第15話 リムアーノの立案
先に布陣を開始したフェルディス軍の中で、最初に終えたのはリムアーノ・ニッキーウェイの部隊であった。と、同時に当人は正面の連合軍を眺めて途方に暮れる。
「ファーナよ」
「何でしょうか?」
リムアーノは副官のファーナを呼んだ。
「おまえにはどう戦えばいいかというアイデアはあるか?」
「……」
無言のまま、責めるような視線を主人に向ける。
「リムアーノ様、いくら何でも、このような決戦の責任を、私に負わせようというのはあんまりではございませんか?」
「す、すまん……」
副官に文句を言われて謝る侯爵というのも滑稽であるが、全くの事実であるのでリムアーノには反論できない。
「ヴィルシュハーゼ伯爵も、リムアーノ様に素晴らしい作戦までは期待していないはずです。無難な作戦でも問題ないと思いますが」
「……そうは言ってもなぁ。布陣が終わったら軍議があって、そこで説明しなければならない。私の考えにフェルディスの命運がかかっているとなると、自然と震えてくる」
「リムアーノ様は、いずれ宰相になられるつもりではないのですか? 宰相となっても、フェルディスの多くを背負うことになると思いますが……」
「全くその通りだが、今の判断で明日、大勢の者が死ぬかもしれないと思うと、な……」
リムアーノはそう言って、深く溜息をついた。
「とはいえ、おまえの言う通りで考えすぎていても仕方がないか。ダメならダメで、大将軍はじめ別の者に出してもらうしかないのだからな。それでは、ここを頼む」
ブローブの部隊も布陣が終わったようである。リムアーノは一足先に向かうことにした。
フェルディス軍本陣には、どこから運んできたのか、立派な玉座のような椅子があり、そこにマハティーラがふんぞり返って座っている。
(この椅子ごと最前線に持っていって、囮にしてやろうか……)
というようなことを思わず考えてしまいたくなる、尊大な態度である。
「来たか、リムアーノ。今回はおまえが作戦を考えるということだが」
「作戦と言えるような大それたものではありませんが、一応……」
「どういうものだ?」
「つまり……」
リムアーノは用意してきた盤面に駒を置き始めて説明をする。
「我が軍が勝っているのは突撃力だと考えています。ルヴィナ、レビェーデ、サラーヴィー、ガーシニーの四人を無防備な敵軍に送り込めば一気に削り取れます」
「それはもちろん分かっているが、そこまでどうやって持ち込む?」
ブローブの問いかけに、リムアーノは両側の駒を近づける。
「残念ながら、私にはそこまで考えるだけの能力がありませんので、とにかく前線同士で流動的に戦い、勝機は当人達に掴んでもらうしかありません」
ブローブが唸り声を立てた。
「六年前と同じ形か。ただ、相手もそのことは警戒しているだろう。そうそう易々とうまく行くとは思えんが……」
「私もそう思っております。いきなりヴィルシュハーゼ伯が急所を攻撃できるほど、相手は甘くないでしょう。ただし」
「ただし……?」
「相手は連合軍です。時間が経てばほころびが出て来る可能性があるでしょう。そこで明日いきなり勝ちに持ち込むのではなく、まずは相手の応戦状況などを確認したいと思います」
ルヴィナ部隊と、レビェーデ部隊の駒を動かし、そこに相手側の駒を当てる。
「相手はヴィルシュハーゼ伯とシェローナの両隊には必ず反応するでしょう。それを誰がなしているのか、そのうえで明日、チャンスがあればガーシニーを自由にして一撃与えたいと考えています。ガーシニーのことは相手もあまり知らないでしょうから、彼を温存していても警戒はしてこないと思います」
「なるほど。うまく行く、行かないは別にしてガーシニーを使うことによって、残りの三人に対する警戒が薄れるのを期待するというわけだな」
ブローブは感心したように頷いている。それで一瞬、ホッとしたリムアーノであったが、そこにマハティーラが割って入ってきた。
「随分と消極的じゃないか? もっと大胆な攻めというものがあっていいと思うが」
(……やはりこいつを先頭にして相手に食いつかせてやろうか)
一瞬、そんな啖呵が頭に浮かび、慌てて口をつぐむ。
「閣下、これはフェルディスの命運がかかった一戦。気軽な作戦を立てるわけにはいきませぬ。リムアーノに任せておけば安心ですゆえ、我々は……」
ブローブが、「一旦出て行け」とばかりに顎を奥の方に向ける。
リムアーノは配慮に感謝しつつ、マハティーラの態度に立腹しつつ、その場を後にした。そこにレビェーデとサラーヴィーがやってくる。
「お、ニッキーウェイ侯爵。今回はあんたが作戦を立てるらしいが、どうなんだ?」
「ああ、作戦というほど大層なものではないが、こういう形で行こうと思う。」
と、前線同士を戦わせて、ルヴィナ、シェローナ勢、ガーシニーに隙を突かせる方針を説明した。
二人は「なるほど」と頷いている。
「まあ、そうだよな。相手にはシェラビーやら、フェザートやら、こちらより腹黒い連中が揃っている。真っ向からぶつかって、相手の隙を見つけるしかないだろうな」
「初日は相手も極端な動きはしてこないと思うが、もし、そうしてきた場合、対応できるかどうか心許ない。私とシャーリー・ホルカールは多分何とかできると思うので、機を見て君達がどうにか打開してもらうしかない」
「心得た。俺かルヴィナにはレファールがつくだろうから、簡単には行かないだろうが」
レビェーデの言葉にサラーヴィーが、「俺は対象外か?」と食って掛かる。
「違げえよ。おまえにはあいつが着くだろう。あの、コルネーのちっこい奴」
「あぁ……」
サラーヴィーも以前のメラザとの一幕を思い出したらしい。
「確かに、あいつなら、俺にぶつけるよう頼んでいそうだな」
「おまえがあいつに勝ってくれれば、楽になるんだが、どうだろうねぇ」
レビェーデがニヤッと笑いながら言い、サラーヴィーが再度食って掛かる。
「おい、レビェーデ、俺があいつに負けるとでも思っているのか?」
「どうだろうなぁ。あいつも強くなっているだろうからなぁ」
「けっ、おまえこそ、最近国王業にうつつを抜かして鍛錬サボっているんじゃねえのか? 足を引っ張るのは勘弁してくれよ」
「何だと?」
二人が険悪な空気になってきたのを、リムアーノが止める。
「まあまあ、そのやる気は明日、敵軍にぶつけてもらいたい」
どうにか二人を割いて、宥めているところにガーシニーが現れた。
「おお、ガーシニー・ハリルファ卿、今回お願いしたいのは……」
周りの者が増えてくると、つまらない理由で喧嘩をしづらくなるようで、レビェーデとサラーヴィーは大人しくなる。リムアーノは内心で安堵し、ガーシニーに明日の戦いでは自由に動いてほしい旨を説明した。
「連合軍は貴殿についてはあまり情報がないと思うので、比較的自由に動けると思う。期待している」
「……承知した。それでは失礼」
ガーシニーは手短な言葉を残し、戻っていった。レビェーデが「変わった奴だな」という様子で、サラーヴィーとリムアーノに向かって両手をおどけたように広げる。
「ルヴィナの兄みたいな奴だな。承知した。分かった。そうだろう。十字以上の言葉は滅多に言わなさそうなタイプだ」
言われてみればそうかもしれない。リムアーノが思わず笑ったところで。
「……私の兄がどうかしたか?」
「げっ、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼ……」
いつの間にかルヴィナを含め、フェルディスの将軍達も入ってきていた。
「言っておく。私には姉はいた。しかし、兄はいない」
「……ほら、やっぱり」
言葉が短いのは間違いないではないか。
レビェーデの減らず口に、リムアーノは笑う。
「明日の方針だが……」
それはさておいて、明日の方針である。一同揃ったところで、再度同じ考えを披露した。
反対する者はいない。
安心したと同時に、「これでうまくいかなかったら」という不安が胸に押し迫ってくる。
リムアーノは知らず胸を押さえた。
かくして、布陣当日の夜は更けていく。
戦いの時はすぐそこまで来ていた。
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