第4話 サラーヴィー、外務大臣と会う
ブネーに待機しているサラーヴィーは、ずっと不機嫌な思いをしていた。
この日、街はずれにある酒場でエルウィンと並びながら酒を飲んでいるが、出て来るのは楽しそうな声ではなく、愚痴であった。
「この街は、酒もまあまあだし、女も悪くないのだが……」
「その二つが満たされれば、将軍には何も不満はないでしょ?」
隣にいるエルウィンは水を飲んでいる。こちらは満喫とまでは行かないが、異国の空気を楽しんでいるようであった。
「どうにも、どこに行っても誰かが楽器を鳴らしているのがなぁ」
「領主が音楽好きなので仕方ないでしょう」
「それはそうなんだが……」
どこの酒場にも大体専門の楽士がいるし、客の中にも音楽を楽しみに来ている者が多くて手慣れたものである。そのせいで「音楽ができない人間は冴えない奴」みたいな目で見られるような感覚が気に入らない。
もっと酷いのは一曲終わる度に、一斉に歓声をあげて乾杯をするという習慣である、これは永遠に好きになれそうにない。これがあるせいで、のんびり酒を堪能することもできず、女を口説くこともできないからだ。
「高そうなところに行けばナイヴァル系の高尚な信仰曲が聞けて、安そうなところではイルーゼンの連中が精霊歌を歌っていて、普通のところでは地元の連中の
サラーヴィーの愚痴に、エルウィンが「私は好きですけどねぇ」と言いながら宥めるように言う。
「まあ、何と言いましてもカナージュが近くにありますからね。音楽が嫌な人はそっちに行けということなんでしょう。逆に音楽が好きなら、ブネーはいいよ、と」
「……俺もあと5日いて、何の連絡もなかったら、カナージュに行くからな」
両耳を抑えながら、吐き捨てた。
幸いにして、期限とした5日の3日目にクリスティーヌが戻ってきた。
戻ってくると屋敷に案内されるが、この屋敷がまた、音楽好きの従者などが多く、いたるところから琴やらの音が聞こえてきて、溜息をつきたくなる。
どうにか案内された応接室だけは静かであった。騒ぎたい性分ではあるが、音楽だらけの場所にいると、静かな方がまだいい。
「ルーからの紹介状を貰ってきたわ。これで外務大臣トルペラ・ブラシオーヌに会いに行ってもらえるかしら?」
「おうよ」
サラーヴィーは何の気なく受け取って、紹介状を見て、中身に仰天した。
「何だ、この文は!? あの嬢ちゃん、外務大臣に喧嘩を売る気なのか!?」
隣にいるエルウィンに見せるが、こちらは絶句している。
「ルーは音楽と戦闘以外のことには脳を使わないからね。細かい配慮はしないのよ」
「細かい……ってレベルじゃなく、配慮そのものが全くないぞ? 紹介状というよりも、降伏勧告文みたいだが」
「サラーヴィー将軍にそこまで言わせるのは凄いですよね」
エルウィンが感心したように言う。
「ただ、私達の役目はディオワールのおっさんとレビェーデ王の賭けの一環ですから、相手が怒ってダメだったのなら、それはそれでいいでしょう。別にフェルディスのために戦いたいわけでもないでしょ?」
「うーん、それはそうか」
サラーヴィーも気を取り戻す。
考えてみれば、これを出したからと言って自分の無礼が咎められるわけではない。これだけの手紙を相手に突き付ける機会はそうはない。相手の対応も含めて楽しみではある。そうした話を肴に、大陸でも屈指の大都市カナージュの酒場で楽しむというのも悪くない。
「よし、そこまで言うなら、一丁外務大臣とやらの度量を試してみるとするか」
サラーヴィーは考えを切り替えて、勇躍、カナージュへと向かうことにした。
二人は、というよりサラーヴィーは道をひたすら急ぎ、その日のうちにカナージュに入った。
「いや、久しぶりだねぇ」
「そうですね」
二人にとっては、イリュリーテスの件に絡んで、色々と騒動を起こした時以来である。
「あの時は、レファール・セグメント枢機卿のお金で色々面白い思いができましたが、今回はまともな使節ですからあんなことはできません。金は自分で出してくださいよ」
「分かっているよ。まあ、まずは王宮だ」
二人は早速、ハルダーナ宮殿を訪ねた。衛兵に「ヴィルシュハーゼ伯爵の紹介で外務大臣に会いに来た」というと、しばらくジロジロ眺められるも応接室へと通された。
「予定を確認して参ります」
と言われたので、待つしかない。
およそ30分、衛兵が戻ってきた。その後ろに、明らかに位の高そうな中年がいた。どうやら外務大臣は予定がなかったらしいと当たりをつける。
「フェルディス帝国外務大臣トルペラ・ブラシオーヌだ。失礼するぞ」
無愛想に自己紹介をしたトルペラが、二人の前に座る。値踏みするような視線を二人に向け、渋い顔のまま二人の中間あたりを見据えた。
(こいつはすごいな。ここまで頑固そうな奴は見たことがない)
サラーヴィーもまたトルペラを見定めながら、紹介状を取り出した。
「今回、グルファド王国レビェーデの遣いとしてやってきた。それだけだと疑われるかもしれないから、ヴィルシュハーゼ伯爵から紹介状をもらってきている」
「見せてみよ」
トルペラが手を出してきたので、紹介状を渡す。トルペラはすぐに開いて目を通す。
(さあ、どうなるんだ?)
期待しながら様子を見る。
案に相違してトルペラの反応は薄い。一瞬、目を見開いたくらいで、淡々とした様子であった。
無言のまま最後まで読み終えると、丁寧に畳みながら、サラーヴィーに返した。
「承知した。明日、宰相閣下に正式に認めるように、私からも頼むことにしよう」
完全に拍子抜けである。
「おっ……? あれを見ても平気なのか?」
思わず聞いてしまうと、トルペラは悟ったような顔で答えた。
「……ヴィルシュハーゼ伯爵のことは、私もよく分かっている。悪気があってやっているわけではなかろう」
「そうなのか。俺だったら、あんな手紙を見たら、戦争だ! って叫びそうなものだけどな」
トルペラは「そこまでは知らん」と言い、フェルディスの立場を説明した。
「フェルディス皇帝は諸王の王という名目である。だから、ディンギアで王が立つこと自体には何の問題もない。その部分だけ弁えておけば、後は私が何とかしよう。ただし」
強い眼光を向けてきた。
「あまりにも不遜な態度を取るようなら、自分達を貶めると思っておけ」
「……どういうことだ?」
トルペラの意図を理解しあぐねていると、エルウィンが馬鹿にするような声を出した。
「つまり、将軍が失礼なことを言った場合には、外務大臣が『こいつらは田舎者で無知なだけです。悪気はないんです』みたいな感じで言い訳するんですよ」
「……むかつくな」
「それが嫌なら、最低限の礼儀くらい身につけてください」
エルウィンの言葉にトルペラは小さく頷き、初めて笑みを浮かべて言った。
「態度によっては、田舎者程度ではすまぬかもしれん。こいつはヴィルシュハーゼ伯爵並の変人です、と言うこともあるかもしれんぞ」
「うっ! そ、そいつはまずいな……」
さすがにあんな無茶苦茶な手紙は書かないぞ、サラーヴィーは内心で抗議したが、トルペラもエルウィンも聞くことはなかった。
翌日、トルペラに連れられて二人は宰相との面会を果たす。
トルペラが説明をしている間、サラーヴィーは無言を決め込み、貝のように口を閉じていた。何か問われるとエルウィンを突いて、代わりに返答させる。
「……もちろん、フェルディスの諸王の王という立場を理解するのなら、問題はない」
宰相ヴィシュワ・スランヘーンの返事は、トルペラのものと同じであった。サラーヴィーも無言のまま頷く。
(諸王の王ねぇ。俺達よりも上だってことか。そんな名目なんざすぐに変わるもんだと思うんだがな)
と、内心で思うが、「あいつと一緒にされるのは嫌だ」と思い、それを口にすることはなかった。
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