第18話 南側の駆け引き

 連合軍の南側にはコルネー軍がいた。


「前進すべきか?」


 陸軍大臣ムーノ・アークと、対サラーヴィー用に編制されたメラザ・カスルンドは共に海軍大臣フェザート・クリュゲールに確認をする。


 フェザートの返答は明快だった。


「分からないなら、前に進め」


「それでいいんですか?」


 立場的には同じなのであるが、こういう時は経験の浅いムーノは下に立ってしまう。


「敵はどちらにいる? 前だろう。暗いとはいえ、敵が何をしているか分からない時には敵を見なければどうにもならない話だ。ここは平坦な場所だから戦場として選ばれたのだし、罠がある可能性も少ないだろう。相手がこちらの横にいる、後ろにいるという確証があるならともかく、そうでないのなら前に出るべきだ」


「な、なるほど」


「こちらが不安な時は相手も不安なのだ。怖いなら、分からないのなら、前に出る。勇気を持たんことには生きられるものも死んでしまうかもしれん」


「さ、さすがは大臣殿です」


 同格の大臣でありながら、ムーノは納得し、自軍に伝える。


 一方、メラザはというと会心の笑みを浮かべて、部隊に前進を指示し、自らもその最前線に出た。


「サラーヴィー! どこにいる!? 出てこい!」


 前方に向かって叫んだ。




 聞きなれた大声は、サラーヴィーの耳にも届く。


「参ったね、こいつは……」


 レビェーデが笑った。


「どうするんだ?」


「奴と決着はつけたいが、こんな真っ暗なところでやりたいとは思わんなぁ」


 レビェーデは「同感」と肩をすくめながら、暗闇の方と戦闘を始めているらしい北の方を向く。


「うーん、俺達は作戦立案が弱いという指摘があったが、確かにこんな夜に仕掛けようという発想は全くなかったな」


「全くだ。レファールが立てたのか、フェザートが立てたのか、シェラビーが立てたのかは分からないが」


 耳を澄ませていると、コルネー軍全体が動いているらしい。草を踏み分けてくる音が届いてくる。


「この真夜中にやりあうのか……?」


 ただし、相手は松明の類をほとんど持っていない。サラーヴィーは自軍の松明に目を向けた。


「ここにいると、矢の雨でも撃ち込まれるかもしれないな」


 サラーヴィー自身も部隊を動かして前に向かわせた。


「サラーヴィー、どこにいるんだ? 怖気づいたか?」


 メラザの挑発的な呼びかけが聞こえてくる。思わずカッとなって、叫び返した。


「誰が怖気づくか! こんな誰も見ていないようなところで、おまえをぶっ倒して、誰も見てなかったとなったら困るからな! 勝負はあとでしっかりつけてやるよ! それとも何か、暗闇で闇討ちでもかけてくるつもりなのか?」


「何だとぉ?」


「それとも、おまえが挑発している間に、別動隊が回り込んだりしているのか? レファールやら、フェザートやらならそういうこと仕掛けてきそうだもんなぁ! あいつらは頭がいいから、俺とお前が再戦しておまえが勝つなんて絶対思わないだろうからな!」


 口の回転はサラーヴィーの方が若干早そうであった。




 二人のやりとりは後方にいるフェザートの耳にも届いている。


「あれだけ大きな声で話して、どちらも喉が痛くないのかねぇ」


 おどけた物言いをし、「別動隊というのは悪くない作戦だが」と南の方を向く。


「ただ、この暗闇の中を相手陣目掛けて間違いなく動き、攻撃するだけの度胸や能力は持ち合わせていないだろう。相手もどうやらこの暗闇では積極的に何かをしたいわけでもないらしい。明日はともかく、今晩は無暗に戦闘をせんでもいいだろう」


 と言いつつ、周囲を見渡す。


「もちろん、どうしてもやりたいというのなら、止めはしないが」


 ムーノはもちろん、グラエンも首を左右に振った。フェザートはフンと鼻を鳴らす。


「……私の言うことに従う一辺倒というのも困るのだがな。レファールなら、必要と応じれば無視するだろう」


 多少の苦言は呈しつつも、戦闘を開始するつもりはない方針には変わりがない。ムーノに対しては撤兵を指示し、次いでメラザのところにも「今日は無理をするな。明日以降の勝負だ」と伝令を走らせる。


 恐らく伝わったのだろう、二十分ほどしてからメラザが再度叫んだ。


「こんな暗闇では興が醒めるのは同感だ! 明日の午後こそ決着をつけるぞ!」


 程なくしてサラーヴィーが返答を返す。


「何でおまえが決めるんだよ! 何時の間にコルネー軍の行動を決められるほど偉くなった?」


 サラーヴィーの言葉に、フェザートは「確かに」と苦笑した。メラザ本人は夜間に一仕事したので、深夜と朝は眠り、午前に食事でもとって午後戦闘と行きたいのであろう。しかし、こちらも相手もそのスケジュールで動く保証はどこにもない。


 ともあれ、南側は両軍とも戦闘行為をしないままに元の場所へと戻っていった。




 連合軍の最後方では、コルネー王クンファが動こうとしていた。


「フェザートが前に出たのなら、我々も前に出なければならない!」


 と息巻いて、近侍しているエルシスを慌てさせる。


「者共、馬を持て! 剣を持ってこい!」


 と、今、まさに打って出んとしているところに、シェラビーからの伝令が駆けつけてきた。


「現在の動きは偶発的なもののようでございます。総大将たるもの、軽々しく動かないことが肝要でございますので、念のため」


 それだけ言うと、「ご免」と去っていった。


 クンファが憮然とした顔を北側に向ける。確かにシェラビーの本陣の方では物音一つしていない。


 エルシスが武器を持ってきた従者たちに対して、「今晩は無しだ」と付け加えた。


 しばらく待っていると、確認のために前に出たフェザート達も戻ってきたという報告を受ける。


「陛下、迂闊に出ていれば、下がるつもりのコルネー軍全体を押し上げさせる結果になってしまうところでした」


「……」


 耳に痛い話に、クンファは不機嫌さを隠さない。


「もう少し自重するということを覚えていただきたく存じます」


「フン! 余は寝る」


 クンファは拗ねたような態度で用意された天幕へと向かっていった。



 もう一方のフェルディス軍本陣はというと、マハティーラが酒宴を開いていたため、何事も起きることなく、時間が過ぎ去っていた。



 この夜半の戦いでは、先制攻撃を受けることになったリムアーノの部隊には少なくない被害が出た。更には積極的に打って出ていたフィンブリア隊と付き合わされることになったラドリエル隊にも微小ではあるが死傷者が出た。


 その他の部隊には全く影響がなく、二日目を迎えることになる。


戦闘状況まとめ:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330649392340983

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