第3話 外務大臣への手紙

 オトゥケンイェルを去り、ジャングー砦に入った時点で、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼは九割方肚を固めたつもりでいた。


(フェルディス単独で、ナイヴァルに勝つのは不可能)


 ホスフェの半分がついていても不利だと思っていた。そのホスフェも全域がナイヴァルについてしまった。連合軍であり、寄せ集め色も強いが、それを一丸となって撃破できるほどフェルディス軍が一枚岩というわけでもない。


(問題は、どうやって抜けるか……)


 勝ち目のないフェルディスのために戦うつもりはない。指揮官かそれに準ずる地位にマハティーラがつくとなると尚更だ。しかし、巻き添えを食うのは避けたい。何とか難を逃れる場所を得たいと考えていた。


 そんなところにクリスティーヌ・オクセルが駆け込んできた。駆けつけてきたという報告を聞いた時、ホスフェの件を受けて今後のことを確認しに来たのかと考えた。


「ルー、大変なことになったわ!」


 部屋に入ってきた様子はそういう雰囲気ではなかった。話を聞いて、ルヴィナは久しぶりに驚愕した。


「……レビェーデ・ジェーナスが王になった?」


「サラーヴィー・フォートラントとエルウィン・メルーサの二人が言っているのよ。フェルディスが認めてくれるのなら、フェルディス側につくって」


(シェローナとしてみると、ナイヴァルが勝ちすぎるのはまずい。しかし、余所者のシェローナがおおっぴらに参加するのは都合が悪い。ディンギアに独立国を立てて、レビェーデを前面に出した、と……)


 となると、ここで受け入れるのはシェローナを利することになる可能性が高い。


 一方で、レビェーデがシェローナから名目とはいえ、所属を変えたということは、個別に切り離すチャンスがあることにもなる。


(相手はあのレビェーデ。何も考えず蟷螂のように強い相手に立ち向かう、分を弁えるということを知らない男……。アクルクアは強い、我々には勝てないと言えば、あの男は恐らく意固地になって戦うはず)


 決まりかけていた決心が大きく変わった。


「クリス、私はジャングーを動くことはできない。ホスフェでまだ動きがあるかもしれない」


「そうね」


「だから、外務大臣に手紙を書く」


「外務大臣?」


 唐突な名前だったのだろう。クリスティーヌが目を見張る。


「私はサラーヴィーのことを知らない。ただ、レビェーデと似た男と聞く。つまり、皇帝やマハティーラと会ったら喧嘩するタイプの男」


「……否定しないわ」


 ブネーに滞在させるのも大変だった、一々態度が横柄だ、とクリスティーヌの愚痴が止まらなくなる。


「だから、宰相か外務大臣を通すしかない。宰相のことは知らない。外務大臣は私を警戒している」


「……それだと、どっちに頼んでも無理そうね」


「違う。外務大臣は私を警戒している。だからこそ、私の言うことを聞く。私がフェルディスのために動くなら、あの男は私に協力する」


 以前のトルペラとのやりとりを思い出す。


「トルペラに手紙を書く。あとはクリスが何とかしてほしい」


「気軽に言うけど、あいつらの相手は大変なのよ、サラーヴィーは横柄だけど、実はエルウィンって奴の方が酷いかもしれないのよね。作法は弁えているけれど、復讐心が強いというか、時々マハティーラを殺したいとか物騒なことを言っていたし」


 クリスティーヌの辟易した顔に、ルヴィナは何の反応も示さない。


「あれは私も殺したい。ただ、それはひとまず置いておく。クリスがダメなら仕方ない。フェルディス皇帝はサラーヴィーと喧嘩する。私はやる気をなくす。ナイヴァルは勝ち、カナージュもブネーも灰塵に帰す」


「平然と物騒なことを言わないでよ。やればいいんでしょ、やれば」


 半ば投げ槍で答えるクリスティーヌを無視しながら、ルヴィナは筆を手に取った。




 一時間後、手紙をクリスティーヌに渡した。どれどれとクリスティーヌが眺める。


「何々、『親愛なる外務大臣トルペラ・ブラシオーヌ伯爵へ。私、ルヴィナは愚考する。皇帝も宰相もグルファド王国の建国を認めるべき。認めないなら、ナイヴァルが勝つ。私は負ける戦いはしない主義。グルファドを認めないならレビェーデと共にカナージュを攻撃する。慎重に考えていただきたい』ぃ!? ちょっと、ルー!」


「何だ?」


「あんた、外務大臣に喧嘩を売るつもりなの?」


「そんなつもりはない。正直な思い」


「もうちょっとオブラートな表現というものはないの?」


「ない」


 茫然と口を開くクリスティーヌに、ルヴィナは畳みかけるように言う。


「今回は妥協しない。私の決意を知れば、外務大臣は考えざるを得ない。彼がフェルディスのためを思うなら、皇帝も宰相も説得する。彼が怒るのなら、仕方ない。私はエルミーズを頼る。ナイヴァルは勝ち、カナージュもブネーも灰塵に帰す」


「二度も言わなくていいわよ。渡せばいいのね、渡せば」


 というか、あんたが妥協したことなんて一度もないでしょと言いながら、クリスティーヌは手紙を封に入れ、そのままの足でブネーへと戻って行った。




「……」


 そうした細かい経緯までリムアーノには説明しない。


「レビェーデの王位を認めれば、勝ち目がある」


「確かに、一度目のリヒラテラでの戦いは、あいつとサラーヴィー・フォートラントに散々苦しめられた。ホスフェの代わりにあの二人というのなら戦力的には悪くはない」


「ただし、あの二人は態度が悪い」


 ルヴィナの言葉にリムアーノは苦笑した。肩をすくめながら、おどけたように笑う。


「そうかもしれないが、彼らも貴公には言われたくないと思っているのではないか? 私の知る限り、貴公を礼儀正しいと思う人はほぼいないと思うのだが」

                                                                                                                                                                          

「そうかもしれない。しかし、私は二十年前からヴィルシュハーゼ伯爵家の人間。皇帝も宰相も否定できない」


 対して、レビェーデやサラーヴィーはポッと出てきた人間である。「あんな奴を王として認めるなど言語道断だ」ということにもなりかねない。


「ということは、カナージュでの動向待ちか。ただ待つだけというのは性に合わんな」


「ニッキーウェイ侯は以前こう言っていた。『待っていれば、自分達の時代が来る』と。時代が来るまで待つよりは、短い」


「確かにその通りだ」


 リムアーノは大きな頷いて、西の方を見た。


「そして、のんびり待っていれば、自分の時代が来るわけでもなさそうだ。乗り越えなければならない障壁は多い」


 リムアーノの視線をがこちらを向いたようにも感じたが、ルヴィナは気づかないフリをした。

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