第12話 合流

 10日後、ブネーにはベイルールからファーナ・リバイストアが派遣されてきた。


「久しぶり」


 ルヴィナは鷹揚に応じる。ファーナが来たということは、何かしら交渉をさせるつもりなのであろうし、それがリムアーノに要請した馬のことだろうことは想像がつく。


「騎馬五千というのは中々難しいのですが……」


 ファーナは単刀直入に切り出した。


 そんなことは言われなくても分かっている。しかし、勝つためにはどうしても出してもらうしかない。ルヴィナはクリスティーヌに出て行くよう促す。「はいはい」と嫌そうな顔でクリスティーヌが対応にあたった。


「これはシェローナ軍のための騎馬でございまして、用意しないことにはシェローナ軍が頼りにならない可能性がございます」


「シェローナも馬を抱えているのではないでしょうか?」


「その場合、どうやって我が軍と合流するのですか?」


「あっ……」


 ファーナもその言葉で気づく。


 シェローナとフェルディスが合流するうえでもっとも簡単なのはホスフェを突っ切るルートであるが、これをホスフェが認めるはずがない。一応、北の山岳地帯で僅かにつながっているが、そこは馬で通れるようなところではない。


 数頭であれば、東部から船に乗せてくることはできるかもしれないが、多数の馬を乗せるだけの船はさすがにないだろう。


「レビェーデとサラーヴィーの強さはニッキーウェイ侯爵もよくご存じのはずです。彼らが存分に戦えなければ勝ち目はないと思います」


「そう……ですね」


「この戦いで勝つことができれば、ニッキーウェイ侯爵の立場は大きく上がります。また、シェローナの両雄に対する親交を抱くこともできます。将来に向けての投資と考えていただけないでしょうか」


「……分かりました。掛け合ってみます」


 ファーナが折れたことで、ルヴィナは安堵の息をつく。


 夫婦というわけでもないが、副官としてのファーナの力量をリムアーノは高く評価している。ファーナが「出すべきです」と進言すれば、リムアーノは出すだろう。


「代わりと言っては何だが……」


 難題が解決したので、ルヴィナが話に戻ってくる。


「一つ困った事態がある。更に困った事態がある、と言うべきかもしれない」


「何でしょうか?」


 これ以上、何か出してくれと言わないでくださいよ、ファーナの表情にはそうしたものがある。


「ニッキーウェイ侯に立案その他をお願いしたい」


「リムアーノ様が立案を?」


「大将軍はマハティーラの御守り。私も、レビェーデも、サラーヴィーも、戦況に応じて動くだけ。作戦立案や全体の制御はできない。残りの将軍も同様」


「消去法でリムアーノ様しかいない、と?」


「強いて言うならシャーリー・ホルカール。だが、彼では不安。一方、ナイヴァルにはシェラビー、フェザート、レファールと三人いる」


「……参りましたね」


「うまくいけば10年後はフェルディス宰相」


 ルヴィナの明け透けな言い方にファーナは苦笑した。


「……分かりました。その点も尋ねてみます」


「頼む。私も探してはみる」


 二点の要点を確認し、ファーナはベイルールへと戻って行った。




 ファーナが帰って二日後、ディンギア北部から抜けてきたレビェーデとサラーヴィーら、シェローナの主要メンバーがブネーへとやってきた。


「よう! 今回は同じ軍で戦うことになったな!」


 レビェーデが陽気な様子で手をあげる。


「……あんたと、俺とサラーヴィー。あともう一人、強いのがいれば東軍四天王を名乗れるようになったぞ」


「……またその話」


 ルヴィナは苦笑した。


「四天王というより、現状では考え無しの猛獣三人」


「……萎えるようなことを言うんじゃないよ」


「ソセロンのガーシニー・ハリルファも猛将と言う。四人の馬鹿が出そろう。そこが問題」


 ルヴィナはファーナにも話した作戦立案の不足について語る。


 最初は笑っていたレビェーデとサラーヴィーも次第に険しい顔になり、腕組みをして思案している。


「確かに相手にレファールがいるとなると、作戦能力その他は不利だな」


「打開力はこちらが上。だけど、何度も言うが、虎が四匹暴れまわっても勝てない」


「あんたんところの大将軍は期待できないのか?」


「できない。昔のリヒラテラを思い出すといい」


「……確かに、戦場での活動についてはしてやられていたな。うーん」


 レビェーデも真面目に考え始める。


「ウチで一番の頭脳派というとエルウィンだが、作戦立てるタイプではないからなぁ。どうするんだ?」


「……いない以上はどうしようもない。できる限りのことをするしかない。今から探してきても、信用できるかというと、できないし」


「確かになぁ。ノルンは凄かったけれど、実際始まるまでは俺も疑っていたわけだし」


「そう、難しい」


 そのノルンが仲裁役として来ているということは知っているが、さすがに彼を頼るわけにはいかない。


「ま、それはそれで仕方ない。で、俺達はどっちに行けばいいんだ? カナージュに行って皇帝に挨拶してくればいいのか? それとも、ジャングー砦からリヒラテラの方に入った方がいいのか?」


「本来ならカナージュだろうが、時間もないから西に行ってもらう。ニッキーウェイ侯がシェローナ軍のための騎馬も用意している。その馬馴らしも必要だろう。カナージュにはクリスに報告させる」


 ルヴィナの何気ない物言いに、クリスティーヌが「えっ」と声をあげる。


「何か問題か?」


「いや、問題ってわけじゃないけれど、そんなことを報告に行ったら、嫌味を言われるだけじゃない……。どちらかというと、ニッキーウェイ侯爵との面会までの案内をしたいんだけど」


「……確かに、それもあるか」


 リムアーノとレビェーデ達はお互いのことを知ってはいるが、面識があるわけではない。いきなり物々しく移動していると、どこかでトラブルにならないとも限らなかった。


「仕方ない。クリスにはベイルールへの案内を頼む」


 そう言った途端、部屋の端で長身の男が嫌な顔をした。


 事実、ルヴィナはその方向に顔を向ける。


「カナージュへ報告。お願いします」


「……そうだね、分かっていたよ」


 大きく溜息をついて、スーテル・ヴィルシュハーゼがガックリと肩を落とした。

 

 逆にクリスティーヌは「助かった」と胸をなでおろしていた。

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