第2話 グルファド復興?

 話は1か月ほど遡る。


 ミベルサ南東・シェローナ市の中心施設メイネル・クラーミア宮殿でレビェーデはディオワールと話をしていた。


 ここ一年でシェローナは北東部を除くディンギアの大半を支配地に入れていた。農業生産力も順調に伸びており、四、五千の騎兵を連れて半年前後の活動ができる状況になっている。すなわち、ディンギア制覇まであと一歩というところまで来ていた。


 その状況であるので、レビェーデはディンギア統一に向けての話があるのかと予想していたが、ディオワールの話題はホスフェを中心としたものであった。


「……どうやらホスフェが一気にナイヴァル派へと流れたらしい」


「アン? 何でそんなことに?」


 レビェーデは驚きを隠さない。ホスフェがナイヴァル派とフェルディス派に分かれて延々やり合っているというのはほぼ常識である。他ならぬレビェーデもそうした争いに巻き込まれて不愉快な思いを受けたことがあった。


「執政官が殺害されたらしい」


「へえ、誰に?」


「分からん。ただ、フェルディス派は元々人数では不利な状況にあった。執政官がいたことで勢力を保っていたが、死んでしまったということで一気に瓦解してしまったらしい」


「困った連中だねぇ」


 くらいの想いしか感じない。


 率直に言えば、レビェーデにとってホスフェの連中というのは取るに足らない連中であった。まともなのはラドリエルくらいで他は冗談のような連中である。自分が参加していたリヒラテラの戦いでも痛感したし、先ごろの戦いの情報を聞いても呆れる形で負けていた。


「ただ、ソセロンは地震で動けないって話だし、ホスフェが丸々ナイヴァルにつくんだったら、ナイヴァルが楽勝することになりそうだな」


「そうだ。ただ、それではまずい」


「おっ?」


 予想外の言葉にレビェーデは目を見張った。


「意外だな。あんたも、レファールとは仲良くしていたじゃないか」


「仲良くはしている。ただ、それと国益は別だ。ナイヴァルがミベルサ全土を支配することになると、交易全てを牛耳られることになる」


「それはまあ、そうなるだろうな」


 ナイヴァルの躍進の原点は、コルネーからミベルサ南西部の制海権を奪い取ったことにある。制海権を独占し、ハルメリカとの交易で発展していくというのがシェラビー・カルーグの政策のほぼ全てといっていい。


「ああそうか。南東まで制されると、シェローナとしては困ることになるな」


 シェローナも交易に依存しているし、将来的には本国との連絡も望んでいる。ナイヴァルがミベルサの盟主となり、海域の全てを支配してしまうと、シェローナにとってはありがたいことではない。


「だとすると、どうするんだ? シェローナがフェルディスにつくのか?」


「……さて、そこよ」


 ディオワールがワインを取り出し、二人のグラスに注ぎはじめる。


「どうしたい? このまま、シェラビーやレファールが大陸統一を完成させるのを眺めているか、あるいは、それを阻む側に回ってみるか」


「……!」


 予想外の言葉にレビェーデは言葉を失った。


 プロクブルでレファール達と協力するようになってから8年である。その間、所属を異にすることにはなったが、様々な面で協力してきた。


 その友情について否定するつもりは一切ない。しかし。


「このままだと、決着をつけないまま終わってしまうわけか」


 ナイヴァルが勝てば、フェルディスが降伏に等しい条件を結んで終わりであろう。そうなると、当面戦いそのものがなくなる公算が大きい。


(正直、消化不良の側面はある……)


 レファールとも、ルヴィナとも二度と戦うことがないというのは不本意ではある。

 しかも、そのきっかけ……ホスフェを動かしたのが、戦いではなく暗殺という一手であることも、すっきりしない。




 決心がつかないまま、しばらくワインを飲んでいた。当然、その間言葉を交わすことはないし、ディオワールも待っているようだ。


「……サラーヴィーには話をしたのか?」


 レビェーデは盟友について尋ねた。


「した」


「奴は何て言っていたんだ?」


「国王が決めるのがいいのではないかと言っていた」


「国王? 何のことだ?」


 全く予想していなかった言葉にレビェーデが目を見張る。


「おまえの妻はグルファド王家の末裔ではないか」


 ディオワールがさっくりと言った言葉に、レビェーデは更に目を大きく見開いた。一瞬、何の話をしているのだと思い、ややあって、理解すると額を押さえる。


「いや、それってイリスが仲間とでっち上げた話じゃないか」


 妻イリュリーテスは当初、ディンギアに古代からあったグルファド王家の末裔だという話をしていた。結局、それは自分達の目標のために売り込む名目に過ぎなかったわけではあるが。


「我々はディンギアを八割ほど制圧している。おまえがそういう名目を唱えたとしても文句を言う者はいないだろう」


「それはそうかもしれんが……」


 頭が痛くなってきた。


 イリュリーテスの仲間達はそういう細かい話を作るのも得意だし、イリュリーテス自身も凝り性で熱意のある性格だから、やれと言われれば丹念にグルファド王国の歴史なり伝統なりを作る可能性がある。


 そのうえで、シェローナとは別にグルファド王国を建てるというのは意外と有効な戦略であるから更に頭が痛い。シェローナはアクルクアからの流れ者の作った都市ということで、どうしても余所者という理解がされやすい。しかし、グルファドというかつて存在したかもしれない王国をディンギア出身のレビェーデが再興するのなら、他所が非難する理由が少なくなる。


「レビェーデ、一つ賭けをせんか?」


「賭け?」


 いきなり何を、と呆れたが、ディオワールは本気である。


「おまえがグルファドの王を名乗り、フェルディスに認定してもらうのだ」


「認定するかな?」


 かつてカナージュに行った時、マハティーラと面会している。あの尊大な男がディンギア地方の小国建国など、取り合うとは到底思えない。


「彼らが認定しないのならば、我々はシェローナとしてナイヴァルにつく。もし、認定したのであれば、我々はグルファドとしてフェルディスにつく。どうだ?」


 レビェーデはしばらく考える。


 いや、正確には考えるフリをしただけであった。心の底で決意は固まっていた。


「……そうだな。このままあっさりと統一させたのではすっきりしない思いを抱える奴らも多くてレファール達のためにもならないだろう。俺達単独で障壁になるのは中々難しいが、あの嬢ちゃんの国が認めてくれるのなら、障壁になってやるのもありだな」


 レビェーデの言葉に、ディオワールもニヤリと笑う。




 それから五日、果たしてイリュリーテス達はグルファド王国の伝承やら制度などをこしらえ、レビェーデが全ディンギアの王となり、グルファド王国の再興を宣言することになった。


 そのうえで、サラーヴィー・フォートラントとエルウィン・メルーサの二人をカナージュへと派遣することにしたのである。

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