第20話 ホスフェ元老院④
「私は戦闘しか能がない。例えば、フェルディスを変えるとか、他国をどう統治するかとかは考えられない。しかし、今回の戦いの後にはそうした考えが必要。何故ならば、隣の大陸が攻め入ってくるかもしれないから」
「隣の大陸? アクルクアのことか?」
レファールにとっては寝耳に水であった。
しかし、考えてみればありえない話ではない。
(シェラビー様はアクルクアの都市との交易で地歩を固めてきた。ということは、アクルクアにはそれだけの力があるということだ。しかも、大きな戦いがあると言っていたし、そこに兵も派遣していた。その大きな戦いが終わった後、もし、余力があればミベルサに来るということもありえるということか)
ルヴィナは頷いた。
「私はフェルディスの人間ではあるが、同時にミベルサの人間。この大陸がアクルクアに簡単にやられてしまうということは避けたい。だから、ニッキーウェイ侯とセグメント枢機卿には期待している」
「……」
レファールは改めてリムアーノ・ニッキーウェイを見た。背丈は自分より低いが、確かに怜悧な印象を秘めている。以前、イルーゼンで共に行動をしていた時は相手が冴えないこともあって、お互いそれほど持ちうる力を見せていたわけではない。
ただ、ルヴィナがここまで言うからには、相当な力の持ち主なのだろう。
と、同時にルヴィナが自分に相当な期待をしているということも不思議な気がする。ルヴィナは、フグィの軍を任されているフィンブリア・ラングロークをして「フェルディスと決戦になった場合、ルヴィナをどう抑えるかに全てがかかっている」と言わしめさせるほどの絶対的存在である。むしろ彼女こそが盤面を変えうる切り札となるのではないか。
「繰り返して言う。私は政略や戦略ができない。私にできるのは戦闘だけ。私がミベルサをどうこう変えることはできない。だから、誰かが変えなければならない」
「そこまでアクルクアの面々は強いのか?」
二度のリヒラテラの戦果はもちろん、訓練の様子を思い出しても、圧倒的な力を持っている存在である。その彼女が恐れるほどの存在があるのはにわかには信じがたい。
「強い」
「……そこまで強いのなら、逆にアクルクア側に従うという考えもあるのではないか?」
「理由は二つ。一つは先程も言った。私は一応ミベルサの人間。自大陸が他所者にあっさり負けてしまうのは耐えられない」
「なるほど……。もう一つは?」
「彼らは強い。だから戦ってみたい。私と彼らが組むと単なる弱い者いじめになる」
「なるほど……」
自分も含めた他者について「弱い者いじめ」とまで公言するとは。ルヴィナの自信の程を知り、内心で苦笑する。
(この話を聞いている限り、ナイヴァルとフェルディスというより、今後のミベルサを背負えるのは誰かという観点で現状を見ていそうだな)
ナイヴァル側の立場からしか考えていなかったレファールにとっては新鮮な見方である。
(しかも、仮にこちらが強いと判断した場合、積極的もしくは消極的な形で協力する可能性もあるわけか……)
それが実現すれば非常に大きい。最大の障壁のことを考えなくていいからである。
ルヴィナは「私が言いたいことはそれだけ」と話を切り、席についた。
リムアーノの顔を見ようとしたところ、目線が絡みあった。自分がそうであるように、リムアーノも自分のことを値踏みしているらしい。
相手が何をするのか、しばらくそういうことを考え、沈黙の時間が続く。
「どうでしょう? 他の皆さまからは何かありますか?」
押し黙った雰囲気を嫌ったのであろう、ラドリエルが割って入った。
「まあ、ここの二人は色々考えているようだが……」
セウレラが答える。
「私もヴィルシュハーゼ伯爵の意見には賛成だ。何といっても我々の力はほぼ五分に近い。戦争が長引けば、途方もない被害をお互いが出すことになるだろう。それはどうしても避けたい。しかも、伯爵の意見によると我々のそばにはアクルクアの脅威も迫っている。だから、ますます長期化するわけにはいかない」
そう言って、レファールとリムアーノを見比べる。
「従って、戦いは戦いとして、どちらが勝ったとしても、終わった後は我々が主導してうまいこと矛を収められるように持っていかなければならない。それで良いかな?」
「もちろん」
レファールは即答する。
勝った場合、フェルディスが早い段階で従ってくれるのであれば、残りの地域とも停戦状態であるため、ほぼ大陸統一という目標が達成される。その後は、ルヴィナが言うようにアクルクアからの勢力が攻め寄せてくるのであれば、それを対処できる体制を作ればいい。
また、逆にフェルディスが勝ったとしても、何も存続をかけて最後まで戦う必要もないと考えれば、責任は軽くなる。
(まあ……)
レファールの脳裏にメリスフェールの顔が浮かぶ。
(負けた場合、何て言われるか恐ろしいというのはあるけどね……)
だから、勝たなければならないのであるが、だからといって勝つために全員を道連れにする必要がないということは大きい。
「ニッキーウェイ侯爵はいかがか?」
セウレラがリムアーノに尋ねる。少し考えていたが、「了解」と頷いた。
「別に反対する理由はない」
「そなたも問題ないな?」
最後にラドリエルに確認した。こちらも「もちろん」と頷く。
「よろしい。では、お互いの健勝を願って、全員で握手をしよう」
いつの間にか仕切るようになったセウレラの合図で五人が手を重ね合う。
「それではお互い頑張ろう」
セウレラの音頭に、全員が「頑張ろう」と声を出す。
もちろん、レファールもその例にもれなかった。
話が一通り終わった後、ルヴィナが「セウレラ翁と個別に相談したい」と言ったため、セウレラは従って出て行った。
残されたリムアーノとラドリエルと雑談をする。
「ヴィルシュハーゼ伯爵は一風変わった人でねぇ。親と諍いを起こしたことで、勝手に自らを追放処分にして出て行って、勝手に他所の大陸に行って、色々見聞きしてきたらしい」
「それは参ったな。私も追放はされていないが、移動したり、見聞きしたりが多いのは同じだから、一風変わった人となる」
リムアーノがルヴィナを変な奴と呼んでいる。それ自体は頷けるが、レファールにしても彼女に負けないくらいにあちこちさまよっている。
「おっと、それは失礼した。ただ、枢機卿は貴族の生まれではないだろう。彼女は本来土地に根付くはずの存在でありながら、ああいうことを言っているから不思議だ」
「それは確かに」
「ただ、フェルディス帝国がどうでもいいと考えていることに関しては、私も彼女とあまり変わりがない。そういう意味ではこの組み合わせは非常に面白いと考えている。現状が互角に近いのは確かだ。非常に癪な話だが、シェローナが帰趨を握っていると言っていいのかもしれない」
「言われてみればそうかもしれないな」
レビェーデとサラーヴィーを擁しているシェローナがどちらにつくか。恐らく自分達につくと考えているが、仮にフェルディスにつけば一大事である。
「シェローナは元々アクルクア系の国家だから、その事態はまずい。だから、彼女はその対策を爺様にお願いするつもりらしい」
「爺さんに……?」
意外な言葉だったが、一応納得はできた。セウレラは時折非常に抜けたことをしでかすが、彼の作戦と知略は頼りになる。
「そう。レビェーデとサラーヴィーに傍観者・仲裁者の立場を押し付けたいらしい。我々はこっそり結託しているが、あの二人は公的に中立の立場に置きたいということだ」
「なるほど……」
以前、ナイヴァルで出世した時にレビェーデを、自分と並ぶ立場の人間として台頭させたいと思ったことのあるレファールである。ルヴィナが完全な中立の存在として立てたいというのは理解できるところであった。
(ただ、そうなるとあの二人抜きでヴィルシュハーゼ伯を抑えなければならないのか。それは辛いなぁ)
とも思ったのであるが。
このまま何も起きずに事態が進めば、両者の提携で決戦はより穏やかなものになっていたであろう。しかし、事態はそうは進まなかった。
三日後、ホスフェ執政官バヤノ・エルグアバが暗殺されたことにより、事態の流れは更に激しくなったのである。
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