第19話 仕切り直し

 7月9日、朝。


 シェラビー・カルーグの本陣に、レファールとフェザートらの姿があった。


「フィンブリアよ……」


 全員の冷たい視線がフィンブリアに降り注ぐ。勝手に夜半に進軍して様々な偶発的事項を引き起こしたから当然といえば当然であるが、本人にはあまり悪びれたところはない。


「与えた被害はこちらの方が大きかったんだし、文句言われる筋合いはねえと思うんだけどなぁ」


「……いや、そういう問題ではなくてだな」


 レファールも早朝に戦場を見回している。


 確かに戦場を見た限り、倒れている兵士はフェルディス兵の方が多かったのは事実だ。リムアーノ隊は弓兵に少なくない被害を出しており、今日以降の戦いにも影響するであろう。


 とはいえ、「結果が良かったから、作戦を無視しても構いません」となっても困る話である。


「……まあ、布陣が終わって作戦その他を立てていなかったことは確かだが、今日以降、勝手に行動をされては困る」


「もちろん、そこまで自分勝手なことはしねえよ」


 フィンブリアは「何も作戦がなかったのが悪いんだ」と責任転嫁をしている。その横でラドリエルが呆れたような顔で溜息をついていた。


 これ以上文句を言っても仕方なさそうである。


「さて、今日は本格的な交戦になるだろうが、どう攻めていく?」


 シェラビーが話を切り出した。


「昨夜の動きを考えるに、俺は北側から攻めてみるのが面白いのではないかと思う」


「北側ですか?」


「ソセロンから来ている部隊は秩序立った動きはできないように思う。となると、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼを封じるという意味でも、北側から攻撃をかけてソセロン隊が失策をするのを待つのが良いのではないか?」


「なるほど。相手が怖ければ、むしろその相手に攻撃を仕掛けるというのは一興でしょうな」


 シェラビーの提案にフェザートも乗った。


「ナイヴァルの部隊と、ジュスト・ヴァンラン殿、フレリン・レクロール殿を北側の攻撃にあてる。南はコルネーの部隊で防いでいただいて、ネオーペ枢機卿に補佐を任せたい。中央はホスフェ隊にお願いしたい。いかがだろうか?」


「異論はありません」


 フェザートがメラザの顔を見た。「サラーヴィーは任せておけ」と言葉にはしないが力強く頷いている。


「レファール、北側は頼んだぞ」


「任せてください」


「相手が動かなければ、午後2時に進軍を開始するとしよう。皆の者、よろしく頼む」


 シェラビーの言葉に、居合わせた将は全員「おう!」と掛け声をあげた。




 全体会議が終わった後、レファールはジュストとフレリンに声をかける。


「昨夜の動きを見ていると、ソセロンの部隊は侮れない存在ではあるが自分達の威力を過信しているきらいがある」


「……同感だな」


「ナイヴァルの部隊はルヴィナ・ヴィルシュハーゼを狙う。そうすると、ソセロン隊は必ず俺達の背後か側面を狙おうとするだろう。そこをフォクゼーレ騎兵隊にお願いしたい」


「任せておけ」


 ジュストが頷いたところで、フレリンが「私は何をすればいいのかな?」と入ってきた。


「フォクゼーレ隊の手伝いでよろしいでしょうか? ただし、ジュストがソセロンを簡単に打破できそうなら」


 レファールは遠くに目を向けた。


「一気にマハティーラ・ファールフの首を狙っていただきたい」


 アレウト族の者達は個々人それぞれが高い能力と判断力を有している。戦況を見極めて必要な動きができるだろうとレファールは考えていた。一方、フォクゼーレはというと、ジュストはともかく、兵士達が判断ミスをする可能性がある。従って、明確な役割はフォクゼーレに、判断をゆだねる役割はアレウト族に任せた方がいい。


「ほほう、それはそれは……」


 フレリンが楽しそうな声をあげた。


「辺境のアレウト族に主役になる機会をいただけるというのか……。大変に有難いことですな」


「中央も辺境も関係ない。最も適任と思える者に願いたいということだ」


 フレリンとジュストとの間ですり合わせを行った後、レファールはナイヴァル軍団の二人のところに移動した。スメドアとマフディルである。


「……ということで勝ちへの道筋は見えるわけですが、私達は大変です。何せこの午後の役割はルヴィナ・ヴィルシュハーゼの動きを封じなければなりませんし、ついでにペルシュワカ、バラーフの両名とも交戦になるかもしれませんからね」


「いかにも兄らしいというか、人使いの荒いことだ」


 スメドアが苦笑する。


「ただ、半端に他所の地域の者を混ぜられるよりは、ナイヴァルだけでやってくれという方が気楽ではあるかな。しかし、南側は大丈夫なのだろうか?」


「今回はフェザート大臣にメラザといるので、コルネー軍もそう簡単には崩れないのではないかと思いますよ」


 レファールがコルネーを擁護すると、スメドアは「そうではない」と笑う。


「ネオーペ枢機卿がコルネー軍の足を引っ張らないか心配なのだ。彼の御仁は2万率いているが、正直5千程度の価値しかないだろうからな。南側の部隊があまりレビェーデとサラーヴィーに気を取られていると、フェルディス軍にやられかねないのではないかと心配だ」


「それは確かに……」


 メラザはサラーヴィーのことしか見ないであろう。陸軍大臣ムーノが一人でレビェーデを抑えるのは難しいから、フェザートが補佐することになるだろう。もちろん、フェザートはフェルディス軍も注意するだろうが、ネオーペがフェルディスの二部隊を見ることになる時間帯が出て来るかもしれない。


 フェルディスの二部隊の指揮官シャーリー・ホルカールとブルジー・バフラジーの二人は強敵とまでは行かないだろうが、戦場での経験はネオーペよりは上である。


 しかも、不利になった場合にネオーペがどこまで戦うかも知れたものではない。今回、大人しく大軍を連れてきているが、シルヴィア急死以降、孫と娘を殺されていることからシェラビーに対して恨みを抱いていることは間違いない。堂々とフェルディス側に寝返ることはさすがにないだろうが、抗戦をせずに撤退するくらいのことならしかねない。


「……スメドア殿の考えは念のため、シェラビー様とクンファ様に伝えておいた方がいいかもしれませんね」


 伝令を用意して、二つの本陣のところまで走らせる。


 そのうえで、レファールは安心させるように笑う。


「まあ、不安は尽きませんが、この午後に関しては私達がしっかりと役割を果たせば、ジュストとフレリンが成果をあげてくれるでしょう。分かりやすい話だと思います」


 スメドアも「確かにな」と笑う。マフディルもやや緊張気味ではあるが、「頑張りますよ」と笑った。

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