第6話 仲裁者ノルン
ノルンことノルベルファールン・クロアラントは、6年前、忽然とホスフェに現れてその参謀となり、フェルディス軍を追い詰めたことで知られていた。
その後、故郷であるアクルクアに戻っていたとされていたが。
「そうですよ。今は一国持ちで他所の戦いを眺めつつ過ごしています。そうしたら、こちらの方では相当きな臭いことになっているようで、後学のためにもう一度行くことにしてみました」
と、自らの状況を説明したノルンは「あっ」と何かに気づいたような声をあげる。
「勘違いしないでくださいよ。今回は、どちらかの手伝いをするというつもりはありません。幸い、こちらのお嬢様が頼れる仲裁者を求めているということでしたので、せっかくですのでやってみようと思っています」
「仲裁者……」
「先程までいたムサい男から、地図を見せてもらって説明を受けましたが、大陸全土が二分してしまったようですよね。普通は中立の立場につくものがいようものですが、まるでいないとなると、お互い感情的になってしまうでしょう。双方とも、まさかどちらかが絶滅するまで戦うということはないでしょうが、実際の戦闘で死者が出たりすると遺恨も発生するかもしれませんし、行き過ぎないように済むよう協力したいと思います」
「……」
「レファール、いいでしょ? 別にシェラビーのことも、レファールのことも信じていないわけじゃないけど、何が起きるか分からないから……」
メリスフェールは不安そうな顔を隠すことなく、縋るような視線を向けてくる。
そこまでする理由はあるのか、と思ったレファールはすぐにあることに思い当たった。
(三年前、シルヴィアさんが亡くなった時にナイヴァルが滅茶苦茶になりそうだったことがある。そうした事態にならないよう歯止めをかけたいというわけか……)
メリスフェールの動機に納得できたところでノルベルファールンに問いかける。
「アクルクアから兵士を連れてきているのか?」
「まさか。そんな余裕はないですよ。何人かの将官候補を連れてきてはいますけどね」
「そうすると、仮に両サイドがやめないと言った場合に、止めるだけの力はないのではないかと思えるが」
先のことは分からないが、どちらかに決定的な遺恨が発生した場合には、降伏などを受け付けない可能性がある。その場合にはどうなるのか。
「そこまで行けば私にはどうしようもないですね。皆様方の理性を信じるだけです」
ノルベルファールンはお手あげという態度を見せた。
「……シルキフカルにいるミーツェン・スブロナを頼るといい。アレウト族は全力をあげては来ないだろうから、最低限の助力はしてくれるはずだ」
アレウトの兵力をノルンが引き連れれば、言うことを聞かない側に対する圧力になるであろう。
(ノルンとミーツェンの二人を敵に回すのは恐ろしいし、な)
「分かりました」
ノルベルファールンはニッコリと笑う。
「そう勧めてくるということは、猊下は、私を仲裁者として認めてくれるということでよろしいでしょうか?」
「……他にいないのは事実だから、な」
レファールも頷くしかない。
「ただし、フェルディス側がどう出るかも知らない」
「そちらは大丈夫ですよ。先ほど、ムサい男から了解してもらったのでシェローナは聞いていますし、フェルディスも全部は知りませんが、彼女は賛成してくれそうだとお嬢様が言っていますのでね」
ノルベルファールンの言葉にメリスフェールが頷く。という以上、彼女というのはルヴィナ・ヴィルシュハーゼのことであろう。
仲裁者として関与することは承知したが、どうしても聞きたいこともあった。
「今回、仲裁者として色々関与するのだろうと思うが、また戻ってくることはあるのだろうか?」
「と申しますと?」
ノルベルファールンはぱちぱちと目を瞬かせる。意図を分かってはいるが、こちらに言わせたいと思っているらしい。
「つまり、いずれ征服者として戻ってくる、ということだが……?」
意識していないが相当険しい視線になったらしい。ノルベルファールンは「怖い、怖い」とおどけて肩をすくめる。
「征服者……、うーん、どうでしょう。先ほども言いましたけれど、私は一国持ちに過ぎませんからね。仮にそんなことになるとしたら相当先になりそうですし、そこまで先の事は想像できませんね。あ、どうも」
メリスフェールから差し出された茶に口をつける。
「アクルクアも四分五裂とまでは行きませんが、まだしばらく戦争が続きそうです。今回の戦いがいい方向に進めば、ナイヴァルが統一できるのではないですか? むしろ我々アクルクアの側が警戒しなければならない立場なんじゃないかなと思いますけどね」
「……残念ながら、私は情報不足なので、そこまでの状況は知らない。ただ、少なくともルヴィナ・ヴィルシュハーゼはそう危惧していた」
「彼女が本当にそう思っていてくれているのなら光栄ですが、私は彼女の方が余程恐ろしいと思いますけどね。あんなに鋭い動きをする部隊というのはお目にかかったことがないですよ」
ノルベルファールンは「リヒラテラでは本当にやられましたからねぇ」と、しみじみとした様子で語る。
そこには、「そういう相手と戦うことになって大変ですよねぇ」という同情もあるように見えた。
ルヴィナの話が出てきたことで、どうしても対ルヴィナをどうするかということに考えが向かう。
そのせいで、しばらく沈黙が流れた。ノルベルファールンは自分からは特に何も言わないし、メリスフェールも無言のまま様子を見ている。
少し気まずくなったので、今後の予定を聞いてみることにした。
「ちなみに、あんたは決戦までここで過ごすつもりなのか?」
「ダメ! それはダメ!」
何故かメリスフェールが反対する。
「仲裁者としては頼りにしているけれど、エルミーズにいるのはダメ! シェラビーに会いに行かせて」
執拗な反対を見て、ノルベルファールンについて他の者が語っていたもう一つのことを思い出した。
(そういえば物凄い女好きだったんだっけ……)
15歳にして既に子供が2人いるとか、女性問題にまつわる話を幾つか聞いてきたことを思い出した。そうだとすると、元々戦乱を避けてきた女性が中心として成り立っているエルミーズである。厄介このうえない存在ともいえた。
(ただ、メリスフェールを見る目は特別変な感じではないよな……)
今の今まで思い出すことがなかったのは、メリスフェールと話をしている様子は非常に温和だし、特別口説くような感じも見受けられないからであった。
「メリスフェール、ちょっと……」
呼び寄せて、小声で「何か言われたのか?」と尋ねる。
「私は言われていないけど、街では大変みたい」
という返事が同じく小声で返ってきた。ノルベルファールンは気づいていそうであるが、敢えて反応はしない。
(ということは、年下には関心がないとかそういうことなのだろうか?)
メリスフェールに対して何もしないのなら、レファールとしては強い警戒をする必要はない。
「……メリスフェールはああ言っているが、サンウマやバシアンに来るか?」
「構いませんよ。何と言いますか、ここは女性が多いせいか、他のせいなのかは分かりませんが、身持ちが固いん人が多いのですよね。苦労しますので、他の街の方が良さそうです」
「あ、そう……」
「せっかくですので、サンウマ・トリフタの英雄の話も伺ってみたいですしね」
「まあ、それは私の方も……」
想定していたものとは違う冴えない理由で同行することとなったが、ノルベルファールンと共に行動をするのはセウレラとはまた違う刺激がありそうだ。
それは非常に楽しみであった。
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