第24話 ホスフェ元老院⑧
一旦、流れが決まると元老院の動きは早かった。
翌日以降の議事の中で、『リヒラテラ奪還』を中期的計画の中に織り込むことが決定し、19日にはナイヴァルへの支援要請を行うことで決定した。
その決定を受けて、ナスホルンとステラのガイツ夫妻がレファール達の宿舎に現れた。
「既にお聞き及びと思いますが、元老院ではナイヴァルへの支援要請を行うことで正式決定いたしました」
「……それはありがたいが、私の一存だけで決定することはできない」
レファールは一応断りを入れる。
もちろん、シェラビーとしてもホスフェの半分よりは、全体が味方してくれる方が有難いはずである。だから、この場で引き受けても良さそうではあったが、枢機卿の一人に過ぎないレファールが全てを決めてしまうことはできない。
「それは分かっております。ただ、ホスフェ単独で戦うことはできません。補給その他については問題ないですので」
(うーん……)
ガイツ夫妻を疑っているわけではないが、ホスフェの変わり身の速さに警戒の念は抱く。
(これで枢機卿会議の承諾をもらってきたら、また、態度が変わっているなんていうことがありうるかもしれないしなぁ)
「心配しなくても良かろう。フグィと違って、センギラはナイヴァル国境から近い。不義理を行えば、すぐに行動に移れる」
セウレラが夫妻にも聞こえる声ではっきりと宣言した。
「はい。その通りでございます。それにオトゥケンイェルの面々も一度フェルディスから離れた今、都合が悪くなってまた戻るというわけにもいかないでしょう」
「それは確かに。では、リヒラテラ奪還を公式に宣言したら、ナイヴァルも枢機卿会議にかけて支援を正式に決定いたしましょう」
「お任せください」
ナスホルンも気軽に引き受けた。
ガイツ夫妻が帰った後、入れ替わりでフィンブリア・ラングロークが現れた。
「ラドリエルはどうしている?」
開院以降、議場には姿を現しているが、全くといっていいほど発言していないし、それ以外の時間は部屋に閉じこもっている。
「分からん。俺もここ三日出入りしてねえし」
そう言って、薄ら笑いを浮かべた。
「まあ、政敵だと思っていた面々が、いきなり変わり身して、自分達の前でひたすら土下座しているんだから、呆れて物も言えないっていうところはあるんだろう」
「しかし、私はバヤナ・エルグアバについてはほとんど知らなかったが、一人の死でここまで変わるということは、彼は結構な傑物だったということなのかな」
レファールの言葉を、フィンブリアはあっさりと否定した。
「そうじゃなくてタイミングが悪すぎたってことだろう。フェルディス派の責任者が突然いなくなった。派閥を維持するには誰かが責任者にならないといけない。でも、クライラ親子に執政官と結構死んでいて質が落ちている。そんな連中には責任を負う気概も能力もないだろうしねえ。まあ、オトゥケンイェルの面々が牛耳り過ぎたというのがあるのかもしれねえな」
首都代表ということで、オトゥケンイェル勢はフェルディス派においても圧倒的な力を有していた。
しかし、その内実はというとクライラ親子の死で人材が枯渇していた。
唯一支えていた執政官が死んだことで、オトゥケンイェル勢は自分達の無能力という現実と向き合うしかなくなり、責任から逃れることを選んでしまったのである。
「ラドリエルはいいとこのお坊ちゃんだし、それなりに能力もある。だから、相手もそれなりに能力があると思っていたんだろう。ところがリヒラテラでは訳の分からんことをして惨敗するわ、執政官が死んだだけでうろたえてガタガタになるわと醜いところを続けて見ることになってしまったからな。失望も大きいんだろうよ」
「……そうかもしれないが、いざホスフェ軍を編成するとなると、ラドリエルには元気になってもらわないと困る」
レファールはリヒラテラでの戦いには一度も参加していないが、概要は聞いている。ホスフェで役に立つのはラドリエルとフィンブリアくらいという認識があった。
「そっちは俺が何とかするよ。蹴っ飛ばして戦場に連れ出すのは得意だ」
「分かった。頼りにしている」
「おいおい、こっちの用件がまだだって」
ラドリエルの件が解決して話を打ち切ろうとしたレファールに対して、フィンブリアが抗議の声をあげる。
「何だ?」
「来月、執政官の代わりを選ぶことになるらしいが、出たい奴がいないらしい」
「それで?」
オトゥケンイェルのことだから関係ないのではないか。レファールはそう思ったが。
「そうしたら、あいつら、何をトチ狂ったか、この俺になってくれとか言い出したんだ」
「あんたが?」
レファールは思わず笑いそうになってしまった。いや、実際笑いたくなるのを堪えている。二度収監された男が首都の元老院議員とは。考えるだけでおかしくなるし、フィンブリアが元老院議員としてあの席に座っている姿を想像するのもおかしい。
フィンブリアは嫌そうな顔をした。
「俺だって馬鹿笑いしたいけど、これが本気だから信じられねえ」
「それは分かったが、私達にできることはないだろう?」
「あるよ。サンウマ・トリフタの英雄が『フィンブリアはホスフェ軍においてこそ輝く器であり、彼には司令官はふさわしくても、元老院議員になるべきではない』くらい言ってくれれば、奴らも多少は考えを変えるだろう」
「兼任という手もあるのではないか?」
「……あんた、意外と嫌な奴だな」
フィンブリアが本気で嫌そうな顔をしているのを見て、レファールは「すまん、すまん」と頭を下げる。
「分かった。ナイヴァルとしても、頼れる指揮官が元老院の方にいるというのは困る。手伝うことにするよ」
「頼むぜ。本当はラドリエルに頼みたいんだが、何せあいつはあんなだからな」
フィンブリアが呆れたように両手を開いた。
早速、フィンブリアの案内で、宿舎を出て、シェルマの屋敷へと向かうこととした。
途中、オトゥケンイェルの市民達と遭遇する。先日、騒ぎまくっていたことを思い出すが。
「ナイヴァルのレファール・セグメント枢機卿だ!」
「サンウマ・トリフタの英雄だ!」
「セグメント枢機卿万歳! ラングローク将軍万歳!」
と、こぞって歓迎の声をあげる。
「アハハ……」
レファールは苦笑しながら、仕方なく手をあげて応じる。それを見た市民達がまた歓呼の声をあげた。
(調子がいいなぁ)
来た時の罵声の嵐とは打って変わった状況に、レファールは苦笑するしかなかった。
かくして、フィンブリアの元老院議員立候補の話は立ち消えになった。
3月中にホスフェ元老院はリヒラテラ奪還の宣言を行うとともに、ナイヴァル路線を確定させ、レファールとセウレラに正式に支援要請を行う。
そうなれば、レファールとしても動かざるを得ない。セウレラを現場の交渉役として残し、バシアンへと向かうこととなった。
(いよいよ、あと一歩か……)
ミベルサ大陸全土の統一。
完全支配ではないにしても、その姿がおぼろげに見えてきていた。
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