24.決戦・シールヤ平原
第1話 南の王
リムアーノ・ニッキーウェイがジャングー砦に戻った時には、既に4月も半ばを過ぎていた。この時点ではホスフェの動向はフェルディスにも伝わっており、砦にいる面々は一様に暗い。
「まさかホスフェが元の反フェルディスの状態に戻ってしまうとは……」
大将軍ブローブ・リザーニの表情も冴えない。
「地すべり現象というんですかね。執政官の殺害で一気に流れてしまいましたね」
リムアーノとしてはそう答えるしかない。
「ナイヴァルもすぐには来ないとは思いますけれど、夏から秋にかけて軍勢が揃ったらホスフェともども攻めてくる可能性が高いですよ」
「……アテにしていなかったが、ソセロンも地震からの復興を優先するから出てこないという。フェルディス一国で西部諸国をまともに相手せねばならぬということか」
「大変ですね」
「他人事のように言ってくれるなよ」
ブローブが溜息をついた。
「そうは言いましても、これまでもホスフェと戦っていたわけですからね。確かに敵よりは味方の方が有難いですけれど、仕方ないと見るしかないのでは? 正直、ホスフェがどうこうというよりも総指揮官が誰になるかの方が大問題ですよ」
リムアーノは最大の懸念点を口にする。
「マハティーラ閣下が指揮をするのなら、正直ホスフェやイルーゼンがついてくれたとしても逃げたい気分ですね」
「……総指揮官は閣下になるだろう」
「マジですか……」
リムアーノはげんなりとなった。
「私の後見の下で、閣下が指揮官となる旨で話をつけてある。私の兵士がついてくるから、以前のような暴走はない」
「それでも、大将軍は閣下の御守りということになりますね」
マハティーラが大人しくしているとは思えない。あれやこれやと介入したり、他の部隊にいらない指示を与えようとしたりするだろう。ブローブがいればある程度は止めてくれるだろうが、逆にブローブがマハティーラに束縛されることになる。
ブローブもそれは否定しない。
「そうなる。ただ、おまえにとってはその方がいいのではないか?」
「と申されますと?」
「おまえとヴィルシュハーゼ伯の二人が主導権を握ることになるのだからな」
「……」
「完全な世代交代にはまだ早いとは思うが、最近の戦闘を見ていると、おまえとヴィルシュハーゼ伯の二人が牽引していることも事実である。いっそ、完全に任せてしまってもいいのではないかと思った」
リムアーノは鼻白む。
「……となると、負けた時の責任を我々が負うってことになりませんかね?」
自分達が指揮をとれるというのは響きがいいが、当然、負けた場合には指揮の責任を問われることになる。世代交代をしてもいいと言いつつ、実は責任を押し付けようとしているのではないか、そんな疑念もなくはない。
それだけではない。現状、政略面で後手に回っているが、その責任まで被せられかねない。メリットよりもリスクの方が遥かに大きい。
(それなら、もう圧倒的に不利なのだしリヒラテラを返還してしまってもいいのではないか?)
と思わなくもないが、これはこれで問題がある。
(ただ、ここで返還してしまうとホスフェはもっとつけ入ってくるだろうなあ)
ホスフェの反対を押し切ってジャングー砦を建設するなど、フェルディスに対する恨みは相当なものがあるはずである。一度弱みを見せれば際限なく要求してくる可能性もある。
(考えてみれば、8年前から我が国が求めているものはそれほど変わるわけではない。それなのにどうして、こんなに不利な状況になったのだ?)
リムアーノは改めて考えてみる。
(結論としてはナイヴァルの方が我々よりもうまくやったということか。8年前の時点では我々がソセロンをつけていて、ナイヴァルはホスフェと多少友好という以外の関係がなかった。それが気づいたら、コルネーとは同盟しているし、フォクゼーレやイルーゼンとも停戦、で、改めてホスフェ全域をうまく取り込んだということだ)
更に原点を考える。
(では、どうしてナイヴァルはここまでうまくやったのだ?)
あまり難しいことではない。
先日まで会話をしていた若い枢機卿が頭に浮かぶ。
(我々はフェルディスで貴族という身分に縛られていたのに対して、レファール・セグメントは身軽に各地を動くことができた。その差ということか……)
ブローブとの面会が終わり、リムアーノは砦の中をぶらぶらと歩く。
城壁伝いにホスフェ方面をぼんやり眺めていると、奥の物見塔にルヴィナがいることに気づいた。
「何をしているのだ?」
ルヴィナは関心の無さそうな顔をリムアーノに向ける。
「混乱している」
ルヴィナの言葉に思わず吹き出しそうになった。
「混乱している?」
確かに、ここしばらくの状況はめまぐるしく変化しており、リムアーノも混乱しそうになっていた。しかし、それを正直に「混乱している」と認めるのが何とも面白い。
「あちこちで敵と味方が入れ替わる。カナージュの宰相とトルペラ、二人がどうするか。私も覚悟を決めなければならないかもしれない」
「覚悟か……」
ルヴィナがオトゥケンイェルで「どちらかが勝ってもいい。楽に統一する方が望ましい」と口にしていたことを思い出す。
(現状、勝利に近いのはナイヴァルの方だろう。ということは、サボタージュする可能性もあるということか)
フェルディスに可能性があるとすれば、ヴィルシュハーゼ隊である。そのヴィルシュハーゼ隊の指揮官であるルヴィナが戦闘から降りるつもりとあっては、フェルディスの芽は完全に費える。
(場合によっては、私もサボタージュしてレファール・セグメントと共に動いた方がいいのかもしれないな)
ルヴィナは再度、「宰相と外務大臣はどうするのか」と口にした。
「宰相と外務大臣は関係ないのではないか?」
マハティーラの扱いという点に関してはブローブが話をつけている。宰相ヴィシュワ・スランヘーンや外務大臣トルペラ・ブラシオーヌが今から動いてもホスフェの状況を変えることはできないはずである。
「……二人があの男を王として認めれば、状況は変わる。全員が出そろうことになる」
「王?」
これまた訳の分からない話であった。
フェルディス皇帝は『諸王の王』という存在であるから、王そのものは認めている。現状、ソセロンのイスフィート・マウレティーについては公認しており、他のコルネーやフォクゼーレにおいても王としては認めている。
(シェラビー・カルーグを王として認めるということだろうか?)
リムアーノが想定したのはその名前だった。あるいはイルーゼンのユスファーネあたりか。
そう思っていただけに、ルヴィナが出した名前はリムアーノを驚かせた。
どちらでもない。
ルヴィナは半分の警戒と、半分の親しみを込めてその名前を口にした。
レビェーデ・ジェーナスという名前を。
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