第14話 シールヤ平原①

 ホスフェ中部から東部に少し進んだ地域にシールヤ平原が広がっている。


 年間を通じて、それほど雨は降らず、木々が生い茂ることはない。ただ、乾燥しているかというとそうでもない。ところどころに地肌が見え隠れしているが、その大半は低い芝に覆われている緑の大地、目にするには美しく、暮らすには不向きな平原が東西南北へと広がっている。


 先にホスフェについていたノルンに連絡を送り、シールヤ平原を決戦場としたい旨を伝える。ノルンも了承したようで、フェルディス側に伝えに行った。


 承諾するだろうとは踏んでいた。


 ホスフェの寝返りにより、フェルディス側は補給などを無条件に受け入れられる立場ではなくなっている。敵勢力の中で多勢の軍を動かすとなると兵糧の消費も不安となる。余程遠いところや余程不利な地形は別だが、シールヤのような平たいところならば受けるしかないだろう。


 十日で戻ってきたノルンの返事は、その予想を裏付けるものであった。


「フェルディス側も了承しましたよ。私としてはあと両軍の健闘を期待するだけです」


「ああ……、できれば相手の健闘が少ないことを祈りたいけどね」


 ノルンの激励に、レファールはそう返した。




 サンウマを出た連合軍は、エルミーズに立ち寄ることはなく、そのままセンギリへと向かった。この地でガイツ夫妻の歓待を受けて、英気を養う。


「執政官も軍を指揮するのですか?」


 問いかけると、ナスホルンは首を振った。


「私は戦闘経験が豊富ではないからね。フェルディスとの戦いに慣れているラドリエルとフィンブリアの両名に出てもらうことにしたよ。セグメント枢機卿も彼らの方がやりやすいだろう」


「それは確かに……」


 総勢10万に及ぼうという大軍ではあるが、そのうち1万8千をルベンス・ネオーペが指揮するという不安要素がある。この数字を取り除くとナイヴァル軍とフェルディス軍は互角ということになる。


 そこに戦闘指揮経験のないナスホルンが入ってくると極めて厄介なことになる。したたかなラドリエルやフィンブリアがいるということは安心要素ではあった。


 ただし、ラドリエルに対しては、元老院議会での対応が気になるところである。


「ラドリエル・ビーリッツは大丈夫ですかね? 会議の頃は、オトゥケンイェル派の転向にかなり立腹していましたが」


 ナスホルンの表情が険しいものになる。


「そうだね。今も若干尾を引いているところはあるようだ。ただ、議員とはいえども人間、色々生活などもあるし、理解してもらいたいところではあるのだが」


「そうですね」


 レファールは曖昧に答えた。本心としてはホスフェでの人間関係などはどうでも良かった。ただ、精神的なもやもやが戦場での判断に影響することになっては困るというものがある。


(まあ、それはいいか……)




 歓迎会が終わると、レファールはフェザートを探した。


「ちょっといいですかね?」


「何かね?」


「メラザの件なんですけれど」


「メラザがどうかしたのか?」


「あいつ、以前、サラーヴィー・フォートラントに負けたことがあるじゃないですか?」


 メラザが陸軍から海軍に移転してすぐの頃、メラザは有名なサラーヴィーに勝負を挑み、持ち味を発揮したが、惜敗したことがあった。


「ああ、もちろん知っている。次回は借りを返すということで、訓練しているようだったが」


「ですので、あいつは今回もサラーヴィーとぶつかりたいと思っているかと思います」


「ふむ……」


 フェザートは顎の下に手をすえて考える。


「……悪くない勝負をするかもしれないが、一人に任せるのはリスクが高いな」


「私も同意見です。ですので、レビェーデも含めたシェローナ勢を大臣二人とメラザで見てもらいたいのですがいかがでしょう?」


「……それは構わないが、そうするとルヴィナ・ヴィルシュハーゼはどうする?」

「私を含めたナイヴァル勢で見ます。その他のフェルディス軍は打開力に欠けるはずですので、ホスフェとネオーペ枢機卿で封じられると思います。難しいようなら、フレリン・レクロールを回し……」


「機会があればジュストを切り込ませるというわけだな」


「彼はそういう運に恵まれていそうですので、ね」


 ジュストに痛い目に遭わされたという点ではコルネーが一番である。フェザートも「確かにな」と頷いた。



 フェザートとの間で話がまとまったので、今度はスメドアとマフディルの二人のところに向かった。


「なるほど。我々は徹底的にルヴィナ・ヴィルシュハーゼの動きを見る、と」


 スメドアは頷いているが、マフディルは懐疑的な顔をしている。


「そこまでしなければダメなんですか?」


「実際に戦ってみないと何とも言えないが、過去二回、彼女がフェルディスを勝利に持ち込んでいるということは確かだ。序盤は慎重に行くべきだと思う」


「なるほど……。まあ、私は下っ端ですから、上役の指示は絶対ですから、そういうことなら仕方ありません」


「マフディル。レファールの指示に不満なのか?」


 スメドアが険しい顔を向ける。レファールはそれを制して、マフディルに尋ねる。


「私の考案よりいい作戦があるというのなら、シェラビー様やフェザート大臣の前で披露してもらいたいのだが?」


「いえ、そういうことではありません。ただ、こういう戦いでは思い切ったこともあっていいのではないかとも思いますので。以前、セグメント枢機卿はトリフタで予想しないことをしてのけたということもあったわけですし」


「……言いたいことは分かる。出鼻をくじくような策があるのなら打ちたい。ただ、あの時の相手は食事に難があり、質にも問題があった。今回のフェルディス軍にはそうした問題点はないから、不用意な策を打って失敗するわけにはいかない」


 説明しているうちに不意に南の方に目線が向かう。そこにはノルンがいるはずであった。


 あの男なら、どういう出だしをするのか。


 不意にそんなことが気になった。




 センギリを出た連合軍はホスフェを東部に進み、7月1日の朝にシールヤ平原に着いた。同日の午後、フェルディス軍もシールヤ平原へと現れる。


「北にヴィルシュハーゼ隊が、南にシェローナがいるようだな。それに従おう」


 フェルディス軍の様子を確認すると、連合軍もすぐに布陣する。


 最後方にシェラビーとクンファが、その前には北側にナイヴァル軍が、南側にコルネー軍が布陣する。中央をネオーペとホスフェ軍が固め、ジュストとフレリンが遊撃隊としてレファールの後ろ側についた。


布陣図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330649226623761

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