第7話 ノルンの哲学

 エルミーズで一晩を過ごすと、レファールはノルンと共にサンウマへと向かうこととなった。船はセウレラが乗っていってしまったため、ノルンの船を使うことになる。


「これはあんたの船なのか?」


 ノルンは「まさか」と否定する。


「ハルメリカで借りてきた船ですよ。動力の一部に魔法理論も使われているとかで、圧倒的に速いです」


「魔法理論か……」


 確かに速力がミベルサの船とは違う。倍とまでは行かないが陸の景色の移り変わりはこれまでに見てきたものとは違っていた。


「ただ、積み荷を置くスペースはありません。交易用ではなく急いで行きたい者用の船ですね。ここだけの話、賃料も高いです」


「なるほど。ハルメリカというのは船の技術などは凄いということか」


「そうですね。こればかりは私の地域が何十年頑張っても追いつけそうにありません」


「そういえば、一国持ちだと言っていたよな?」


「そうです。南の端の、今は貧乏なところですけどね」


 今は、という言葉を強調するあたり、将来は違う展望を抱いていそうだ。


「ミベルサまで来るということは半年近く空けることになると思うが、大丈夫なのか?」


「大丈夫というのは?」


「どこかに攻められたり、あるいは部下に乗っ取られたりする心配はないのか?」


「もちろん、ありますよ」


 当然でしょ、とばかりに答えられ、レファールは面食らう。


「それでいいのか?」


 ミベルサで何が起きているのか気になって、それで自分の国を失うとあっては滑稽どころの話ではない。その心配を把握していながら、呑気にやってくるその精神を疑う。


「歓迎はしないですけれど、そうなったら、そうなったで仕方ないですね」


「……そんなに部下を信用しているのか?」


「一応信用していますけれど、何があっても裏切らないとかそこまでは思っていないですよ。ですが、国を取られたら、それはそれで別の生き方がありますし、細かいことを気にしていたら生きていけませんよ」


「細かいことなのか……?」


 ノルンが保持している国がどの程度の規模のものなのかは知らない。しかし、仮に小さいとしても失って安穏としていられるというのは理解できない。大物なのか、何も考えていないのかのいずれかであろう。


「もちろん、国とか地位を失ったら生きていけない人がいるのも事実ですけどね。でも、例えばレファール猊下はナイヴァルの枢機卿の地位を失ったらどうします?」


「……その場合はコルネーに戻るかな。あとレファール猊下というのは、やめてくれ」


 もちろん、枢機卿に対する敬称であることは理解しているが、未だに慣れないし、そもそもユマド神のことをほとんど知らない自分がその名前を名乗っていいのかという疑問もある。


「……その辺りも私と似ていますね。結局、自分の今とか未来にあまり信用していないということです、レファール殿は。何かあれば簡単に変わるし、変わるかもしれないと思っているから別の道も残している。ところが先のことが分からないのが未来なのに、妙に行き先に固執する連中が多すぎますね」


「……確かに、一世代前のナイヴァルの枢機卿にはそういうのも多かったな。ただ、漠然とした未来は持つものではないだろうか?」


「うーん、まあ、そうですね」


 ノルンは曖昧に答えて、海を眺める。


 少しして、ポツリとつぶやいた。


「ただ、レファール殿のような立場の人が、漠然とした未来を夢見たままに為政者となったりすれば、未来に固執する凡人より有害かもしれませんけどね」


「そうなのか……?」


 意外な発言に、驚きを隠すことなく尋ねる。


「そうですよ。だって、未来って不公平で不平等なものじゃないですか。私と、レファール殿がいて、どちらが長生きするかとか何年後まで生きているかとか分からないですよね。私が明日死ぬのなら、五年後の話をされても、不公平極まりないでしょ?」


「うーん」


 もちろん同意しているが、ナイヴァルの枢機卿の立場から、「いや、ユマド神が死んだ後に魂を救済する」というようなことを言うべきかどうか。

 一瞬そんなことを考えたが。


(シェラビー様も、ミーシャ様もそんなことは言わないだろうな……)


 仮に二人の前でそんなことを言ったら、「おまえ、熱病にでもかかったのか?」と馬鹿にされそうである。


 そうしたことを考えている間もノルンの未来批判は止まらない。


「仮に同じく生きるとしても、貴族と貧民に同じ長さの未来を与えたらどうなります? 貴族はますます金儲けするでしょうし、貧民はますます苦しむだけです。やはり不平等かつ不公平ですよね」


「だとすると、公平で平等なものは何なんだ?」


「今は生きていて、いずれ死ぬということですよ。これだけは公平で平等でしょ?」


「……仮に今、全員が死ぬとすればもっとも公平かつ平等であると?」


「例えば、戦争、疫病、災害などはそうですよね」


「嫌味のつもりだったんだが」


 あっさりと、しかも具体例で返されて、レファールは思わず苦笑した。


「しかも、君の言い方だと、戦争やら災害に意味があるかのような言い方に聞こえる」


 ノルンはこれもまたあっさりと肯定した。


「あるなしで言うなら、ない方がいいとは思いますよ。ただ、残念ながら、戦争や災害、疫病が意味をもつ国・社会もあるということです。レファール殿も今後の進路如何によってはそういう場面に出くわすかもしれませんね」


「……心しておくよ」


 レファールはこれまでシェラビーと共に統一という概念に向かって突き進んできていた。しかし、その先のことを具体的に考えていたかというと、何もない。


 統一が叶ったとして、そこで何をしたのだろうか。あるいはシェラビーは何をするのだろうか。ノルンの言うように未来のことばかりを語り、統一した直後の現実を見なくなる可能性もあるかもしれない。


(ルヴィナや、メリスフェールが決戦の後のことを心配していたことも、統一に伴う現実やそこに伴う死を見ていた、ということか……。私はそうしたことは全く考えてなかったかもしれない)


 しかし、レファールは不思議にも思った。


 どうして、ノルンはこうしたことをわざわざ自分に言うのだろうか。


「何か目的があるのか?」


「うん?」


「私達が統一後、未来ばかり見ていたら、ノルンにとっては有利じゃないのか?」


「あー、私はそういう了見の狭いことはしたくないですね」


 ノルンはクスッと笑った。


「何となくこうかなぁと思ってはいるのですけれど、世界の諸々について回答を探している途中でして、ね。切磋琢磨して探していくのはいいんじゃないかと思っています」


「切磋琢磨か……」


「何と言いましても、私の大陸には、知識の積み重ねや世界の組成理論そのものをひっくり返すかもしれない女性がいますんでね。さすがにそれは勘弁してほしいので、私の探す道筋で見つけてくれる人は一時的に敵だろうと、それは全然構わないんですよ」


「……なるほど」


 エルミーズで、ノルンが征服者として来ることを恐れてみたが、それは間違いだと気づいた。


(自分達がしっかりしていなければ、自然とノルンや、別の何某かが来るということだな)


 人間、社会、国家、世界を考えるものがノルンを含めてアクルクアには二、三人はいる。少なくとも自分はそうではない。シェラビーがそうであるという保証もない。フェルディスにはそうした存在はいないであろう。


 だとすれば尚更、フェルディスに負けるわけにはいかない。


 レファールは強く思った。

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