


「優勢なように見えますが」


「いや、だからこそ気になるのだ。中央のホスフェ隊がほぼ互角で、ネオーペがまあまあ優勢、コルネー隊は押している。隊列が歪んできているということは、どこかに脆いポイントが出て来るかもしれない」


「なるほど。確かに……」


「レビェーデかサラーヴィーなら、その脆くなったポイントをへし折りに来るかもしれん。念のために前に出てサポートできるようにしておこう」


「分かりました」


 かくして、シェラビー隊は南東に進軍を始めたのであった。




 シェラビーの前進方向は、コルネー王クンファの前を覆う形になる。


「……一体何だ?」


 クンファの部隊は、シェラビーのような経験がないので、唐突に自分達の前に進んできている意図が分からない。といって放置しておくわけにもいかないので、シェラビー隊に伝令を送って意図を確認することにする。


 程なく戻ってきた伝令から意図を聞かされ、クンファは腕を組んだ。


「なるほど。後方から前方の綻びを察知してそこを補修するということか。さすがにシェラビー枢機卿……」


 エルシスの方に向き直る。


「このままでは我々は何もしていないことになるが、どうすればいいと思う?」


「うーむ、難しいですな……。シェラビー枢機卿が南側を抑えようとしているということは北側には問題がなさそうだということになります。そのうえで南側を抑えるということは、私達が迂闊に動くとかえって邪魔になる可能性があります」


「……ということは、私達だけ蚊帳の外ということか」


「やむを得ません。置いてきぼりという無念さはありますが、今は彼らの戦い方を見て、経験を積むということが大切でありましょう」


「うーむ……」


 クンファは悔しそうに歯噛みするが、エルシスの言うことが正しいことは理解しているのだろう。その日、進軍の命令を出すことはなかった。



 レビェーデは唇を尖らせて、弓を手持無沙汰に回していた。


 頭の中で色々想定してみるが、ネオーペとフェザートの間を突破することはできても、その後ろに近づいてきているシェラビー隊を突破できるイメージは湧いてこない。むしろ、三つの部隊に囲まれてしまい、全滅する危険性すらある。


「ダメだ……」


 レビェーデは突破を諦めた。


「今日は無理だ。遊牧式射撃を繰り返して、味方のサポートに専念するしかない」

「今日は、ということは、明日は何とかなりそうですか?」


 近くにいたロジャー・マンタナが尋ねてくる。


「あぁ、何とかなるかは分からん。ただ、一つだけ考えがある。それが何であるかは秘密だ。とりあえず今日を持ちこたえんことには、な」


 そう言って、矢を二本つがえて、前進を開始した。




 3キロほど南にある高台に、ノルベルファールン・クロアラントの姿があった。地面に置いた望遠鏡で戦況を把握しながら、唸ったり感心したりしている。


 ノルンは仲裁役として戦場までかけつけていたが、シールヤ平原は広く平坦な地形であるため、全体を把握できない。やむなく、付近で一番の高台であるこの場に滞在して戦況を把握していた。


 その近くにはエルミーズから連れてきた女性が3人と、護衛が4人いる。


「シェラビー・カルーグ枢機卿はあまり最前線には出ていないようですが、さすがに機を見るに敏ですね。ここでレビェーデ隊の行動を封じにかかっているのはさすがです」


 ノルンはエルミーズから来た中でもっとも若いマーニャ・シセルプトに話している。残り二人はノルンが連れてきていたが、このマーニャのみはメリスフェールの要請で連れてきていた。


 どうやら、自分が年少者の女性には関心を示さないということにメリスフェールは感づいたらしい。ノルンはそう解釈していたが、実際、子供っぽいマーニャには何らの関心も抱くことはない。


 一方、マーニャは情勢を後々メリスフェールに、場合によってはサリュフネーテやリュインフェアにも報告するのであろう。ノルンが語る戦況について、その意図を一々確認してくる。


「結局のところ、どちらが有利なのでしょう?」


「今は連合軍の方が有利なようには見えますね。連合軍は寄せ集めであるはずですが、思っていたよりもまとまりがあります。フェルディス軍はそうでなくても数で劣るのに、本陣が全く関与していないので更に苦しい状況になっていますね」


「では、このまま連合軍が押し切るのでしょうか?」


「まあ、何事もなければ……ただ」


 ノルンは頭の後ろで手を組む。


「フェルディス軍には理解を超えたことを仕出かす人が三人いますからねぇ」


戦況図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330649542287479

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