第22話 ホスフェ元老院⑥
「衛兵隊は引き続き調査を続けているが、怪しい者の候補はまるで分からない」
事件に関する進展はないようであった。
「そうですか……。犯人の候補はそう多くはないと思うのですが」
ラドリエルがそう言うこと自体は不思議ではない。
バヤナが殺害されたのは元老院の内部である。元老院内部には誰でも入れるというわけではなく、例えば刺客が簡単に入れるという状況ではない。もちろん、警戒にあたっている者の人数も多いから、内部の地理に詳しくない限り、誰にも見つからずにことを成し遂げることも難しい。
ラドリエルはディークトを見て、シェルマに尋ねる。
「この者が私に報告した際には、胸を刺されたというような話でしたが、そうした状況は執政官の状況から判断されたのでしょうか?」
「いや、実は執政官は即死したわけではなく、刺された直後は生きていて図書館から出て衛兵に『何者かに刺された』とまで言って力尽きたらしい」
「何と。ということは、執政官は犯人のことを知らなかったということですか」
シェルマの話を聞きながら、レファールは違和感を覚えていた。
(昨日は敵意むき出しだったのに、今日は随分とトーンダウンしているな……)
昨日の最初は犯人と決めつけていたような態度であった。そんな相手に対して、聞いてもいないのに現状の情報をこまごまと教えるということがあるだろうか?
「……今のところ、これといった手がかりもなく暗礁に乗り上げそうだ」
「そうですか。それは困りますね」
ラドリエルが「困る」というのは事実であろう。敵対しているとはいえ、執政官が暗殺されて犯人も分からないというのでは、元老院の沽券にかかわる。
「それもそうなのだが、今後のことなのだが……」
シェルマが沈んだ面持ちで話し出す。
「知っての通り、オトゥケンイェルの意見を主導していたのはずっと執政官バヤナ・エルグアバであり、クライラ親子であった。俺は衛兵隊、アッセル・ニバルが法務関係を掌握してはいたが、追従している立場だった」
「そうですね……」
ラドリエルが頷いている。オトゥケンイェルの事情までは知らないので、レファールには何も感想を抱きようがないが、そういうことなのであろう。
「端的に言うと、オトゥケンイェルは少数派だし俺とニパルではどうしようもない。昨夜、リヒラテラの連中とも話をしたのだが、このうえはホスフェが挙国一致して従前通り親ナイヴァルの路線に行くのがいいだろうという結論になった」
「えぇっ!?」
ラドリエルは仰天した。ラドリエルだけではない、レファールも思わず声をあげそうになったし、セウレラも「それはないだろう」という顔をしている。
「待ってくださいよ。それでは、我々が執政官を殺害したようなものではないですか」
ラドリエルの反論には怒りの色が含まれている。
「いくら何でもそれはないでしょう。執政官の仇討ちをしようとかそういう気概はないのですか? 勝ち目がなくなったし、連れていく人間がいなくなったから、残りの全員相手方に従うなんて、そんなことがあっていいのですか? 犯人が誰か分かりませんが、こんなことになれば、今後も目立つ元老院議員が殺害されるなんてことがあるかもしれませんぞ!」
ラドリエルの文句に、シェルマはうなだれて聞き入っているだけである。だからというわけではないが、ラドリエルの文句は止まらない。
「大体、オトゥケンイェルの市民はどうなるのです? 彼らはナイヴァルよりもフェルディスがいいと考えて、貴殿らを選んだのではないのですか? 彼らに対する裏切り行為ではないのですか?」
「では聞くが、フグィの市民らはナイヴァルが正しいからビーリッツ家を選んだのか?」
「うぅむ……」
ここはラドリエルが詰まる。
ラドリエルも投票者を前回の選挙を通じて間接的に買収していたという状況はあるから、シェルマの言い分も間違ってはいない。
(ただ、ラドリエルはこれほど簡単に主義主張を変えない、とは思うけどね……)
レファールとしては擁護したいとは思うが、確証があるわけではない。
ルヴィナから聞いた、オトゥケンイェルの議員達がエルミーズでメリスフェールに対して行ったという失礼な話も思い出した。
(結局のところ、選ばれ方が違うだけでナイヴァルの古い枢機卿あたりと変わらないのだろうか)
という考えもよぎった。
その後、30分ほどラドリエルとシェルマの討論は続いていた。
もっとも、既に状況は確定している。オトゥケンイェル派が加わるということはラドリエルにとって有利なのであり、断る理由もない話である。ラドリエルの憤慨は、あまりにも無節操だということであるが、そもそも最初のリヒラテラの戦いの時もそうであったわけで、今更非難しても仕方ないところである。
レファールはそう思うが、火に油を注ぐだけであると分かっているので口にはしない。
「それでは、明日以降、協調していこうではないですか……」
最終的にはシェルマはそう言って出て行った。
ラドリエルはまだ怒りがおさまらない。
「それなら何のためにこの三年間フェルディスについていたのだ? 奴らが最初から反フェルディスでしっかりしていたのであれば、リヒラテラは未だにホスフェのものだったはずだ」
「うーん……」
レファールはセウレラに助けを求めた。ここまで感情的になっていると、何を言ってもより激しい反応を示すだけと思えたからである。
「フェルディスの面々にはどう伝える?」
セウレラも直接宥めるのは無理だと思ったのか、違う話題から切り込んだ。ラドリエルも顔をあげる。
「そうですね。敵対する立場とはいえ、このような状況になったということは伝える必要があるでしょう」
「じゃあ、私と爺さんとで伝えてくるよ」
ラドリエルはまだしばらく文句を言っていそうである。そうした場に居合わせるよりは、のんびりと外を歩いていたかった。
フェルディスの二人リムアーノとルヴィナは、元老院の近くに宿舎を取っていた。
面会に訪れた時、リムアーノのみが滞在していた。ルヴィナは音楽鑑賞に出かけたらしい。
「……ということで、ホスフェは丸ごとナイヴァルにつくことになりそうだ」
「なるほどね。そうなると、ますます黒幕がマハティーラ閣下なのではという気がしてきたな」
閣下がやることは大体が裏目に出るから、とリムアーノは馬鹿にするような様子で語る。
「ソセロンも来ない、ホスフェがいないという状況、事実上フェルディス単独での戦いとなるのか、これはキツイかもしれないな」
頭の中で色々シミュレートしているのであろう、お手上げとばかりにリムアーノは両手を開いた。
「それなら、フェルディスがホスフェから手を引けばいいのでは?」
「それは現実的ではないし、その場合は、今度はホスフェがナイヴァルを焚きつけて攻めてくることになるだろう。それならフェルディス領内よりはホスフェ領内の方がいいね」
「……」
ホスフェがナイヴァルを焚きつける可能性は確かにあった。
フグィやセンギラはそこまでは考えていない。むしろ、オトゥケンイェル派の方がより激しく動くはずである。
実際にフェルディスの攻撃によって被害を受けたのはリヒラテラとオトゥケンイェルであるし、今まで反ナイヴァルで動いていた負い目もある。信頼回復のためにも積極的に動くであろう。
(三日前までと攻守が正反対になるかもしれないな。明日からの元老院は一体どうなるのやら……)
ほんの短期間のうちに目まぐるしく事態は動いてしまった。
今後も含めて、その動きをしっかり把握しきれるか、自信はなかった。
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