第20話 リムアーノと慰霊式

 同日午前、フェルディス軍でも会議が開催されていた。


 中央にいるのは、リムアーノ・ニッキーウェイではなく、大将軍ブローブ・リザーニであった。当然、一同から「ここにいて大丈夫なのですか?」という声があがるが。


「閣下は昨晩の酒宴で、まだ眠っている。心配は無用だ」


 重々しい答えとともに、一同に安堵の空気が広がった。


「……閣下はさておくとして、昨晩色々あったことで兵士達の精神的な疲労は相当なものだ。午前中は休憩とするが、念のため相手の動きには対応できるようにしてもらいたい」


「分かりました」


「午前中、私は戦死者の霊を祭る式典を執り行いたいと考えている。大将軍、ヴィルシュハーゼ伯、レビェーデ殿は来てもらいたいが、他は参加しなくて構わない。敵がどう動くか分からないからな」


 一同から再度「分かりました」という答えが出る。


「本日の基本的な方針だが、昨日立てた方針と同じもので行きたいと考えているが、どうだろうか?」


 問いかけるが、反論はない。


「それでは、午後はこれで応じたいと思う」


 場をお開きとし、従軍している司祭を呼んできてもらうと同時に、ブローブ、ルヴィナ、レビェーデには残るように再度頼み込んだ。



 30分後、お開きとなったところに四人だけとなり、リムアーノが再度口を開く。


「正直言うと、今日も苦戦すると思う」


「……こちらは受け身。仕方がない」


「ああ、今のところ、相手の方が打つ手も多そうに見えるし、私の作戦でその打開まで至るのは現実的ではない。だから、今日の戦いでレビェーデ殿とヴィルシュハーゼ伯には相手に付け入る隙がないかを見てもらいたい」


 レビェーデが「なるほど」と腕組みをする。ちなみに彼は、サラーヴィーは除外で自分が格上扱いを受けたことに満足しているのか、上機嫌であることが傍目にも分かる。


「今日は攻めさせておいて、相手の弱点となりそうなところを見つけて、明日相手がトドメを刺しにきたところでカウンターを決めるわけか」


「……勝利への道筋となると、それしか思いつかない」


「弱点がなかったらどうするんだ?」


「どうしようもない」


 率直な言葉に、レビェーデが苦笑する。


「そいつは参ったね。とはいえ、相手も相手だ、苦戦は仕方ないところではあるな。分かった、打開の糸口を探ってみるよ」


 レビェーデの回答に頷いて、今度はブローブに向き直る。


「ということで、今日はともかく、明日は本陣にも攻撃が来る可能性があります。なるべく避けたいとは思っていますが」


「仕方ないだろうな。閣下を蚊帳の外に置いて、必要な防御行動はとれるようにしておくので気にせず本陣も使うといい」


 ブローブも頷いた。


「それでは、今日もよろしく頼む」


 リムアーノは頭を下げて、三人に自隊に戻るように促す。ルヴィナがけげんな顔をした。


「ニッキーウェイ侯は?」


「私は慰霊の方もとりおこなってから、合流する。午後までには戻るので、心配はしないでほしい」


「……了解した」


 三人はそれぞれ戻っていき、リムアーノはその場に腰かけて司祭を待った。




 程なく、二人組の司祭がやってきた。


「……おや?」


 二人ともまだ30にもなっていない若手司祭であった。


「レムーア・マイソエルと申します」


「パーミル・ガルーターです」


「……大将軍もまた随分と若い司祭を連れてきたものだな。俺が言うことではないのかもしれないが」


 リムアーノにしても、28歳であるから、年齢に関しては人のことは言えない。


 二人の司祭は顔を見合わせて、快活に笑う。


「それはまあ、カナージュにいる上級司祭達が遥々戦場まで来るはずがありません」


「なるほど。納得した」


「ついでに、我々はカナージュ中央教会で疎まれていますし、ね」


「それは初耳だ。何をしたのだ?」


 リムアーノは教会の活動には興味がない。より正確には神がどうこうということに興味がない。これはリムアーノに限ったことではなく、フェルディスには宗教心が薄い人間が多い。ソセロンからイルーゼン、ナイヴァルと宗教色が強い地域が多いため、それに反発する人間が集まっているということもあるのだろう。


「教会活動はもっと簡素化すべしと主張しました」


「簡素化すべき?」


「はい。サンウマ以外のナイヴァルに行けば分かると思うのですが、人が宗教的な活動を多くすればするほど、他のことがないがしろにされてしまいます。もちろん、神がそういう人がさぼった分を手伝ってくれればいいのですが、そういうことはないですからね」


「それはもっともだが……、そんなことを言えば、教会から嫌われるのは当然だろう」


 感心するというより呆れてしまう話である。


 そうでなくても存在感の薄いフェルディスの教会としては、何とか多くの人間に関心をもってもらいたいと思っているはずだ。そこに「簡素化しよう、教会は最低限でいい」などという司祭が現れては大変である。


「……お前達の事情は何となく分かった。教会の簡素化については何とも言えないが、こうした戦場では長々やられると大変だし、有難いかもしれないな。それでは手早く頼む」


「分かりました」


 と、パーミルが用意していた棚などを組み立て、簡易な祭壇を作り始める。


「しかし、ニッキーウェイ侯はいつもこのようなことを?」


 その間、レムーアと話をすることになる。


「いや、いつもは戦争終了後に執り行っているが、今回に関しては、俺が作戦その他について責任を負っているからな。もちろん、避けられないことであることは理解しているが、俺やフェルディスのために死んでいった者達をないがしろにもできんからな」


「ニッキーウェイ侯、そういうのが無駄な宗教心なのですよ」


「何!?」


「それこそ、終わってからまとめてやればいいのです。ニッキーウェイ侯が作戦その他に責任を負うのなら、今、まさにそのことに専念していただかなければ。安易な宗教心に逃れて責任を放棄してしまって、より多くの戦死者が出たらどうするのです?」


 レムーアが滔々と語る一方、リムアーノは絶句する。そこに祭壇を組み立てているパーミルが本気か冗談か。


「戦死者が多いと、教会の仕事は増えるからいいのかもしれませんがねぇ」


 などと言うものだから、溜まったものではない。


「……お前達の言うことをそのまま受け取るならば、戻った後も、領内その他の人間のことがあるから、俺は儀式など出ない方がいいということにならないか?」


「はい。ですので、色々簡素化した方が、結果として良くなります。宗教的なことに関しましては私達がしっかりやればいいわけですので。戦場に素人の私達がいらないのと同じですよ」


「なるほどなぁ」


 リムアーノは深い息を吐いて頷いた。


 教会がこの二人を疎んでいるのは理解した。しかし、教会が何故軍の要請にこの二人を派遣したのかは理解できない。


(こいつらを連れてきて、俺を含めた指揮官が激怒して教会との縁を切るというようなことは想定しなかったのかね……?)


 ここまでとんでもないと怒るというよりも、呆れるという方が正しかったが。

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