第8話 サンウマでの報告

 5月17日、船はサンウマ港に入った。


「おぉ~、数年前と多少街並みが変わっていますね」


 ノルンは感心したように港街を眺めている。


「……シェラビー様は、まずはサンウマ、次いでバシアンという順番で街の拡大を行っているからな」


「なるほどねぇ。まあ、その辺りはおいおい見せてもらいますよ。では、私はこれで」


 ノルンはそう言って、街の方へと消えていった。どこかの街娘を口説きに行くのだろうか。


「私も自分の仕事をするかな」


 そう呟き、カルーグ邸へと向かった。




 カルーグ邸には、いつものようにサリュフネーテがサンウマ市内のことを対処していた。


 新妻となっているサリュフネーテであるが、シェラビーはほとんどの時間をバシアンで過ごしており、共に過ごす時間があまり長くないのは母親のシルヴィアの時と同じである。


 しかし、シェラビーが本拠地であるサンウマの管理をスメドアではなく、サリュフネーテに任せているということは、信頼が厚いことが伺われた。


「セウレラの爺さんが、面白くないって言われたと傷ついていたぞ」


 執務室に入ると、挨拶より先に軽口を叩いてみる。


 サリュフネーテは眼鏡を下ろして、意外そうな顔をした。


「本当ですか?」


「年寄りの話はつまらないみたいなことを言われたと認識している」


「……はあ。ただ、何かズレたことを話していることも多くて……」


「否定はしない」


 セウレラは何かが起きている時には切れ味鋭い見解を見せる時がある。しかし、そうでない時にはそういう風に装っているのか、単に抜けているのか、よく分からないことを言っていることも多い。


「でも、孫娘みたいな相手から言われると傷つくようだから、気を付けておいた方がいいと思う」


「分かりました」


 サリュフネーテはピンと来ないという顔で頷いた後、自らの話に入る。


「シェラビーから伝えてもらうよう頼まれていたことがありますが、伝えてもよろしいでしょうか?」


「いいよ」


「ホスフェの政変を受けまして、コルネー軍は4月中にコレアルを出たという報告が来ています。クンファ陛下を指揮官として、フェザート・クリュゲールとムーノ・アークが実質的な指揮をとるようです」


「フェザート大臣が……?」


 クンファの総大将は予想されたことであったが、フェザートが軍にいるということは驚きであった。これまで、サンウマ・トリフタでもワー・シプラスでも実戦には参加していない彼が出てくるということは、コルネーにとっても重要な戦いと踏んでいるということになる。


「ミーシャ様からの手紙にはそう書かれてあります」


「そうか。確かに国内問題もミーシャがいれば何とかなるか」


 レファールは得心した。


 ミーシャは長男のマルナトを出産しているが、健康そのものらしく、育児は乳母の助けを受けつつ行い、政務にもかなり関与しているらしい。


(本人はやりたくないのだろうが、クンファはじめ、ミーシャを頼りにする面々は多いだろうからな……)


「あ、これは報告していませんでしたが、コルネー軍二万五千、フォクゼーレ軍五千、イルーゼン軍五千の糧秣を管理することは大変なので、イダリス枢機卿の承諾を得てカルーペ・メルーサをバシアンに連れてきています」


「ああ……、確かにあいつに任せた方がいいかもしれないな」


 レファールが知る限りにおいては、兵站やら補給を任せられるのは彼か弟のエルウィンくらいしか思い浮かばない。他がいないのであれば、それが適任であろう。


「あれ、ちょっと待った。イルーゼンからも来るのか?」


「はい。フロリン・レクロールがシルキフカルを出発して、向かっています」


「大丈夫かな……」


 フロリンの能力には何の心配もない。しかし、イルーゼンでも常に死にそうな様子だった男である。風土の変わるナイヴァルやホスフェに行って、急病にかかるということはないかが不安である。


「フォクゼーレからはジュスト・ヴァンランが来ると聞いています」


「ああ、フォクゼーレは奴しかいないだろうな」


 ビルライフ・デカイトが来られても迷惑なだけである。


「とすると、三万五千。ホスフェも二万は出すだろうから五万五千。ひょっとすると六万か。これにナイヴァルの数が加わるとなると……」


 想像もできない人数になりそうである。


「ナイヴァルからは四万を想定しています」


「四万!?」


「はい。サンウマから一万、バシアンから一万……あとはネオーペ枢機卿が二万を派遣してくると聞いています」


「ネオーペ枢機卿が?」


 意外ではあったが、ルベンス・ネオーペはシルヴィアの死去以降七年に渡って、辛うじて枢機卿としての立場を繋いでいるものの、冷や飯ばかり食らっている。この辺りで汚名返上の動きをしたいということであろうか。


「……フェルディス軍には滅法強い部隊もいると聞いています。その押さえとして必要なのでしょう、と」


「押さえというより、潰され役として用意しているとしか思えないなぁ。とにもかくにも下手すれば十万まで行くかもしれないわけか。カルーペも大変そうだな」


「そうですね……。国内のことはネブ・ロバーツに任せて、シェラビー、スメドア殿、そしてレファール、ネオーペ殿に出てもらう予定です」


「さすがに総仕上げだし、シェラビー様も出てくるというわけか」


「はい」


 シェラビーが出てくるというのは手の多さという点では間違いなく有意義であろう。また、彼がいない場合、立場的にクンファが総大将となりかねない空気が生まれてしまうのでそれを避けるうえでも有難い。とはいえ、もちろん、戦場に総指揮官として出る以上、相手から狙われるというデメリットもある。


「……確認したいことは幾つかあるけれど、それはシェラビー様と直接した方がいいだろうな。あと、これをサリュフネーテに頼んでいいのかどうかは分からないけれど、ボーザ達はどうなるんだ?」


「……そこまでは。おそらくスメドア殿の下につくのではないかと思いますが、それが何か?」


「頼れるほど有能というわけではないのだが、あいつが下にいてくれた方が私としてはやりやすいんで、ね。スメドア殿と相談してみるか……」


「そうですね。お任せします。あと……」


「何だ?」


「死なないでください、レファール」


 意外な言葉にレファールは目を見張り、次いで笑顔になる。


「ははは、ありがとう。一応メリスフェールからもこんなものをもらったし、何とかなると思っているよ」


 紙に『おまもり』と書いたものを見せる。サリュフネーテは呆れた顔になった。


「あの子は相変わらずいい加減なのですね」


「いや、まあ、これはさすがにないだろうと私も思うけど、結構うまく立ち回ってもいるよ。フェルディスとの関係もあるし、うまいこと仲裁人も連れてきてくれたし」


「あの子は要領だけはいいんです。でも、まあ、役に立っているのなら、良かったです」


 と答えるサリュフネーテの表情は若干不機嫌そうなものにも見える。自分より評価が高いのが気に入らないのか、他の何か気に入らないことがあるのか。


 気にならないわけではなかったが、触れないことにした。

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