第21話 見つからない糸口

 午後、レビェーデは新しい愛馬ジェイルにまたがり、西の方に視線を向ける。


 既に正面にいるコルネー軍は動き出す準備を見せていた。


「うーむ……」


 腕組みをして唸ったところ、サラーヴィーが「何、唸ってんだ?」とけげんな視線を向けてくる。


「いや、あいつらと交戦しながら、相手の隙を見つけ出すのは中々に大変そうだと思ってな」


「隙?」


「手数で劣勢なんでな、今日は相手の隙を見つけて、明日勝負をかける、と」


 サラーヴィーの顔が歪む。


「何だ、そりゃ。そんなまどろっこしいことをするより、今日カタをつけるよう頑張る方がいいんじゃねえのか?」


「おまえはそうすればいいさ。どうせ、メラザと延々打ち合うだけになるんだろうが」


「何だと!?」


 サラーヴィーが食って掛かろうとしたところで、コルネー軍で太鼓が鳴らされる。本格的に移動が始まるとなると、のんびりしていられない。


「やれやれ……。うん?」


 南北を見渡しているうち、レビェーデは目を見張った。前日の布陣ではホスフェ隊の後ろにいたはずのルベンス・ネオーペの部隊がコルネー軍のすぐ北側にいて、南側に向かってきている。


「リムアーノの旦那はホスフェの二部隊でいいから、こちら側に圧力をかけるってわけか。この状況でのんびり見極めるのっていうのは中々厳しいな」


 レビェーデは既に持ち場に戻ったサラーヴィーの方を見た。


 軽口は叩いたものの、こうなってはサラーヴィーの奮起に期待せざるを得ない。


 もちろん、サージェラウ・バラーフとシャーリー・ホルカールの両隊にも。




 サラーヴィーを先に行かせて、レビェーデは後方から様子を伺う。元々弓矢が得意で視力も圧倒的に秀でている。


(今まで考えたことがなかったが、遠くまで見通せるというのは俺の将器という点では一つ強みと言えるのかもしれんな)


 そう思いながら、北へ南へと目線を向ける。


 まず、北側にいるバラーフ隊がネオーペ隊へと向かっていった。数は七千、一方のネオーペ軍は二万の大所帯であるから、兵力差はかなり厳しい。


 ただ、ルベンス・ネオーペに関しては「与しやすし」という感覚はあった。サンウマ・トリフタ戦役では、サンウマ城をコルネー軍相手に防衛していたという実績はあるが、それにしても実質はスメドアのものである。それ以外には何らの実績もないし、ナイヴァルで内乱が起きていた時にも何も動いていない。


 三倍近い兵力差があるが、バラーフが極端に苦戦することはないと思われていた。


 のであるが……。



「おいおい」


 レビェーデは思わず頭を抱えそうになった。


 弱いと思われていたルベンス・ネオーペの部隊はかなり強い。バラーフが接敵して、ほぼ即座に防戦一方の構えとなりジリジリと下げられていく。


「兵士達の士気が高いな」


 しばらく眺めているうちに、指揮が秀逸なのではなく、兵士の士気が高いのだということに気づく。何故高いのだろうかと考えているうちに、北のガーシニーのことに思い至った。


「奴らはナイヴァルの保守派だから、ソセロンのことは嫌いだろう。それに、政治的に劣勢だから、ここらで保守派の存在感を発揮したいという思いが個別にあるのかもしれないな」


 既にミーシャ・サーディヤの時代から始まっていた、宗教色の薄い政権運営は総主教ワグ・ロバーツの就任とシェラビーの実権掌握で確実なものとなった。宗教心の強い面々は日陰に追いやられている。


 であるから、基本的には不満分子で意欲も低いだろうと想像していたが、戦いぶりを見る限り全くそうではない。かなり意外である。


(幹部が優秀なのかね……?)


 日陰に追いやられてはいるが、そんな状況でも前向きに「こういう状況だからこそ信仰心に溢れた兵士の強さを見せて、扱いを良くさせてやろう」と思う者がいるのかもしれない。


(あるいは、シェラビーの大旦那が何人か焚きつけているということもあるかもしれないな)


 シェラビーの調整能力は群を抜いている。ネオーペ家にいる幹部数名に対して独自に名誉挽回と出世のチャンスを与えていたとしても不思議はない。


 いずれにせよ、レビェーデは考えを改めざるを得ない。


 ルベンス・ネオーペの軍は強い。もちろん、レビェーデやサラーヴィーが全力をもって当たれば後退させることは可能であろう。しかし、それはリムアーノの望んでいるものとは違う。


「やばいな。話が色々と変わってきたぞ」


 基本的にルベンス・ネオーペを反撃のための踏み石として想定していたので、レビェーデは内心に焦りを抱く。


 改めて自分の前を向いた。先ほどからワイワイ叫び声がしていたが、やはりサラーヴィーはメラザと打ち合っている。最終的にはサラーヴィー優勢で終わるだろうと思うが、簡単に決着はつかなさそうである。


 レビェーデが様子見していることもあり、シャーリー・ホルカールがムーノ・アークとフェザート・クリュゲールの部隊に応戦していた。


(あいつは意外とやる感じだな……)


 悪い誤算がルベンス・ネオーペ部隊の予想外の強さであれば、良い誤算はシャーリー・ホルカールの善戦であろうか。押されてはいるがうまいこといなしている。


(確かリヒラテラで戦死した兄は突撃隊長みたいな奴だったんだよな。ルヴィナがいることを考えると、フェルディス全軍に向いているのは弟の方かもしれないな)


 北側のバラーフも厳しい状況ではあるが、何とか持ちこたえてはいる。


(ここから、これ以上の成果をあげることはできるのだろうか……)


 現在、レビェーデが戦線にいないことでジリジリと押されている。仮に自分が参戦すれば形勢は良くなるが、一気に突き崩せるかというと疑問があった。




 更に北の方に視線を向けてみると、リムアーノはフィンブリアとラドリエルというホスフェの両部隊の攻撃を防いでいる。


(あの二人も侮れないし、リムアーノが中央突破というのも考えづらいな)


 そうなると、北側ということになるが、ここにいる面々を考えてみても。


(レファールにスメドアがいて、更にフォクゼーレやイルーゼンの連中がいる。さすがのルヴィナといえども、これを突破するのは厳しいだろうなぁ。となると、ソセロンのガーシニーのまさかを期待するしかないのだろうか)


 レビェーデはそう考えた。


 この日、レビェーデの考えとは全く逆の形でガーシニー隊に「まさか」ということが起こることになるが、もちろん、まだ知る由もなかった。

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