第11話 フェルディス動員
ソセロン軍の出撃とは別に、カナージュではフェルディス軍の編成計画が練られていた。
立ち会うのはこの四人、大将軍ブローブ・リザーニ、宰相ヴィシュワ・スランヘーン、外務大臣トルペラ・ブラシオーヌ、農務大臣コディージ・メハルガルである。
まずはコディージが食料の見通しについて語る。三年前は少ないという理由で三万以上の編成に拒否反応を示していたが、さすがに国家存亡が関わる今回、兵糧の制限などは口にしない。
「……とはいえ、さすがに10万を超える兵力ともなりますと、運用に限界がございます」
ホスフェがナイヴァル側で転んだことで、兵站などでは明らかに不利となっていた。
「8万の兵を2か月は運用したい。できるか?」
ブローブが険しい顔で問いかける。コディージはやや不安げに答えた。
「……何とかします」
「何とかではない。必ずやり遂げてほしい」
「分かりました。8万であれば」
「総指揮官がマハティーラ閣下で大丈夫なのだろうか?」
トルペラが当たり前すぎる質問をブローブにぶつけた。
「我々総出で、陛下に対して頑として翻意を願い出るのも一つの手ではないか?」
「……外務大臣の危惧は分かるが、この段階で指揮官の件で揉めるのもまずい。閣下で仕方がないと考えている」
ブローブの言葉に、一同不満そうな表情を見せた。これまでのような外征であれば、失敗したとしても取り返しが効くが、今回はそうはいかない。
「……正直なところを言うと」
ブローブが苦笑いしながら説明をする。
「閣下が足を引っ張るだろうということは理解している。ただ、我が軍の主力は今やニッキーウェイ侯爵とヴィルシュハーゼ伯爵の二人だ。しかし、この二人は閣下に対して全く敬意を有していないし、言うことを聞くつもりなど毛頭ないはずだ。だから、実害はないはずだ。変に陛下や閣下がむくれて色々支障をきたす方が怖い」
「……それならばいいのであるが」
「念のために言いたいが、これまで貴公たちはこれまで閣下を軍に押し付けてきたということを忘れないでもらいたい。今更文句を言われても私としても困る」
ブローブの苦言に全員が押し黙った。押し付けているという自覚はあったらしい。
マハティーラが総大将ということで決まったので、具体的な人数の話になる。
「ソセロンは3千出すという。シェローナからは5千くらい出すようであるから、フェルディスから出すのは7万前後ということになる」
トルペラがまず協力国の状況を説明した。
「閣下は2万くらい要求するであろうな」
ヴィシュワの言葉に、ブローブが頷いた。
「……それはリザーニ家から出すことにする。親衛隊などは危険過ぎて使っていられん。何とか理由をつけて止めてくれ」
「……分かった」
親衛隊は、その名前の通り皇帝の親衛隊である。直接の忠誠対象が皇帝一族であるため、ブローブの指示を無視して、マハティーラの無茶な命令を聞く可能性がある。
「閣下をおだてるのは私他数名でやるゆえ、陛下や閣下の直属は一切入れないでほしい」
「残りの五万の割り当ては?」
「ニッキーウェイ侯には1万5千出してもらう。これで半分になる。残りのうち、戦力として最も頼りになるのはヴィルシュハーゼ家の部隊だろうが、家格もあるゆえ一家だけ優遇するわけにもいかぬ。ホルカール、ペルシュワカ、バラーフ、バフラジー、ヴィルシュハーゼの5家で7千ずつ、伯爵以下の者達については最初のリヒラテラの時と同じく、私かニッキーウェイ侯の下につくという形にしたいと思うが、いかがか?」
「大将軍が良いというのなら、我々には異論がない」
ブローブの提案に全員が了承し、皇帝他の裁可を求めることになる。
その命令書を携えて、カナージュから各貴族の領地へと伝令が飛んで行った。
ブネーはカナージュからもっとも近いこともあり、翌日には早くも命令書が届くことになる。
「……7千か」
「前回と同じね。ただ、今回は前回より多くの兵が動員されるはずだし、もっと割当てられるかと思ったけどね」
クリスティーヌは意外と受け取ったらしい。首を傾げている。
「……私だけ多いとなると、色々角が立つ。ブネーの負担も大きくなる。だから問題ない。私はもっと少ない方が良かった」
「それで負けたらどうするのよ?」
「負けたらその時。仕方ない」
「この前、カナージュもブネーも灰塵に帰すとか脅してなかった?」
呆れたような視線を向けられても、ルヴィナは淡々とした様子で何かを考えていて、指示を出す。
「……こちらからも伝令を出してほしい」
「えっ? 何の伝令を出すのよ?」
「ニッキーウェイ侯に伝えてほしい。馬を多めに用意してくれ、と」
クリスティーヌはますます分からないという顔をする。
「えっ、ニッキーウェイの騎兵隊を加えるつもりなの?」
「ヴィルシュハーゼ家には加えない。シェローナに任せる」
「シェローナに?」
「シェローナからは5千。レビェーデとサラーヴィーには少ない。ニッキーウェイ侯から3千ほど与えてもらいたい」
「あぁ、なるほど……」
「一回目のリヒラテラで、ニッキーウェイ侯はあの二人とやりあっている。二人の強さはよく知っているはず。だから受け入れる、はず」
「当てにならないわね。まあ、言うだけならタダだしね」
実際問題、フェルディス側で頼りになるのは自分達以外だとレビェーデとサラーヴィーだけという思いはある。マハティーラは論外であるし、ホルカールやペルシュワカもイマイチである。リムアーノはもちろん頼りになるが、決め手になるタイプではない。ソセロンから来る3千は何者なのかも分からない。
「敵はもっと連れてくるでしょうね」
「間違いない。レファール・セグメントが一番厄介。シェラビー・カルーグも侮れないが総大将だから多分動かない。侮れないのはフォクゼーレ。フォクゼーレ自体は弱いが、指揮官のジュスト・ヴァンランは不気味。コルネーは数こそ多いが恐らく弱い。ホスフェも侮れない者は多いが、決定的な存在はいない。多分……、うん?」
物々しい足音がして、扉に目線を向けた。
「伯爵、エルミーズからの手紙です」
「エルミーズ……、メリスフェールから?」
ルヴィナはけげんな顔をして受取り、手紙を開いた。目を通して大きく息を吐く。
「……良かったことと、最悪なことがある」
「一体何なのよ?」
「最悪なことはノルンが仲裁者として戦場に来るということ。敵も味方も、ミベルサの全てを見られることになる。後々、非常にまずいことになる」
「良かったことは?」
クリスティーヌの問いかけに、ルヴィナは「そんなことを聞くのか?」という呆れたような顔を向けた。
「決まっている。ノルンが敵にはならないこと」
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