第23話 ホスフェ元老院⑦
3月15日、オトゥケンイェルの元老院が開院となった。
朝から、厳戒警備の中を全国から集まってきた議員達が入っていく。
「……執政官の代わりの議員は選ばれないんですか?」
レファールはナスホルン・ガイツに尋ねた。いつもであれば当然ラドリエルに聞くのであるが、昨日から荒れまくっているのがまだ続いており、とてもではないが近寄れない。
「2月末日までに死んだ場合には代理を選ぶ選挙が開催されるのですがね。今回はそれを過ぎているから」
「……そうなると、3月に入ってから議員を殺すというような今回みたいなケースが増えたりしないですかね?」
「うーん、まあねぇ。ただ、これまで想定してこなかったことだからね」
いい加減だな、レファールはそう思ったが、とはいえ、ナイヴァルの枢機卿会議にしても綿密になされているとはいいがたい。誰も彼も自分達の身に何か起こりうるということは考えないものなのかもしれない。
「ただ、今回の件で何かしら作られるのではないかと思うわ」
後ろにいた妻のステラ・ガイツが追加する。
「それにしても、執政官を元老院の中で殺害するなんて、正直未だに信じられないわ」
「それはまあ……」
確かにそういうところはありそうである。
(私にしても、シルヴィアさんや、ネイド・サーディヤが死んだという実感はないままだし)
自分の目で遺体を見れば納得も出来ようが、そうでない以上信じられないのは理解できることであった。ただし、レファールは執政官バヤナ・エルグアバには一度も会ったことがないので、彼については生きているも死んでいるも何もない。
議員達はそれぞれの席へとついていく。レファールはセウレラとともに、入口へと通じる廊下で待機することになった。もちろん、椅子が用意されている。
しばらくすると、リムアーノとルヴィナも現れた。こちらも近くの椅子に腰かけ、議場の中に視線を向ける。
シェルマ・ネセルが壇上に上がり、開会を宣言した。その場で執政官バヤナ・エルグアバの死の報を行い、しばらくの間黙とうをする。レファールも立ち上がり、目を閉じる。
「……さて、執政官がない以上、まずは新しい執政官を選ばなければなりません」
と、まずは新執政官を選ぶ手続を行うことを宣言する。
執政官はホスフェ全体を統括する役割であるし、今のシェルマのように議場を仕切る役割もある。これがいないとなると、議事進行に滞りを来すので理解はできる。
「昨日はそういう話はなかったな」
「……ラドリエルの剣幕がすごくて、それどころではなかったのでは?」
セウレラの答えに「なるほど」と頷いた。昨日の話の流れで、「次の執政官は」などと持ち掛けたとすれば、「己の立場が大事なのですか!」とラドリエルが更に荒れていたかもしれない。
長引きそうだが、しばらくは成り行きを見守るしかない。レファールはそう思ったが、予想外に速やかに流れていく。
「センギラのナスホルン・ガイツ先生は経験も豊富で執政官にふさわしい存在であると思います」
誰かが立ち上がってナスホルンを推薦する。たちまち、「そうだ」、「賛成」という声があがった。見渡す限り、反対する者はいなさそうである。
セウレラが少し呆れたように息を吐いた。
「シェルマの言い分通りだとすれば、ホスフェはナイヴァル寄りになる。となると、執政官もその立場にいる者がふさわしい。ナイヴァル寄りといえばフグィとセンギラで、どちらかというとフグィの方が貢献しているのだが、ラドリエルはこの前元老院議員になったばかりだ。となると、センギラのナスホルンが妥当ということになるのだろうな」
「……理屈は分かる。ただ、ますますラドリエルの不満が大きくなりそうだ」
「とはいえ、この件ではラドリエルがシェルマの提案に怒り過ぎたことも問題だろう。素直にシェルマ達オトゥケンイェル派を受け入れていれば、もう少し拮抗しただろうし、ひょっとしたら奴が選ばれていたかもしれぬ」
セウレラは「皮肉なものだ」と苦笑する。
「我々がここに来たのは、あらかじめフェルディスの幹部と関係を強化して、最悪の事態を避けようというものだった。ところがラドリエルはシェルマが関係を求めてきたにも関わらず拒絶してしまい、難しい事態を引き起こしている。もちろん、ラドリエルの気持ちは分かる。ただ、ああならないよう、我々は気を付けなければならないということだ」
「確かにね……」
議場ではほぼ全会一致でナスホルンが選ばれた。
既に本人にも話は通っていたのであろう、ナスホルンは全く驚く素振りもなく、シェルマに導かれて壇上に上がっていった。
壇上で、ナスホルンはまず前執政官バヤナ・エルグアバに対する弔辞を述べる。あらかじめ話が通っていたのであろう、朗読は非常にスムースで、人となりを知らないレファールも思わず胸が熱くなる。
「非才ながら、このナスホルン・ガイツが先生の遺志を引き継ぎ、元老院議事を進行させていただきたいと思います」
と言って、弔辞を終えると、本題に入った。
「火急の件はまずは二年前から占領されているリヒラテラのことでございます。ホスフェ軍は現在、ジャングー砦に戻ってはおりますが、前執政官がフェルディス軍の出入りを認めていたこともあり、我がもの顔でオトゥケンイェルまで出入りしております。このような事態は一刻も早く改善しなければならないと考えております」
議員達から一斉に「そうだ!」、「リヒラテラはホスフェのものだ!」という声があがる。
「おいおい……」
思わず呆れて、リムアーノとルヴィナを見た。二人とも表情を変えることなく眺めている。
(二人ともどうでもいいという顔をしているな。マハティーラが失脚すればそれでいいくらいに考えているのだろうか……)
壇上ではナスホルンが更に息巻いている。ラドリエルに視線を移すと、腕組みをしながら目を閉じて彫像のように動かない。ひょっとすると、寝ているのかもしれない。
「幸いにも前執政官との約定は公式なものではございません。今回、これを法案とすることを退けたいと思います。そのうえで、ナイヴァルと正式に同盟を交わしたいと思いますが、いかがでしょうか!?」
妻のステラが挙手をして、その場で疑問を述べる。夫婦であるし、共にナイヴァル派であるから疑問などありうるはずもないが、議員の中に懐疑的な者もいるかもしれないということであろう。
「何故、ナイヴァルと同盟をするのですか?」
「お答えしましょう。ホスフェ単独の力ではフェルディスと戦うには不安があります。また、我がホスフェは民主制でありますため、国王制を採用している国とは同盟を締結できないところ、ナイヴァルは宗教の下にある国家であり、国王や貴族といった者は存在しません。これがナイヴァルを同盟国とすべき理由となります。いかがか?」
ナスホルンが辺りを見渡すと、今回も賛同の声が一斉に上がる。あまりの調子の良さにレファールは苦笑するしかない。
「……ナイヴァルがコルネー王国と同盟を結んでいる件はどうなるんだろうね」
「それはそれ、これはこれということだろう」
セウレラが淡々と答える。議場でも淡々と進んでおり、あっという間に採決まで巡ってきた。それぞれの議員が札を箱の中に入れていく。ラドリエルも硬い表情で札を投じていた。全員が入れ終わったところで箱を開き、全員の前で従士が数えているが、数えるまでもないくらい賛成の札が多いことはレファールの場所からも見える。
「爺さん、ナイヴァルは何もしていないけれど、ホスフェの勢力争いに勝ったということでいいのだろうか?」
「勝ったのは間違いないだろうな。何もしていないかどうかについては何とも言えぬ……」
「……!」
レファールがハッとなった。
(前執政官の暗殺に、ナイヴァルが……?)
その可能性は全く考えなかったが、今のホスフェの状況を読めるのであれば、全くありえないとは言えない。
「いや、しかし、それは失敗したリスクが高すぎる。さすがにありえないのでは?」
「そうかもしれないな。それならば、フェルディスに懐疑的な面々が、そなたを恐れて前執政官を暗殺して、だから戦うことなく勝利できたとでも考えればよいのではないか? それなら、そなたもいい気分になれるだろう」
セウレラの口調はかなり投げ槍である。その場で思いついたことを適当に言っていることは明らかだった。
「……適当だなぁ」
「適当に考えるしかないだろう。私は神ではないのだぞ。誰が前執政官を殺したなどということは分かるはずもない。どのような見方であったとしても、証拠はない。だから、その見方が正しいのか間違っているのかも分からん。そうである以上、それぞれが一番都合のいい立場をとるのはやむをえないことだ」
「……」
確かにセウレラの言う通りであった。
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